4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その6

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 コンビニを出た俺の足取りは軽かった。

「ふふ。まさか全部残ってるなんて思いませんでした」

「う、うん」

「モロハちゃんだけじゃなくて、フェイクちゃんにハーティちゃんまで。全部コンプリート達成です!」

「よ、よかったね」


 鼻歌を歌い始めた俺に、おずおずとハルネが言った。

「あ、あの、おねぇ……じゃなくて、生流おにぃたま?」

「なんでしょうか?」

「そろそろ戻ってくれると、その、嬉しいな」

 さっきからずっと俺はセリカとして話し続けていた。

 ただどうもその状態だとハルネは調子が狂うようで、受け答えに何度も窮(きゅう)していた。


 俺は苦もなく口調を改めて言った。

「すまん、すまん。店の中だと人の目が近くにあってさ」

「……ハルネ、帰ったら羞恥心の意味をちゃんと調べるよ」

「そこまで深く考えることじゃないぞ……、多分」


 駐車場にいたポフェが、ハルネに気付いて駆けてくる。

「あ、ポフェちゃん。お待たせ」

「ニャーア」

 胸の中に収まった猫は、ハルネの手をペロッと舐めた。

「おっ。コイツ、ハルネに懐いてるぞ」

「うーん、どうだろ?」


 ハルネはポフェの頭を撫でて言った。

「きっとこの子は、ハルネが面倒を見てくれるってわかってるから、こうして甘えてきてるだけだと思うよ。だからたぶん、餌をくれるならハルネ以外の人にもこうして媚びを売るんじゃないかな」

「ずいぶん……、シニカルに考えるな?」

「そうかもね。でも、ハルネはゲーマーだから……、リーダーだから」

 ぎゅっとポフェを抱きしめ、彼女は絞り出すような声で言った。

「……正しく理解してあげないと、大切なものを失っちゃうかもしれないから」


 脳裏に世界大会の決勝戦が蘇る。

 あの時、俺がハルネの指示にきちんと従っていれば、彼女をここまで追いつめずに済んだかもしれない……。

 しばらく俺とハルネは無言で立ち尽くしていた。

 ポフェも空気を読んでか無言で辺りを見回している。


 ふとハルネが明るい声で言った。

「ね、久しぶりに一緒に遊ぼうよ」

「遊ぶ……って?」

「ゲームだよ、ゲーム。この近く、ゲームセンターがあるんだよ」

 今日も帰ったらゲーム実況をしなければならない。スマホで確認したが、これから寄り道したら時間的には少し厳しかった。

 だが、ここでハルネと別れるのはなんだかイヤだった。

 俺はうなずいて言った。

「わかった、ゲームをしよう」

「うんっ!」

 弾けるような笑顔でハルネはうなずき返してきた。


   ○


 ポフェを店の前で待機させ、俺たちは店内に入った。

 汗だらけの体に涼風が吹きつけてくる。火照った体に染み入るようで、心地よい。

 ゲームの音楽が嵐のように飛び交う中を俺たちは歩く。

 ハルネが心持ち大きな声で言った。

「まずは何からする?」

「そうだな……」

 俺は考えながら周囲を見やった。

 ゲームセンターの花形のUFOキャッチャー、ドラムの鉄人、レーシングにシューティングなど色々あるが……。

「あ、ねえねえ。プリクラあるよ、プリクラ。今の生流おにぃたまの姿、撮っておこうよ」

「……勘弁してくれ」

「えーっ、可愛いのに」

 ハルネは頬を膨らませているが、俺は無視する。


 早くプレイするゲームを決めなければ、延々とプリクラに誘われることになる。

 俺は適当なゲームに目をつけて、それに決めた。

「なあハルネ。格ゲーはどうだ?」

「格ゲーって、どのタイトルの?」

「ストリーム・バトラーズだ」

「あ、いいね。王道って感じだし。それに……」


 ハルネはポシェットに手を突っ込み、「じゃーん!」とゲームパッドを取り出した。

「こんなこともあろうかと、いつも持ち歩いてるんだ!」

「あー、そういえば今のナンバリングはゲームパッド対応してるんだっけ」

「ふふん。しかも家庭用で練習してるから、キャラの性能はきちんと把握してるし、コンボもバッチリだよ」

「つまり脱初心者レベルってわけか」

「むー……。その言い方、生流おにぃたまはよっぽどの熟練者だとお見受けするけど?」

 不服そうなハルネに、俺は豪快に笑って言ってやった。

「4では全国順位で百位以内に入ったこともあるぞ」

「ふーん」

「反応薄っすいな!?」

「別に。あ、あとここ、お店の中だし女の子を装った方がいいんじゃないかな?」

「……そ、そうですね」

 爆音によって浮かされて忘れかけていたが、ここは一応室内という仕切られた空間である。女装男だとバレたら、居心地が悪くなる。


「ふふふ、先制攻撃は決まったね」

「……精神攻撃って場外乱闘だと思いません?」

「勝負はゴングが鳴る前から始まってるんだよ。あ、こっちの筐体ハルネのね」

 椅子に座るハルネは、硬貨を入れて早速パッドを接続する。

「ほら、生流おにぃたまも早く準備して!」

「あー、はいはい」

 俺は向かい側の筐体の前に座り、硬貨を投入する。

 一応アカウントは作っているが、今作はやり込んでいないのでランクは低い。

 ただストリーム・バトラーズには育成要素はないので、勝敗はプレイヤーの腕に全て委ねられている。あとはその時のコンディション次第か。


 セレクトするキャラは無月(むつき)カレン。

トップクラスのスピードと豊富な技のレパートリーで相手を翻弄し、少しずつ体力を削っていく。なかなかイヤらしい戦法を使えて面白い。

 キャラが可愛い女の子というのも推しポイントの一つである。とはいっても血爆(は)ぜ肉を打つ世界観のため、特に3Dキャラらは雄々しい印象も受けるが。

 とある王国のお姫様という設定だが、ドレスを上手く硬派な格ゲー世界に落とし込んであるのも面白い。


 対戦待ち受け設定を店内対戦のみにすると、すぐに『HARUNE』とマッチングした。


 ハルネの選択したキャラはアルタイル。

 技の威力が軒並み高く、かつガードブレイクの技を持っていたり、つかみが成功しやすいなど、とにかく攻めに特化している。近距離戦に持ち込まれたら厄介だ。

 あと大柄な男の騎士というキャラデザもプレッシャーが凄まじい。


 ステージは王城の庭に決まる。まあ、バトラーズのステージは背景が変わるだけなのでこれはあまり気にする必要はない。


 ストリーム・バトラーズは横スクロールアクションゲーム。

 前後移動、ジャンプ、各種攻撃という操作を行い、敵の体力を全て削り切ったプレイヤーの勝利になる。

 また強力なカットイン技を発動するのに必要なカオスゲージや、ストリーム・コンボと呼ばれる要素も存在する。


 Round1・Start!

 外国人男性の勇ましい声と共に開戦する。


 まずはアルタイルがダッシュで接近してくる。アルタイルのダッシュには攻撃判定と飛び道具無敵時間が存在し、ヒットすればコンボが繋がる。とにかく極悪だ。

 カレンを跳躍させダッシュを躱(かわ)し、垂直気味にニュートラル空中攻撃の月光脚(げっこうきゃく)を放つ。これはガードされるが狙い通りだ。

 そのままアルタイルの背後に急降下着地する。それもヤツの方を向いたまま、だ。


 通常、ストリームではジャンプしたら空中で前後の向きを変えることはできない。しかしカレンは月光脚を一度でもヒットさせれば一度だけ任意で向きを変えることができる。

 地味に思えるかもしれないが、実はこれはすごいアドバンテージだ。

 相手を飛び越し、無防備な背中側へ回れる。


 格ゲーでは自分の好きな技を当てることは難しい。敵プレイヤーは強力なコンボに繋がったり威力のある厄介(やっかい)な技は当然警戒し、対策してくる。その裏をかいて相手の隙を突けば大ダメージを与えられて、優位に立てるってわけだ。


 俺は普通なら当てられない、大ダメージを与えられるコンボ始動の技をカレンに放たせる。

 だがアルタイルはその前にダッシュより始動の早い横必殺技のメテオキックで前に移動しカレンの攻撃を回避する。

 欲張らずに出の早い攻撃をしておくべきだったと、後悔。

 また同じ状況を作るべく空中攻撃を仕掛けるが、今度は上強攻撃で防がれてしまう。二度は通用しないというわけだ。


 そこからは格ゲーらしい技の応酬が行われた。

 俺が高速ジャンケンと呼んでいるものだ。

 格ゲーは主に打撃、つかみ、ガードの三つで構成されている。

 打撃はつかみに強く、つかみはガードに強く、ガードは打撃に強い。

 それを両者がキャラのスピードに任せてできるだけ前二つを多く出し、先に相手の体力を削り切る。

 一見するとガードはあまり効果的ではないが、強力な攻撃をガードすれば相手に大きな隙が生まれる。そこへコンボ始動技を叩きこめば形勢逆転、こちらのペースに持ち込むことができる。


 一本目はカレンの翻弄が上手く決まり俺の勝利、二本目はアルタイルの力押しによってこちらの動きが完全に封殺されてほぼノーダメージで敗北してしまった。

 格ゲーがジャンケンと違うのが、リーチやフレームといった複合的な要素があることだ。

 その理解度によって運だけではない、緻密な駆け引きが生まれるのだ。

 だが言い換えれば運も存在する。

 相手より強い手を連続で出すことができれば、互角の相手にも圧勝、自分より強い者にも奇跡的に勝利することができる。


 勝負はもつれ込み、3ラウンド目。

 次に相手を制した者が、真の勝者となる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


愛衣「ちょっと落ち込むことがあったのだ……」

ハルネ「どうしたの、愛衣おねぇたま?」

愛衣「ゲームに夢中になってて、すっかりレポートを書くの忘れてたのだ……。うう、これで単位落としちゃったらイヤなのだー!!」

ハルネ「どんまいだよ。イヤなことがあった時は、ゲームをして忘れちゃおうよ!」

愛衣「おお、なるほどなのだ! ハルネちゃん、頭いいのだ!」

ハルネ「えへへー」


生流「……なんかすっごく間違ってる気がするのは、俺だけか?」

真古都「人間は矛盾を抱えて生きる存在やさかい。そんでも、本人が納得してるならええんちゃう?」


生流「……あ、次回『4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その7』」

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