TIPS 5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その8:地文の原文
本編と多少異なる部分がありますので、予(あらかじ)めご了承ください。
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でもプロに求められるものは、そういう技術だけじゃない。会社員のような従順さ、社会的常識、そして何よりも輝かしい成果。あるいはそれ等プロゲーマーとしての常識さえも霞むような、神と称えられるほどの実力が必要不可欠である。
愛衣はそれをわかっているのか? プロゲーマーとして食っていくのが、どれほど難儀なことなのかって。
努力、友情、勝利――なんて生易しい夢を見ているヤツは、心が折れて消えていく。努力と勝利は当たり前、友情なんて腹の足しにもなりはしない。ドキュメンタリーで過剰に演出されているようなドラマは嘘か誇張、もしくは日常だ。切り取られた輝かしい瞬間は、優勝以外は全て偽物といっても過言ではない。心が折れる苦しみや不安は波のごとく、毎日のように押し寄せてくる。なぜか取材者は過剰に前者を大きく見せ、後者をできうる限り地味に見せようと動画や記事を構成したがる。
どれだけ上手くなっても、成果を上げても、休んでいる暇はない。プロゲーマー一本で食っていくためにはメジャータイトルで連勝を重ねなければならず、ライバルは一日の時間を寝る以外はほぼ練習に費やしている。それはeスポーツの世界で生きていくためのいわば最低条件のようなものだ。ゆえに大会で勝てるか否かは、才能と努力の質が問われる。才能なんて天性のものだし、努力の質も自分ではどうしたって限界がある。そういう意味では、運だって必要になってくる。
それに現代社会で頻繁に言われる人間関係ってのは、プロゲーマーの世界では単なる甘えになる。チームメイト同士で信じあえるのはプレイヤースキルのみっていう、ドライな関係が普通なのだ。自分をのことを気遣ってくれるヤツなんて、基本的に周囲にはほとんどいない。互いに見ているのは画面の中のPC(プレイヤー・キャラクター)の動きだけだ。コーチやマネージャーももしかしたら、選手のことをゲームを動かすロボットやらマシン程度にしか思っていないかもしれない。
だけどそれは彼等の性格が悪いわけじゃない。そうでも思っていないと、やっていられないのだ――出会いと別れってのが日常的に、頻繁に繰り返される世界だから。いちいち感情移入なんてしていたら、きりがない。ビジネスライクになるのは当然なのだ。
常人なら腰が引けるだろう。しかしプロゲーマーってヤツ等は、それを当然のことと考えている。特に世界の頂点に立つようなヤツは頭のネジがぶっ飛んでいる。息を吸うようにゲームをし、RPGのキャラのように1プレイごとに確実に経験値を蓄えていき、後退は一切しない。バケモノの巣窟なのだ、eスポーツ界のトップ層は。
そんな中で生き残れるのは本当にゲームに魂を売り、ただ勝利だけを追い求められる者。ヤツ等はいつだって己がプレイヤースキルを磨くことのみに専念し、他を一切顧みない。そういう迷いの欠片もない意志を持つ者だけが、玉座に着くことを許されるのだ。チャンピオンを蹴落とそうという者も同様だ。いくらゲームが運に左右されるものだからといって例外はあり得ない。勝利の女神の気まぐれは、同じ実力者の間でしか働かない。女神は特に真なる強者を愛して惚れこんでおり、彼等を徹底的に依怙贔屓(えこひいき)する。ゆえに玉座を懸けて戦うようなヤツは、自ずと実力と運を兼ね備えている超人的な存在だってことだ。
どこの世界だってそうだが、王者相手には常識は通用しない。彼等は人生の中で狂うほどに一つのことに全ての時間を費やしてきたのだ。
人生の中で積み上げてきた時間の密度、思いの強さ、構築された哲学、何もかもが違う。同じ言語を話していたってその言葉に込められる意味が根っこから違う。それは十人十色、という言葉で済ませられるほど生易しいものではない、次元が違うのだ。
プロゲーマーになるには常識の枠外に飛び出す覚悟と信念が必須であり、それ等は得てして天性のものなのである。努力でどうこうなるものではない。
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