オーバーキル

 緊急評議員会議終了後、商人連合国アキンドを出国したリマは急ぎ、フェロー王国へ向かうことにした。

 既に、支援金の支給を決めてから、2週間が過ぎている。

 そして、先の会議により商人連合国アキンドから支給される支援金は白金貨12,000枚(約12億円)と上限を決められてしまった。

 この上限を超える支援金の支払いは、この件の責任者となったリマに帰属する。


「こんな事になるなんて思わねぇだろうがッ! ちくしょう!」


 商人連合国アキンドからフェロー王国まで、馬車を走らせても3日はかかる。


 リマは首にかけている通信用のブローチ型魔道具に魔力を込めると、それに向かって話しかける。


「ミクロ、俺だッ! リマだッ!」


『リ、リマ様!?』


 ブローチからミクロの声が聞こえてくる。


「今、評議員会議が終わった。支援金の上限は白金貨12,000枚(約12億円)だッ! これ以上の支援金は私の負担となる。すぐに商業ギルドのメンバーを集め、何か対策を考えろ! 支援金の支給以外でだッ! 私も今からそちらに向かう! 分かったなッ!!」


『は、はい! しかし、とても申し上げづらいことが……。』


 リマは今、機嫌が悪い。それに、回りくどい言い回しは大嫌いである。


「あぁ!? はっきり言えやッ!!」


『は、はいッ! 支援金の金額が今の時点で白金貨70,000枚(約70億円)を超えました……。』


「……ッ! なぁ、なんだとッ!!!」


 ミクロからもたらされた凶報、白金貨70,000枚という支援金の金額にリマは眩暈めまいを覚える。フェロー王国へ向かっている今も、商業ギルドの通達した支援金のメーターが回り続けている。


「い、今すぐに支援金を止めろ! どうにかするんだッ!」


 そう言った瞬間、評議員会議のマスカットの言葉が蘇る。


「い、いや、支援金は止めるなッ! ……クッ、クソがッ!!」


『リマ様、如何いたしましょうか』


「……今この瞬間までの支援金については仕方がない。商業ギルドから支援金受け取りの対象となる商会へ1ヶ月前の月の収入を2ヵ月、いや半年補償する通達を出せ! 当然その通達が届いてからの支援金の支給は認めない。そう言った通達を今すぐにだせッ! 今すぐにだッ!」


『はい! すぐに通達を出します!』


 商業ギルドが通達を出したとして、フェロー王国の全商会に伝わるのに1日。まずは、なんとかして損失を抑えなくてはならない。佐藤悠斗の事は二の次だ。


 なぜ、こんなにも評議員であるリマが困ったことになっているのか。

 それもこれも、ユートピア商会が取り扱っている支援金対象となる商会の販売する商品の価格を10倍に設定したためである。

 これにより、支援金の対象となっている武器屋や防具屋だけでなく、生鮮食品の販売を行っている商会でも値の張る『ミスリルの剣』を他国から輸入し、廉価で商いを行っている。


 リマにとって最悪なのが、最近になって『オリハルコンの剣』をユートピア商会に献上し、その販売を始めた武器屋の存在である。

 よりにもよって、ユートピア商会に献上することで『オリハルコンの剣』を通常価格の10倍で販売して貰い、自身の店では『オリハルコンの剣』を廉価で売り捌くことにより通常ではありえないほどの支援金を勝ち得ていた。


 もしリマが、支援金の対象となる商会がユートピア商会にそんな話を持ちかけていたことを知れば、その商会を一族郎党根絶やしにする勢いで評議員としての権力を奮っただろう。

 しかし、今のリマにそんな余裕はない。


『オリハルコンの剣』の価格は定価白金貨1,000枚(約1億円)。


 これを他国から3本入荷し、1本をユートピア商会に無償で、残り2本を白金貨100枚(約1,000万円)で売り捌く武器屋には、あっ晴れという言葉しか浮かばない。

 もちろん、その『オリハルコンの剣』は悠斗が白金貨200枚(約2,000万円)で買い取った。

 このことにより武器屋が受け取る支援金の額、白金貨19,800枚(約19億8,000万円)。

 支援金の上限を超えた分に関しては、リマが負担することになるため、リマにとって悪夢のような話である。


 リマがフェロー王国の商業ギルドに着く頃には、最終的な支援金の金額は白金貨112,000枚(約112億円)となっていた。

 リマが負担する金額は白金貨100,000枚(約100億円)。さらに支援金の対象となる商会の収入を半年負担しなければならない。当然、支援金の対象となる商会側も商業ギルドからの通達を無下にすることもできず、提案を受け入れ今に至る。


 当の本人、リマは商業ギルドのギルドマスター室で泡を吹いて倒れていた。



 ――数時間後、正気を取り戻したリマが起きるとベッドの上だった。

 どうやら、商業ギルドの職員が医務室まで運んでくれたようだ。


 リマはベッドから降り、医務室を出ると、おぼつかない足取りでギルドマスター室へと向かい扉を叩く。


 『はい? どなたでしょうか?』


 「俺だ。リマだ……。」


 『――ッ!! リマ様ッ!?』


 リマの突然の訪問に驚くミクロは、仕事を投げ出し扉を開ける。

 そこには憔悴しきった顔のリマが立っていた。


 「――ッ! リ、リマ様……もう少しお休みになられた方が……。」


 「休む……休むだと……、そんなことできる訳がないだろッ!!!」


 バキリと音を立て、壁に拳がめり込む。


 「リ、リマ様……お、落ち着いてください。」


 「落ち着いてくださいだぁ? 白金貨100,000枚(約100億円)だ……白金貨100,000枚だぞッ!! 落ち着けるかァァァァァァ!! ふざけやがって! ふざけやがってッ! ふざけやがってェェェェ!!!」


 リマは体中を掻き毟りながら、壁に拳を打ち付ける。


 「だ、誰かきて! 誰か!! リマ様がご乱心をッ!!」


 「佐藤悠斗ォォォ!!! お前だけは絶対に許さない!! 絶対に潰すッ!! 絶対に潰してやるからなァァァ!!」


 この夜、リマの怨嗟の叫びは商業ギルド中に響き渡った。

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