急いで戻ってきてみれば……

 悠斗が急ぎ、ユートピア商会に向かうも商会内の光は落ち、商会内には誰もいない。

 支援金対象の商会を走り回るも、まったく被害を受けている様子はない。


「あれっ? おかしいな??」


 悠斗はそう呟くと、最後に悠斗邸に向かうことにした。


 邸宅についてはウッチーやトッチーが守護しているため、何もないとは思っていたが、こうも何もないと俺が急ぎ【影転移トランゼッション】してきた理由が……。いや無事で何より、無事で何よりなんだけど……俺が急いで転移してきた意義が……。いや、なんでもないです。


 悠斗がそんな事を思いながら邸宅の玄関口を潜ると、トッチーとウッチーが顕現する。


「「お帰りなさいませ。悠斗様。」」


「ああ、ただいま!」


 ウッチーたちのいつも通りの対応に、本当に何もなかったのではないかと錯覚してしまう。


 取り越し苦労なのこれ? リマさんの言ってたことは嘘?

 ……新手の嫌がらせなのコレ?


「ウッチー、トッチー、ここに商業ギルドからの刺客来なかった?」


 ウッチーたちは、表情を崩さず悠斗の質問に回答する。


「……刺客でございますか……? つい十数分ほど前に来た方々であれば、迷宮内に通し丁重におもてなしをさせて頂いておりますが……。」


「悠斗様、ラオスさんを昇給させましょう。彼は商会に欠かせない人材となります。」


 悠斗はジトーッとした視線をウッチーとトッチーに向ける。


 ウッチーよ。おそらくそれが商業ギルドからの刺客だろう。トッチーよ。脈略もなく何を言っている?

 ラオスさんがユートピア商会に欠かせない人材であることは知っている。しかし、今聞いているのは刺客が来たかどうか。ラオスさんの話はあとで聞くことにしよう。


「ウッチー、トッチー、俺がいない間に何があったの……?」


 ウッチーとトッチーが微笑を浮かべながら、俺がいない間の状況を話し出す。


「先日掲載した求人募集が効いたのでしょうか? 邸宅に用のある方々が、玄関口と塀の上から60名ほど飛び込んできたのです。私と致しましては、ユートピア商会のことを想い、玄関口と塀の上から飛び込んでくれた方の気持ちを無下にするのはどうかと思いまして……。ただ、彼らのビジュアルが接客に向かないお顔立ちでしたので、私の判断によりロキ様にお願いをして、24時間働ける仕事向きなビジュアルに変身して頂きました。」


「私の子たちが優秀な働きをしまして、悠斗様には、是非ともラオスさんの昇給をお考え頂けると……。」


 悠斗はジトーッとした視線を神たちに向ける。


「俺は、商業ギルドから刺客が来なかったか聞いているんだけど……。」


「「はい、来ました。」」


 最初からそう言ってほしい。


「従業員たちには怪我はない?」


「ありません。ただ、商会前の掃除をしていたラオスさんたちが敵対勢力と遭遇してしまい一時危険な状況に置かれました。ラオスさんは、トリアさんやカイロくんを守るため、ナイスガッツを見せておりましたので、是非とも悠斗様におかれましては、ラオスさんの昇給をお考え頂けると……。」


 トッチーのラオスさん押しはよく分かった。

 土地神であるトッチーが言うほどだ、ラオスさんの昇給については早急に検討しよう。怪我がなくてよかった。なんなら報奨金を出してもいいくらいだ。


 お金ですべてを解決するのは、あまり好きではないが、俺にできることと言ったらそれ位しかない。あと俺にできることと言ったら家族団欒かぞくだんらんのために休日を設けることぐらいだろうか。


「そう言えば、支援金対象の商会にも刺客が向かったって聞いたんだけど……。」


 俺がそう言うと、ウッチーが前に出て話を始める。


「そちらにつきましてもトッチーの働きにより、被害なく捕獲することができました。いまでは立派なユートピア商会の協力者として働いてくれています。」


 それは、ロキによって強制的にビジュアルを変えさせられた60名の可哀そうな方々のことを言っているのだろうか?


「そ、そうっ……。」


 俺がそう言うと、ウッチーは満面の笑みを浮かべる。


「今では心を入れ替え、悠斗様のために身を粉にして24時間働いて下さっております。彼らの献身性を私らも見習わなければならないのかもしれません。」


「えっ? それって……。」


「はい。商業ギルドからの刺客たち60人でございます。しかし安心してください。人形となった彼らは、私たちの言うことなしには指一本満足に動かすことができません。今も休みなしで、迷宮内で食肉加工や野菜の種まき、収穫、仮設機材の作成、運搬などの仕事をさせております。」


 まあ、犯罪人を冒険者ギルドに引き渡しても大した金額にはならないし、俺や従業員、周辺の商会を襲おうとした悪い奴らだ。ウッチー指揮の元、有効に利用させてもらうのもいいかもしれない。


「まあ、24時間働かせるのはやり過ぎだから、少しは休ませてあげてね。襲撃者とはいえ迷宮で死なれたら夢見が悪いからさ。ちなみにいま言った『人形となった彼ら』ってどういうこと?」


 ウッチーは首をコテンと横に傾ける。


「はい。ロキ様にお願いをして、彼らを魔石で動く人形へと変えてもらいました。もちろん低燃費で、ゴブリンの魔石を与えることで、約1ヶ月間稼働します。それにしても悠斗様はお優しい。それでは1ヶ月に一度魔石を与える間だけ休憩を挟むことに致しましょう。本当はゴブリンの魔石などではなくもっと上位モンスターの魔石を与えることで壊れるまで使い倒そうと考えておりましたが……。」


 ドン引きである。ウッチーのこの感じ、彼らを解放する気は更々無いようだ。これが神と人との意識の違いだろうか……。まるで当たり前のようにそんなことを言ってくる。


 元は人間の姿だったのに、魔石で動く人形に変えられてしまうとは……なんとも哀れな……。

 マスカットさんたちには、ユートピア商会を襲いに来た賊は逃げ帰ったとでも伝えておくことにしよう。


「人を凄いものに変貌させたね……。」


 悠斗はそういうと、頭を上げ宙を仰いだ。

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