5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その2
翌日、夢咲が出かけた後で俺も家を出た。
なんか出かける前、アイツ妙に愉快そうに笑ってたが……まあ、どうでもいいか。
俺はうだるような暑さの中、愛衣の家に向かっていた。
地球はデレ期に入ってるんだろうか。それとも我慢大会に参加してるとか。
いずれにせよ、暑さ対策に水分補給不可避な状況であることは間違いなかった。
途中で見かけた女子高では、校庭でソフトボール部が元気に声を張り上げていた。
……あの子達バケモノか、こんな猛暑の中でハードな運動をするとか。
ぼんやり眺めていると、誰かがかっ飛ばしたボールが金網フェンスを越えて近くに落ちた。
軟式の薄汚れたボールだ。拾い上げると、まあ、まずまず弾力がなくもないといった感じ。当たったら普通に痛かっただろうな。
「フフフ……。運命を拾いし者がおったようだな」
威厳の粗悪品みたいな女性の声が背後から聞こえた。
なんだ突然、と背後を見やった。
我が目を疑った。
クソ暑いこの時期に何をとち狂ったか。
そこには全身を覆う黒いフードつきローブをまとった少女がいた。
……まあ、うつろいゆく四季のいつであっても、こんなものを着てるヤツは星五並みの珍しさと思うが。
しかも顔には革製の眼帯までつけている。
これは十中九アレだ。というか九十九パーセント、あの病気に違いない。
だが残り一パーセント、誤解という可能性も残されている。
いつだって慎重な立ち回りを忘れてはならない。あの苦渋を舐めた世界大会で痛感したじゃないか。
俺が黙考していると、少女が再び口を開いた。
「時に人々に幸福をもたらし、またある時は悲嘆を生み出す、魔の杖によって目覚めし白き卵」
「……えっと?」
「それを手にせしそなたはすなわち、運命の女神といったところか……」
これはもう……ほぼ確定だろう。
少女はおそらく罹患者だ。
成長期の何割かがかかるという、病に犯されている。
だがここまでの重病人は滅多にいない。
というか最近は若者の間でもリアリスト化が進んでいる。公務員がなりたい職業ランキングの上位に来るぐらいには。
だからこの手のヤツはすっかり絶滅したと思ったのだが……。
少女はおもむろにこちらへ手を出して言った。
「そのフォーチュン・エッグをよこせ」
「……はい?」
「そなたの華奢(きゃしゃ)な肩では到底、この空間を隔てし結界を越して投げるなどできぬだろう?」
細い指の差した先を見やると、ソフトボール部の部員らしき女子が間の抜けた顔でこちらを見やっていた。おそらくボールを取りに来たところ、真っ黒ローブフードつきという面妖さ溢れるもんを目にして、呆気に取られてしまったというところだろう。
少女は俺の服を軽く引っ張って言う。
「さあ、早くそれを寄こすのだ。さすればそなたに、この世界の半分をくれてやろう」
すっごいキラキラした顔で言ってくる。俺への気遣い以上に、ボールを投げたい欲求が心を占めていそうな表情である。邪推でしょうか? まあ、どっちでも。
「……別に世界なんていらないが」
ここは少女の望みを叶えてやるのが大人としての義務だろう。
俺は「はい、どうぞ」と少女にボールを譲った。
彼女はふんすと荒い鼻息を漏らした。上機嫌な闘牛みたいだ。
「ククク。一千万の配下を従えし我の、真の力を見せる時が来たようだな!」
「……すごいですねー」
棒読み口調にならないようにできるだけ気を遣ったつもりだったが、今ばかりは日頃の演技力も鳴りを潜めていた。
「さあ、今こそ目覚めよ我が左腕よ! その秘められし魔の力を解き放つのだ!!」
――ギュォオオオオオッ!
魔の力が練り上げられる際に発するだろう轟音が、少女の口から迸り出る。いやまあ俺の印象的には、○の力だが。マが抜けて。
「ハァアアアアアアアアアアアッ! ライトニングドラゴンショットォオオオオオッ!!」
闇の力なのに光の龍かよ。
というツッコミは、飲みこんでおくことにした。
あまりにも哀れだったからだ。
金網にぶち当たったした白球が跳ね返ってきて額に直撃し、堪らず仰け反ってぶっ倒れた少女が。
「だ、大丈夫ですか?」
「ぐっ……。うぉ、おおっ……もぉおおっ」
口から呻きっぽいものを発しながらも、少女は置き上がり、立ち上がる。
とりあえず体に異常はなさそうなのでひとまず安心したが。
「舐ぁめた真似してんじゃねえぞクソがァアアアアアッ!」
低い声で吠え猛ったと思ったら、金網に向かってナックルを繰り出した。
……頭に異常をきたしたのだろうか?
「人がせっかく気持ちよく魔の力を行使しようと思ったのに邪魔すんじゃねえよこの金網風情がよぉッ!! おぉいッ、なんとか言えやゴルァアアアアアッ!!」
網目に手を引っかけてガチャンガチャンと激しく揺らす少女。その様は気が立った動物園の猿のようだった。
それにしても大した発声である。ソフトボール部女子の誰よりも声だけはデカいだろう。
すっかりビビってしまった部員の女子に俺はボールをフェンス越しに投げて返し、早く行くよう合図を送る。
女子は頭を下げ、逃げるように去っていった。
「たかがもののクセに人様に逆らってんじゃねえぞぅラァアアッッッ!!」
さて。このモンキーをどうするかだが、変にかかわりあいになると色々と面倒なことになりそうだ。
三十六計逃げるに如かず。ここは素直に退散するべきだろう。
俺は足音を忍ばせ、その場を後にした。
●
道中変なヤツに絡まれたが、どうにか愛衣の住むマンションに到着した。
ほっと一息。
疲労感がすさまじいが、まあこの程度なら愛衣の笑顔を見れば瞬時に回復することだろう。
事前に帰ると連絡は入れてある。
時刻は正午を少し回ったぐらい。
きっとおいしい昼食を用意してくれているに違いない。
ウキウキしながらエントランス前のオートロックに愛衣の部屋の番号を入力して、呼び出しボタンを押した。
すぐに通信が繋がり。
「……えっ、えッ!?」
驚きの声が聞こえてきた。
もしかして、俺が来ることを忘れていたのだろうか?
「せっ、セリカちゃん! セリカちゃんなのだ!?」
……あれ?
俺は自分の格好を見下ろす。
今日着ているのは、ニットのノースリーブワンピース。
柔らかい生地のため体のラインがよく出る、意外と攻めのコーデである。
ちなみにこういう服を着るため、最近はわざわざ脇の毛を剃るようにしていたりする。
……やっちまった。
俺はいつもの調子でセリカの姿になって、そのまま妹の家に来てしまっていたのだ……。
道理であのケープ少女と話してる時、敬語になっていたわけだ。
無意識の内に行われた演技に、我がことながらゾッとしてくる。
「今開けるから、ちょっと待っててなのだー」
このまま回れ右して帰ればよかったのだ。
しかし妙に嬉しそうな愛衣の声を聞いてしまうと、その気持ちも失せてしまう。兄や姉という生き物はバカみたいだが、妹を悲しませないためだったらなんでもするようできているのだ。……あるいは俺が特別大バカなだけかもしれないが。
目の前で左右に開くガラスのドアを、ダンテと自分を重ねて眺めていた。
天国と地獄。それは同時に訪れることは能わないと思っていたが、どうやら俺の勘違いだったようだ。
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【次回予告!】
魔光「クックック。ついに冥王たるこの我が降臨(こうりん)したぞ!」
生流「冥王か……」
魔光「なんだ、我を前にして考え事とは。無礼であるぞ」
生流「いやさ。昔は太陽系惑星といえば、水・金・地・火・木・土・天・海・冥だったんだけどな。ひょんなことから2006年に準惑星に区分け移動になって外されちゃったんだ」
魔光「う、うむ」
生流「……だから中二で冥王っていうのはなんかこう、心に来るものがあるなって」
魔光「やっ、やめろっ! そんな憐(あわ)みの目で我を見るなぁああッ!」
生流「……次回、『妹の家で一夜過ごします、女装姿で その3』」
魔光「我は……我は王なのだ。我は……」
生流「いやまあほら、元気出せよ」
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