第七章 教会編

お話は馬車の中で

 悠斗が馬車に乗り込むと、マスカットが御者に適当にその辺りを回るよう指示を飛ばす。

 そして、悠斗の方を振り向くと神妙な面持ちで話し始めた。


「悠斗よ。正直に話してほしい。お主は【聖属性魔法】を使えるな?」


「はい。初めてお会いした時、傷を癒したことでお気付きとは思いますが、【聖属性魔法】を使うことができます。」


「やはりか……。これはお主が作ったポーションだ。これを見てみよ。」


 マスカットが小さく呟くと、カバンからポーションを取り出し、手のひらに少量のポーションを垂らす。

 目を凝らし手のひらを見てみると僅かながらに発光しているようだ。


「僅かに光ってますね。」


「悠斗よ。普通の方法で作ったポーションは光はしない……。」


 回りくどくてマスカットの言いたい事がわからない。


「つまり不良品ってことですか?」


「いや、違うわッ! そうではない。このように液体が光を持つ薬はこの世に一つ。教皇や枢機卿の作り出す万能薬以外にあり得ない。そう言っているのだ。」


「なるほど、万能薬ですか……。いまいちピンときませんが、なんだか凄そうですね。」


「……お主。それ本気で言っているのか? 常識がないとは思っていたが、まさかこれほどとは……。」


 マスカットさんは俺のことを常識知らずと思っていたようだ。

 そのことに少しだけショックを受ける。


「悠斗、お主は知らず知らずのところで、教会にとっての秘中の秘である万能薬を大量に作成し、安価で売り捌いていたという訳だ……。」


 まあ売り捌いていたのはマスカットさんだけど、今そんなことを言っても仕方がない。

 とりあえず肯定しておこう。


「はい。そうなりますね。」


 その言葉を聞いたマスカットは頭を抱える。


「どうしました! 頭が痛いんですか!? すぐに手に持っているその万能薬を飲んでください。多分頭の痛みが治まりますよ。」


「……いや、この頭の痛みはこの万能薬を飲んでも治らんよ……。いや、やはり血圧が上がってきたような気がするから飲んでおくか……。」


 マスカットは手に垂らした万能薬を口にする。

 万能薬を口にすると、ため息をつきながら悠斗に視線を向ける。


「……そもそも、そもそもだ。【聖属性魔法】は神への信仰心が強い者にのみ与えられる魔法であると言われておる。なぜ悠斗は【聖属性魔法】を使うことができるのだ?」


 まるで俺には信仰心が欠片もないとでも言わんばかりの言い草である。

 まあその通りといえばその通りなんだけど。


「スキルブックですよ。迷宮でスキルブックを手に入れまして、その時、【属性魔法】というスキルを手に入れました。【聖属性魔法】を使えるのはそのためです。」


 正直、ここまで素直に教えてあげなくてもよかったんだけど、あまりに神妙な表情をしているため、ついつい教えてしまった。

 まあ、マスカットさんならこの情報を悪いように扱わないだろう。


「……なるほど。見た目からは全く分からんが、悠斗はマデイラ大迷宮を踏破するほどの力を持っているんだったな……。」


「それは他言しないで下さいよ。」


「ふう、まあいい。悠斗、お主が【聖属性魔法】を使えることは分かった。本題に入ろう。」


「本題?」


 悠斗が首を横に傾け、そう呟く。


「そう、本題だ……。つい先日、フェロー王国の【私の商会】に聖モンテ教会の司祭様が来て、このポーションは誰が作ったのか、誰がこのポーションを卸しに来ているのか尋ねてきたらしい。」


「聖モンテ教会の司祭が来てですか……。」


 悠斗はそれっぽい表情を浮かべ、それっぽい言葉を復唱する。


「そうだ、モンテ教会の司祭が来て……って、悠斗よ、お主、まさか聖モンテ教会を知らないなんてことはないよな?」


 当然そんな教会聞いたことがない。俺はこの世界の常識に疎いのだ。

 とはいえ、ここで知ったかぶりがバレるのは非常に恥ずかしい。


「もちろん知っていますよ。聖モンテ教会でしょう? よく街で見かけます。」


 そう言うと、悠斗は全力で知ったかぶりをすることにした。


「そ、そうか……。確かにフェロー王国のはずれに聖モンテ教会はあるしな、見る機会もあるだろう。」


 どうやら誤魔化せたようだ。


「その聖モンテ教会の司祭様には、いくら教会の司教様であっても、取引先の情報を漏らすことはできないとお帰り頂いたが、あの目……おそらく、諦めてはいまい。しばらくの間、ポーション……いや万能薬の販売を停止しようと思うのだが、どうだろうか?」


 う~ん。まあ、ぶっちゃけ困らない。

 確実に入ってくる安定収入がなくなるのは不安だが、俺にはユートピア商会がある。それに元はただの水に【聖属性魔法】をかけたものだ。

 瓶代以外費用はかからないし、こんなの俺の魔力次第でいくらでも大量生産できる。


 とはいえ、聖モンテ教会の介入によって、せっかく作ったポーション(万能薬)が売れなくなるのは、なんだか納得いかない。

 それに教会の専売特許という訳でもないだろうし、教会側も万能薬を処方し、喜捨という形で多額のお金を受け取っているはずだ。

 万能薬を誰もが手の届きやすい価格で提供する。これは決して、悪いことではない。むしろ、万能薬でしか治せない病気に今も苦しんでいる人々のためでもある。

 教会側も苦しんでいる人々のことを考えれば、当然分かってくれることだろう。


 悠斗は手首につけている【付与のブレスレット】に視線を向けると、ニヤリと口を歪める。


「……分かりました。販売を停止して頂いて結構です。代わりにこちらの商品について紹介させて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」


 悠斗は適当なサイズの指輪を、収納指輪から取り出すと、【付与のブレスレット】の力で、【聖属性魔法】を指輪に込めていく。

 そして、笑顔を浮かべながら、マスカットに商品の説明を始めるのであった。

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