5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その8
「eスポーツプレイヤーに……なれるかな……」
愛衣の独り言に、俺は耳を疑わずにはいられなかった。
呼吸が苦しくなっていく。酸素が一瞬にして失せてしまったかのように。
「……愛衣さん、eスポーツプレイヤーを目指されるんですか?」
俺が訊くと、愛衣は眉間に皺を寄せた表情で、かぶりを振った。
「わからない……けど、でも。さっきの映像を見てて、思ったのだ」
彼女は関連動画リストの表示された画面をじっと見ていた。その瞳にはおそらく現在の光景は映っていない、と直感的に思った。
「思ったって、何を?」
途絶えていたはずの兄と妹の繋がりを今は強く感じていた。
愛衣は固い意志のこもった声で言った。
「もう一度、兄ちゃんにプロゲーマーを目指してほしいのだ」
その一言が矢のごとく、心に突き刺さった。
――愛衣は俺なんかにこんな自分勝手な この俺を。
そりゃ人よりは少しゲー FPSだけじゃなくて はプレイヤースキルがある。他のジャンルだって少しかじれば 負けないぐらい だろう。
でもプロに求められるものは 従順さ、社会的常 輝かしい成果。あるいはそれ等プロゲーマー 称えられるほどの実力が必要不可欠である。
愛衣はそれを プロゲーマーと どれほど難儀なことなのかと。
努力、友情、勝利――なんて生易しい夢 努力と勝利は当たり前、友情なんて腹の足しにも ドラマは嘘か誇張、もしくは日常だ。切り取られた輝かしい瞬間は、優勝以外は全て偽物といっても過言ではない。心が折れる苦しみや不安 は過剰に前者を大きく見せ、後者をできうる限り地味に見せよう
どれだけ上手くなっても、成果を上げても、休 連勝を重ねなければならず、ライバルは一日の時間を寝る以 で生きていくためのいわば最 なものだ。ゆえに大会で勝てるか否か 努力の質が問われる。才能なんて天性のものだし、 だって必要になってくる。
それに プロゲーマーの世界では単なる甘えになる。チームメイト同士で信じあえるのはプレイヤースキルのみっていう、ドライな 自分をのことを気遣ってくれるヤツなんて、基本的に周囲にはほとんど PC(プレイヤー・キャラクター)の動きだけだ。コーチやマネージャーももしかしたら、選手のことを にしか思っていないかもしれない。だ どそれは の性格が悪いわけじゃ そうでも思っていない いられないのだ―― 頻繁に繰り 世界だから ちいち していた がない。ビジネスライクになるのは
常人なら それを のことと考えている。特に 頭の がぶっ飛んで を吸うようにゲームをし、 1プレイごとに 験値を蓄えていき、後退は ない。バ ノの巣窟なのだ は。
で生き残れるのは 魂 り、ただ勝利 追い求め れ 者。ヤツ等はいつだって ことを許されるの ャンピオンを蹴落とそう 勝 女神の気まぐれは、同じ実力者の間でしか働かない。女神は 自ずと実 運を えてい 存在だってことだ。
どこの世界 彼等は人生の中で狂う 一つのことに
人生 違う。それは 次 元 が 違 う の だ。
プ ロ ゲ ーマ ーに な れ る か、そ し て 続 けら れ る か ど う か な ん て
努
力
で
ど
う
に
か
な
る
も
の
で
は
な
い
。
あらゆる思いが言葉となって浮かぶなり、スペースキーが乱打されたかのように思考の彼方へと吹き飛ばされていく。
宇宙空間にいるかのように体がふわふわしている。
もはや頭の中は空っぽで、真っ白になっている。
雲の上にいるかのようなぼんやりとした意識に、愛衣の声が流れ込んでくる。
「兄ちゃんが世界の舞台で戦ってて、それを応援するのが大好きだったのだ。最後の試合も結果は残念だったけど、あたしはすっごく熱くなって応援したし、決着の瞬間まで手に汗握りまくりだったのだ」
思い返される決勝戦。俺は頭に血が上って突っ込み、チームを敗北へと追い込んだ戦犯となってしまった。
そのせいで『エデン』は解散の危機に直面し、俺はクビになりプロゲーマーを引退した。
だから俺はeスポーツの世界を離れて、女装ゲーム実況者へと転身した。いやまあ、女装に関しては自分の意志じゃなくて夢咲の命令だけど。
ともかく、自分にプロゲーマーの資格がないのは、俺自身が一番よくわかっている。
だから愛衣の期待は、嬉しいを通り越して重たかった。
今更何を言ってるんだ、俺はもう終わった人間なのだ……そう口から出かかった。
だけど今の俺はセリカであり、できるのはせいぜい生流の心を代弁したり示唆(しさ)するぐらいだった。
「あの、お兄さんはそれを望んでるんでしょうか? もしかしたらもう、プロゲーマーをやりたいなんて思っていないかもしれないんじゃないですか?」
しかし愛衣は大きくかぶりを振る。
「そんなわけないのだ。兄ちゃんの闘志はきっと、まだ消えてない」
「どうして……そう思われるんですか?」
間髪入れず答えが返ってくる。
「兄妹だからなのだ」
抱いていた疑問そのままの言葉だった。
俺は兄妹だからこそ、互いの思いは通じ合っているものと思っていた。
だから気持ちのすれ違いが不思議で仕方なかった。
愛衣も同様に妹だからこそ、兄の思いは自分が世界中の誰よりもわかっているのだと信じ込んでいる。
結局お互いがお互いのことを、全然理解していなかったのだ。
俺は内心で苦笑しつつ、セリカとして言った。
「きっと、お兄さんは辛いというか、いい迷惑だと思いますよ」
「辛いって……どういうことなのだ?」
|セリカ(・・・)は髪の房をいじり、悟ったような調子で語る。
「だって引退してゲーム実況者をなさっているんでしょう? 心機一転して新しい道を歩んでいるんでしょう? だったら今更プロに戻ってくれって言われたら、正直うんざりというか煩わしいというか、まあいい思いはしないと思うんですよ」
愛衣は俯いて沈黙している。|セリカ(・・・)は調子づいて語り続ける。
「大体、プロゲーマーなんていうのは、ゲーム実況者よりも辛くて不安定な生活じゃないですか。大会で成果を残さないと誰も認めてくれないし、ファンだってあまりにも戦績がボロロボだと離れていく。だけどゲームの腕っていうのは、加齢と共に必然的に衰えていくものなんですよ。動体視力、反射神経、指の動き、どれをとってもです。カナダのとある大学の研究結果によると、24歳を境にゲームに必要な反応速度がどんどん落ちていくそうですよ。お兄さんが何歳か知りませんけど、愛衣さんが大学生ということは、プロゲーマー的にはもう中年じゃないですか。一般社会で言えば、働き盛りですね。旬の時期にクビになったら相当辛いですよ。プロゲーマーとして新天地を見つけても、すぐに運命の年齢である24が来ます」
ほぼ一息で言い切った。自分でも驚くぐらいにすらすらと言葉が出てきた。
それは結局全て、言い訳に過ぎなかった。
自分自身に対しての、だ。
『エデン』をクビになったからといって、完全にプロゲーマーとしての道を閉ざされたわけではない。他のチームで復帰する道だってあったはずだ。
しかしそうしなかった。する気が起きなかった。
その代わりにたった今口にしたようなことを、頭の中で延々と繰り返していた。
堕落し、怠惰な日々を送り続ける自分を、他ならぬ自身に対して弁護していた。
「大体、戦力外通告された方を雇いたいなんてもの好きがいるはず――」
「――兄ちゃんを」
冷たい声に、瞬時に俺の舌と頭が凍り付いた。
その声はすぐ横、愛衣の口から発せられていた。
にわかに信じられなかったが、事実だった。
再び聞いた声音は、絶対零度のごとき冷気を伴っていた。
「兄ちゃん、悪く言うな」
全身の毛が一瞬にして逆立つ。
愛衣の瞳は暗い光を湛えて俺の姿を捉えていた。
「それ以上兄ちゃんの悪口を言ったら、たとえセリカちゃんでも、許さない」
俺は声を発することもできず、防衛本能に突き動かされるままに首を上下させた。
愛衣はふっと表情を緩めて、天井を見上げたまま独り言のように言った。
「兄ちゃんが諦めるなんてこと、あるはずがないのだ。……絶対に」
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【次回予告!】
真古都「次回は『SPECIAL 『七夕 THE談会 ~2020~』※メタ注意』 や。準備で忙しいから、今回はこの辺でな。ほなさいなら」
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