5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その7

 その場の流れで、二人で動画の続きを見ることになった。

 俺が見ていたところよりもちょっと先まで進んでいて、夢咲と魔光のデモンストレーション終盤辺(あた)りだった。


 気になったのが、愛衣の様子だった。

 動画を視聴しているにもかかわらず、テスト直前の授業を受けている生徒みたいに、食い入るように視(み)ていた。


 なぜだろう……昔の愛衣なら普通にながら見とかリラックスした視聴スタイルだったと思うのだが。

 もしかしたら大学の講義の課題で何か出ているのかもしれない。あるいは進路に関することだろうか。動画関連の学部に通っているのだし、そういう方面の手掛かりをこの動画から見出そうとしているのかもしれない。


 ひとまずは邪魔しないようにして、後で事情を訊いてみよう。


 当面の問題は彼女の内面ではなくて。

 この現実的な距離感である。

 俺と愛衣は、ソファに並んで座っていた。

 より直接的な表現をするなら、くっついて、だ。それもぴったりと。

 動画を視ている内にいつの間にかこうなっていたのだ。小さなスマホの画面で視聴していてこうなるのは、ごくごく自然のことかもしれない。そのせいで俺の心臓はドクドクしていた。

 温かで柔らかな体に、いい香り。鼓動の響きは二段飛ばしで大きくなっていく。

 妹だから、と考えたくても向こうがそう思っていないのだから、徐々に兄妹ではなく、愛衣を他人として精神が捉え始めている。

 わざわざ離れてスマホから遠ざかるのもおかしいのでこの密着状況から逃れる術はなく、甘んじて受け入れるしかない。


 傍から見れば、女の子同士で並んで仲良く動画視聴、だ。

 微笑ましいことこのうえない。

 けれども、実態は女装男子とその妹。


 両者合意の上ならまあ、微笑ましいとまではいかなくても、勝手にしやがれで終わるだろう。それでも文句を言うヤツは、まあ家族であったとしても余計なお世話という言葉を送りたい。

 ただ俺が愛衣を騙しているのだから……、業が深い。


 公然たる正義の徒ならば、今すぐ真実を打ち明けて土下座の一つでもするのだろう。

 しかし俺は、世間体なぞクソ食らえ。妹の安寧さえ守れればいいのである。


 真っ先に自己矛盾という言葉が頭を占める。

 愛衣の前でなければ、壁にバンバンと頭を打ち付けていたかもしれない。


 自己嫌悪に陥っていても仕方ないので、とりあえず動画に意識を戻す。

 ちょうどそこで、明智光秀――魔光の動かしていたキャラがNPCにやられた。


 昼間に見た、魔光がブチギレる様が脳裏を掠めた。

 まさか来るか?――と身構えたが、まあそうはならなかった。


『クッ、心なき人形が相手だと思って、油断したか……』

『だから魔光サンは突っ込みすぎなんデスッテ。後はミーに任せてクダサイ』

 なんだ、キレないのか。

 少し残念に思っている自分がいた。

 まあ、当然だ。自分の視聴者の前でブチギレる人気実況者がどこにいるというのだ。

 そんなヤツをわざわざ見に行く物好きな人間など、そうそういるわけがないではないか。


 その後、夢咲が難なく最後まで生き残って勝利していた。

 NPCの動きはよくゲームで見るBOTレベルだったし、まあちょっとバトロワゲーと格ゲーをかじっていれば、勝てて当然だと俺の目には映った。


 今までの流れを見ていた感じ、ムードメイクに魔光が呼ばれて、プレイヤーとして夢咲が選ばれた。運営はそういう配役のつもりだったんだろうな、と思った。

 それに二人はアクセルとブレーキという意味でも相性がよかった。

 この手のゲームのイベントは、実況者のファンばかりが来るわけではない。だから新規客寄せのために魔光みたいな濃ゆい人気実況者を呼んだ場合、既存のファンをドン引きさせぬ配慮が必要になる。そのための夢咲だったのだろう。

 もしかしたら、運営は過去に二人の組み合わせを見て選んでのチョイスだったのかもしれない。そういうこともあると夢咲に聞いたような覚えがある。


 その後は何事もなく――普通ならば困惑もしくは卒倒ものの魔光節が炸裂していたが――夢咲と魔光は退場し、イベントは閉幕した。


 俺はようやく終わったと開放感に脱力し、愛衣に訊いた。

「面白かったですね」

「……………………」

「あの、どうされましたか?」

「…………………………………………」

「愛衣さん、愛衣さん?」

 返事がない。考える人のようだ。格好からして。


 顔の前で手を振ってみる。無反応。

 肩をつかんで揺らしてみる。結果は同様。

 なればどうするか。ほっぺをむにゅーっと引っ張ってみる。きめ細かい肌は触り心地がよく、頬は餅みたいに伸びて面白い。

 片方では効果がない。なれば両方。

 むにゅー×2。


 痛くなさそうなぐらい、限界まで。

「……ふぉえ?」

 ようやく意識がこちらに戻ってきたようだ。

 頬を放す。ゴムみたいにパチンと行くかと思ったが、そんなことはなかった。


「な、何してるのだ、セリカちゃん?」

「いえ、彫像のようだったので」

「……さっきのセリカちゃんみたいにか?」

「え? ……まあ、そうかもしれませんね」

 そう言えば自分も風呂に入る前、動画に熱中していたのだった。


「愛衣さん、もしかして目を開けたまま寝ていらしたんですか?」

「ううん。ちょっと考え事をしてたのだ」

「考え事、ですか?」

 愛衣には悪いが、ちょっと普段のイメージからかけ離れたワードだった。

「……今、少し失礼なことを思われた気がするのだ」

 ジトっとした目。このシックスセンスも愛衣らしくない。


「あ、あはは。気のせいですよ」

「……まあ、いいのだ」

 愛衣は寛容にも矛先を収めてくれた。この優しさは愛衣らしい。


「で、何を考え込んでいらしたんですか?」

「実は……」


 愛衣はきゅっと手を握り、すっと一度息を吸いこみ、俺の目をじっと見てくる。

「セリカちゃんは、プロゲーマーとか詳しいのか?」

 ……どう答えるべきか。

 下手に嘘をついてボロが出るのはイヤだし……。


 まさかeスポーツに詳しいからって、正体がバレることはないと思うが……。

「ええと、そうですね。人より少しは詳しいかと……」

「じゃあ、訊きたいことがあるのだ」

 愛衣の真剣な空気に、俺は思わずごくりと唾を呑み込んだ。

「……なんでしょうか?」


「『ザ・ランセ』っていうゲームは、eスポーツ化するのか?」

「……はい?」

 予想だにしなかった角度からの質問に、俺の思考は一瞬フリーズした。

 遅れて愛衣の問いの意味を理解したが、意図は読み取れなかった。


 とりあえず、質問には答えておくことにする。

「ええと、そうですね。かなりの人気タイトルで競技性も高そうですし、開発会社が乗り気ならeスポーツ化も十分に考えられると思いますよ」

「そうなのか……」


 真意を推し量ろうにも、愛衣の張り詰めた空気がなんかのフィールドみたいに作用しているのか心に踏み入らせてくれない。

 兄妹ということもあってか、俺は愛衣の考えていることはいつもなんとなく察することができていた。

 なのに今は、愛衣のことがわからない。

 ……俺がセリカだからか?

 だから彼女は心を閉ざして、一人で考え込んでいる。

 もしも俺が生流ならちゃんと相談して、自分の思いを伝えてくれるのかもしれない……。


 胸の内に、チクチクしたものを感じる。

 愛衣が近くにいるのに、すごく遠くにいるみたいで……。


 何かが溢れてしまいそうで、思わず唇をかんだ。

 この思い、なんだろう。

 辛い? 悲しい? 苦しい……?

 耐えなきゃ。

 兄なんだから、妹の前で情けない姿を見せちゃいけない。


「……なれるかな」

「え……?」


 愛衣は何かを考え込んだままの表情で言った。

「eスポーツプレイヤーに……なれるかな……」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


魔光「クックック。冥界の王、魔光を喚びし者はそなたであるか?」

生流「……そんな便利魔法が使えるなら、モロハちゃんを召喚するっての」

魔光「我が有する魔力は、そのモロハとやらを遥(はる)かに凌(しの)ぐぞ」

生流「仮にそうだったとしても、俺はモロハちゃんを召喚するね」

魔光「なんとっ。そなたはこれより繰り広げられる鮮血の宴(うたげ)を勝ち残れなくてもよいと申すか!?」

生流「バカかお前は!? たとえどれだけ強力なヤツと組んでも、愛し合う者を前にしては敗北を喫(きっ)する。これは古来より連綿(れんめん)と受け継がれし英雄譚が証明してるだろうがッ!!」

魔光「ま、魔力より強力な力が……存在すると?」

魔光「そうだ! 愛さえあれば、どんな強敵にだって打ち勝てる。だから俺が誰と運命を共にするか選べるなら、モロハちゃん一択だね!」

魔光「く、ククク、面白いではないか。その愛という名の絆、この我が木っ端みじんに打ち砕いてくれるわあッ!」

生流「やれるもんならやってみろよ! 冥王――魔光ぉおおおおおッ!!」


夢咲「……次回、『妹の家で一夜過ごします、女装姿で その8』 デス」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る