脱退からのAランク!

「わかりました。」


 悠斗がそう言うと、ギルドマスターのキルギスはうんうんと頷く。


「そうか、分かっていただけたようでなによりです。先ほど倉庫に収めてくれたモンスターの査定についてはもう少々お待ちください。」


 何しろ、見たことがないモンスター素材である。

 これから、モンスターの値段を話し合わなければならない。


「それでは、これからもよろしくお願いします。これが君のギルドカードです。」


 キルギスが悠斗にCランク冒険者のギルドカードを手渡そうとすると、悠斗に跳ね除けられてしまう。


「君、何のつもりですか?」


 悠斗の行動に少しムッとしたキルギスが問いかけると驚きの返答をしてきた。


「俺、冒険者ギルドを脱退します。さっき渡した素材もすべて返してください。」


「…………。」


 キルギスは突然の物言いに声を出すことができない。


 さっきCランクへの昇格で納得したんじゃなかったのか、あのモンスターはどうする気だ。

 そんなことが頭の中でグルグル回り、キルギスの思考を停止させてしまう。


「それじゃあ、このギルドカードは返しますので、失礼いたします。ああ、先ほど卸したモンスターは責任をもって持って帰りますので安心してください。もちろん、既に解体を行っていた場合、その料金はお支払いいたします。」


 そういうと、悠斗はスタスタと、ドアを開け【影転移トランゼッション】で倉庫へと向かう。


 キルギスが正気を取り戻した時には、悠斗はギルドに居らず、倉庫からはモンスターが持ち出された後であった。


 悠斗が頭を抱えた様に、今度はキルギスが頭を抱えてしまう。


 なっ、なんでこんなことにっ!? 悠斗君はCランク冒険者への昇格に納得していた風であったではないか。確かに、もしこの成果が悠斗一人によるものであれば、Aランク……いや、Sランクに昇格させてもいい。もちろん、他のギルドマスターたちの推薦は必要となるが、どのギルドマスターも推薦することだろう。しかし、彼はまだEランク冒険者である。一人であの量のモンスターを倒せるわけがない。必ず、協力者がいるはずだ……。


 いやしかし、本当に協力者は居るのだろうか? よくよく考えてみれば、そんな強力な力を持った協力者が、子供にその手柄を譲るとは思えない。確かにギルドカードには討伐記録が残されていたし、あれほどの量の討伐記録、貴族が金を出してSランク冒険者に依頼しても無理だろう。


 まさか……本当にっ……??


 だとすれば、冒険者ギルドは今、Sランク相当の力を持った冒険者からの信頼を失ったことになる。Sランク冒険者に至るものなど、中々現れないのに……。


 彼は何と言っていただろうか……。


『俺、冒険者ギルドを脱退します。さっき卸した素材もすべて返してください。』


 ノオォォォォォォォッ!! 何ということを言ってしまったんだ俺はッ!?


 Sランク相当の冒険者の信頼を失ったばかりか、冒険者ギルドを脱退すると言われてしまった!


 しかも、討伐体数が記録されているギルドカードを見たうえで、周りの声に流され、本来、Sランク相当の力のある冒険者をCランク相当が適当と判断してしまったのだ。


 直ぐにでも彼の元に向かい先の発言を撤回しなければっ……。

 しかし、悠斗の住所をギルドでは把握していない。


 くっ! どうすればいい……、このままでは本当にSランク相当の力を持った冒険者がギルドを脱退してしまう。いや、既に脱退を宣言されたのだが……。こんなことになるなら、ギルド職員の意見に耳を傾けるのではなかった。


 素直に、成果主義で物事を見ればよかったんだ……。


 キルギスは普段の口調を忘れ、受付に向かうと大声で叫ぶ。


「皆よく聞け! 悠斗という子供の冒険者を見つけたらすぐに冒険者ギルドに報告をしろっ! 早急にだっ! 見つけた者には俺の懐から白金貨10枚の褒章をだそう! 受付嬢っ! 君たちにもだっ!」


 キルギスがそう言うと、ギルド内はワッと沸き立つ。

 キルギスはそれを見届けると、自室に戻りスヴロイ領のギルドマスターに連絡を取ることにした。


 一方、悠斗邸に戻った悠斗は、絶望的な気分でソファーに伏していた。


『実は俺、Eランクなんだ、何ならさっき辞めてきたっ!』なんてとてもじゃないが、言えたもんじゃない。


 悠斗が困ってると、ウッチーが部屋に入ってきた。


「悠斗様、お困りのご様子ですがいかがいたしましたでしょうか?」


 悠斗がウッチーに事の顛末を相談すると、解決策を提示してきた。


 本当にうまくいくのだろうか? 不安である。


 悠斗がウッチーに事の顛末を相談してから、2時間後、悠斗邸に訪問客が現れる。


 そう、冒険者ギルドのギルドマスター、キルギスである


 ウッチーの打ち出した解決策はそう、ギルドマスターを家に招くことである。果たしてそれで何が変わるのだろうか?


 ウッチーがギルドマスターを、ダイニングまで案内すると、悠斗の顔を見たキルギスが頭を下げてきた。


「悠斗殿、此度の件、本当に申し訳ございません。冒険者ギルドのギルドマスターとして謝罪させて頂きます。先ほど冒険者ギルドにおいて、悠斗殿をCランク冒険者ではなく、Aランク冒険者として受け入れることを決定いたしました。もちろん他のギルドマスターからの支持も得ています。誠に勝手なことで申し訳ございませんが、当ギルドのAランク冒険者として力を奮っていただけないでしょうか?」


 Aランク冒険者になるのは良い。子供たちへの面目も立つ。

 しかし、こうも言うことがコロコロと変わる人を信用することなんてできない。


 このまま、Aランク冒険者のギルドカードを受け取ったとして、きっと冒険者ギルドに良いように扱われておしまいだろう。


 すると、ウッチーがスッと悠斗の前に出てキルギスに話しかける。


「キルギス様、当家の主人は今回のことで冒険者ギルドに対し深い不信感を持っております。そこで、Aランク冒険者として再加入する条件を付けさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」


「深い不信感ですか……。条件を伺わせて頂いてもよろしいでしょうか? できる限るのことはさせて頂きます。」


「それでは、当家の主人がAランク冒険者になるにあたりまして、『緊急依頼に対する拒否権』と『強制指名依頼に対する拒否権』の2つを頂けますでしょうか?」


 冒険者ギルドでは、Cランク以上になると、緊急時必ず参加しなければならない『緊急依頼』と、冒険者を指定して依頼することのできる『強制指名依頼』の義務が生じる。

 もし万が一、これらの依頼を拒否した場合、冒険者は厳罰に処され、最悪の場合、奴隷に落とされることもある。


 ウッチーは、その『緊急依頼』と『強制指名依頼』を拒否する権利を求めた。


「緊急依頼と強制指名依頼の拒否権ですかっ……。」


「はい。拒否権を頂けるのであれば、あなたの提案を受けさせて頂きたいと思います。もちろん、冒険者ギルド側にもメリットのある話です。当家の主人は、現在ヴォーアル迷宮を第64階層まで踏破しております。たった一人のAランク冒険者に拒否権を認めて頂けるだけで、第41階層以降の情報と、第41階層以降の素材の優先権が得られるのです。いかがでしょうか?」


 キルギスは頭をガシガシかく。


「第64階層まで踏破しているというのは本当でしょうか?」


「もちろんでございます。つい先ほど、モンスターの目録をご覧になったのではありませんか?」


「……わかりました。緊急依頼と強制指名依頼の拒否権を認めます。ただお願いが、モンスターピードなど本当に緊急性の高い依頼についてはできるだけ依頼を引き受けて頂けると、冒険者ギルドとして助かるのですが……。」


「わかりました。本当に緊急性の高い依頼については、こちらでも極力受けることと致しましょう。悠斗様、その条件でよろしいでしょうか?」


 ウッチーがこちらに振り向き、軽くウインクをしてくる。


「もちろん。緊急性の高い依頼については極力受けることにするよ。」


 少しゴタゴタしたけど、ウッチーのおかげで、Aランク冒険者の称号と緊急依頼と強制指名依頼の拒否権を手に入れることができた。

 悠斗は、キルギスさんと冒険者ギルドに向かうと、ヴォーアル迷宮第41階層以降の情報とモンスターを卸し、晴れてAランク冒険者としてギルドに再加入するのであった。

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