4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その8
生配信。
ライブ放送と呼ぶ人もいるだろう。
リアルタイムで動画を視聴者に見てもらうことを言う。
これは人気ゲーム実況者になるためにはほぼ必須の活動だそうだ。
俺は今まさに、その生配信に初挑戦していた。
「『セリカちゃんゲーム上手いね』。えへへ、ありがとうございますー」
無論、女装して。
性別を偽るにしても、声だけなら別に恰好にまで気を遣わなくてもいい。生声配信とかムートゥーバーとかいうあれだ。
なのにわざわざ男の俺が女の恰好をして生配信しているのは、顔出ししているから。つまりゲームをしている姿も、ネットの海に垂れ流しているというわけである。
生配信の動画をサイトに残すか否かの選択権は、一応配信側に委ねられている。
だが不届きな輩が録画をしているってこともある。いくら黒歴史が放送中に生まれて封印したくなってもネットの海に再拡散される可能性はゼロじゃない。
「『モノマネしてください』ですか? えーっと……、『今宵、血祭りにあげられたいのはそなたであるか?』……あーっ、恥ずかしいです~」
生流や天空の時に、こんなことさせられたら恥ずかしくて死んでしまうだろう。なまじセリカの状態だからこそ、別人だと思い切ってやれる。かえって少し楽しくすらある。
「……『セリカちゃんめっちゃ可愛い』『声甘々すぎて萌え尽きちゃう』? そんなことないですよー」
ボイスチェンジャーは使っていない。ただの作り声である。
にもかかわらず『謙遜乙』『セリカちゃんマジ天使!』『嫁にしたい』『目覚ましボイス配布してほしい、お布施します!』という賞賛のコメントで溢れかえる。無論、彼等は今の俺、セリカを女だと信じ込んでいる。もしも実は男だってバレたら……まあ、炎上は免(まぬが)れないだろうな。
ただそんなリスクを背負ってるとわかっていたとしても、脳汁を止めるには至らない。
不特定多数の人が自分に夢中になっている――この状況にすっっっごい興奮してしまう。
そうこうしている内に、PCの画面にKOの文字が表示される。
今日俺がやっているのは格ゲーだった。
キャラはオタクが喜びそうな可愛い女の子ばかりだがゲームシステムはかなり玄人向けで、慣れるまで時間がかかった。ただ予行練習をしっかりしていたおかげで、生配信では試合中にコメントを読み上げる余裕があった。戦績は一、二本取られることはあっても三本先取は押さえているので実質無敗だろう。
「やったぁ、また勝ちましたよー」
オーバーに喜ぶ姿を見せると『セリカちゃんTUEEE!』『可愛いうえにゲームも上手いとか最高かよ!!』『萌え燃えすぎる』と滝のようにコメントが流れてきた。
ヤバい。勝利の瞬間の賞賛は、何度見てもゾクゾクと快感が肌を這いあがってくる。クセになる。
役者と探偵は三日やったらやめられないと言うが、それにゲーム実況者も付け足していいかもしれない。いやまあ、俺の場合不人気だった頃を含めたらその十倍以上はやってるが。
「あっ、そろそろお別れの時間ですね。今日は身に来てくれてありがとー」
『もう終わりかー』『時間経つの早すぎ』『楽しかった!』
「うんうん、わたしも楽しかったです。また見に来てくださいね。あ、チャンネル登録と高評価もしてくれたら嬉しいです」
このチャンネル登録と高評価のお願いはもはや生配信でも実況動画でも様式美と化していて、ほとんどの実況主がやっていることだ。まあここで逆張りする意味もないし、一人でも継続的な視聴者を増やせる可能性があるのだからやらない理由はない。
流れてきた『おk』『今したよ!』『バッチリDAZE』みたいなコメントを見る限りでも、効果はそれなりにあるように感じる。
「じゃあまたお会いしましょう。ばいばーい」
『バイバイ』『次回も楽しみにしてるよ』『動画も待ってる!』
なごやかな空気で配信が終わった。
しっかり配信を終了してから伸びをする。
心地よい疲労感。
思わず笑みが零れそうになる。
「お疲れ様デス、セリカサン」
「ひゃんっ!?」
頬に冷たい感触。
見やると冷えたグラスがあった。中には紫色の液体が軽く波打っている。
「初めてにしてはなかなかデシタネ」
「あ、ありがとうございます……じゃなくて、サンキューな」
「素でセリカちゃんが出るということは、いよいよ自我が浸食されて……」
「ちっ、違う! 絶対に違うから!」
「フフフ、どっちでもいいデスケド」
言葉とは裏腹に、表情はめっちゃニヤついていた。獲物をいたぶるハンターのように。
俺は気分を落ち着けるべく、葡萄ジュースを呷ってから訊いた。
「……と、ともかく。今回の配信は合格点ってことだな?」
「それを決めるのはミーじゃなくて、視聴者の方々デスネ。次回の視聴者がそれを物語るデショウ」
「そう考えると、次回の配信が怖くなってくるな……」
「気構える必要はないデスヨ。少なくともミーなら次回も見ようと思える出来デシタ」
落として上げる。つくづく思うがコイツは、鞭と飴の使い方が上手い。
「はあ。魔光サンと言い、生流サンと言い、素の自分でリスナーを盛り上げられる人はホント羨ましいデスヨ」
わざとらしく溜息を吐いて言う夢咲に、俺は口を尖らせて反論した。
「俺のは素じゃないって」
「またまたー」
「お前なあ……。っていうか、魔光って誰だよ? 確か電話で、今日の打ち合わせの相手とか言ってたよな?」
「魔光サンはゲーム実況者デスヨ」
「おっ、同業者か」
「イエス。今度イベントで一緒に出演させていただくんデス。今日はトークとかプレイに関して、色々と話し合ってきマシタ」
「へえ。どんな人なんだよ、その魔光ってのは?」
夢咲は口の下に手をやり、詰め将棋をしているかのような表情で言った。
「優しい人デスヨ」
「当たり障りない評判のヤツが一番ヤバいってのは、相場の常識だぞ」
「まあ、動画を視たら腰を抜かすデショウケドネ。暇があったら視聴してみてクダサイ」
夢咲は一旦(いったん)話を打ち切り、それから再度口を開いてやや調子を上げて感嘆の声を漏らした。
「それにしても、今日はずいぶんとプレイングの方は冴えてマシタネ。まるで格ゲーの神が舞い降りたかのようなプレイングデシタ」
バトロワゲーで降下直後に銃撃を食らった時みたいにヒヤリとした。
「あ、ああ。自分でも調子がよかったと思うよ」
怪しまれぬように、話を合わせておく。
まさか実は、昔の仲間のハルネと女装したまま外で対戦してたなんて……さすがに恥ずかしくて言えない。
「女性ゲーマーでプレイング技術が高いとなると、女流棋士が将棋ゲームを実況をしてみたとかそういう路線で行きたいところデスネー。いっそのこと、実はセリカの正体は天空だったとか暴露して……」
「やらないよ!? 絶対にやらないからねっ!?」
「ぶー。使える武器はなんでも使っていきマショウヨ」
「自爆特攻とかランゲマルクの戦いじゃないんだから!」
「神風が過ぎマスカ。まあ、炎上商法は一時的にしか稼げマセンカラネ」
「はあ、まったくもう……」
怒りを吐き出した後、自分の口ぶりがハルネっぽくなっているのに気付いて、ちょっとヒヤリとした。
でもまあ、さすがに人読みに長(た)けた夢咲でも口調から今日女の子と会ってきたなんて見抜けないと思うが……。
「(今の怒り方、すっごい女の子っぽくてちょっとドキッてしちゃいマシタ……)」
「ん、どうしたんだ顔赤らめて?」
「とせがらも……いいかなって」
……会話の流れが不自然な気がするが、まあバレてないようなのでよしとする。
「じゃあ今度お勧めの作品貸そうか?」
「躊躇なくその手のものを女の子に貸せるのは、素直にすごいなって思いマスヨ」
「でも、俺が集めてるのって大人なものも多いからなー。っていうかさ、夢咲って何歳なんだよ?」
「女の子に年齢を訊いちゃうのはメッ、デスヨ」
「……うーん。20……前後か?」
「詮索(せんさく)も同様デス。さ、お風呂に入って今日はもう寝マショウ」
「わかったよ……。あっ、今日はパジャマを女物にすり替えるのはやめろよ」
「えー、じゃあ下着だけにしときマス」
「それはもっとアウトだからな!?」
かくして夢咲家の夜は更(ふ)けていった。
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【次回予告!】
愛衣「登録者を増やすのって、どれぐらい大変なのだ?」
生流「……動画が面白いと思ってもらえて、かつ継続して視聴したいって気持ちになってもらえないと、登録ボタンは押してもらえない。回せばいずれ最高レアが出るガチャよりも、鬼畜かもしれない」
愛衣「おっ、おおう……。すっごく難しそうなのだ」
夢咲「中には簡単にぽんと一万人登録とかに達する人もいマスケドネ」
愛衣「次回、『間章1 夢の花は心を滋養に咲き誇る』なのだ!」
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