4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その5
「……あ、わたし……そろそろ帰らないと」
スマホの画面を見やった乙乙乙は、ふらつきながらも言った。
「何か用事があるんですか?」
「んー……、打ち合わせ」
「あれ、それってハルネも出なくちゃいけなかったっけ?」
「ううん……、今日は面談みたいなもので、わたし、だ……け……」
「そっか。じゃあ、頑張ってね!」
「……ZZZ」
「って、応援した傍から寝ないでよ!」
ハルネが肩をガクガク揺すると、ハルネは薄っすら目を開いて大きな欠伸を漏らした。
「……眠い」
「ううっ、ハルネ心配だよ。一緒について行った方がいいかな……」
頭一つ分は乙乙乙の方が身長が高く、年齢もハルネの方が下だ。
だがうっかり者の乙乙乙はそんなことは関係なく、ハルネに世話を焼かれまくっていた。
「大丈夫。寝たら……コーチに起こしてもらうから」
「それ全然大丈夫じゃないよね、むしろアウトだよね!?」
「平気平気……。ハールゥはファンの子と……、一緒にいてあげて」
「でも……」
「……本当、大丈夫だから……。ほら行くよ……タマキ」
呼ばれたタマキは猫から離れて、駆け足で乙乙乙の元へ行った。解放された猫は心なしかぐったりしていた。少し罪悪感。
「じゃあ、またね……。ハールゥ、それに……お姉さん」
「じゃーねー」
「え、ええ、また……」
もう二度とセリカとしては会いたくないなと思いつつも、手を振って送った。
乙乙乙の姿が見えなくなった後、ハルネはすっと笑みを消して、こちらを見やった。
「で、おねぇたま」
「……なんでしょうか?」
作り笑い程度では、目の前の虚無的な表情は一片たりとも変わりそうになかった。
「そろそろあなたのお名前、教えてくれないかな?」
「えーっと、ああああああ……とか?」
「そう答えるってことは、もう観念したってことだよね?」
俺はため息を吐き、肩の高さまで両手を上げた。
「降参だよ……。俺の名前は、言わなくてもわかるだろ?」
「うん。生流おにぃたま」
ハルネは俺のつま先から頭のてっぺんまで何度か視線を往復させて言った。
「本当、すごいね。女の人にしか見えないよ」
「ははは……。幻滅したか?」
「ううん。ちょっとビックリしただけ」
ハルネはそっと俺の両手を取ってきた。前よりも少しだけ、その手の皮が固くなっている気がした。
掌(てのひら)をじっと眺めてくる。
ほどなくして彼女はぼそりと呟いた。
「……やっぱりまだ、ゲームしてるんだね」
「ま、まあな」
「どんなの?」
「えっと?」
「どんなゲーム、してるの」
つぶらな瞳には、真剣な色が浮かんでいた。
俺は最近やったタイトルを頭に思い浮かべた。
「えーっと、『School : Arena』と『ぶどうの森』……だな」
「わぁ、意外。生流おにぃたまが『ぶどうの森』なんて」
「……なあ、ハルネの中の俺のイメージって」
ハルネは頬に指をあてて、「んー」とちょっと考えてから言った。
「銃をバンバンするのと、可愛い女の子が出てくるゲームをやってる感じかな?」
「な、なるほど……」
よくそんなイメージでも嫌わないでいてくれたなと、俺はハルネに感謝した。
「……でもそっか。まだTPSのシューティングとかやってるんだね」
「ん? まあな」
「そっか……。生流おにぃたまは、まだ……」
噛みしめるように言って、ハルネは微笑む。
どうしたのかとわけを訊こうかと思ったが、先にハルネが口を開いた。
「ところで生流おにぃたまは、なんで女の人の格好してるの?」
「え、えーっと、これはその……」
「あっ、わかった。女の人の格好好きなんだね」
違うと否定したかったが、そうするとややこしいことになる。
苦渋の決断の末、俺は言った。
「……こ、このことは他の人には内緒に……」
「うん、わかった。生流おにぃたまとハルネだけの秘密だね」
無邪気に笑うハルネに、俺は密(ひそ)かに胸を撫で下ろした。
「ね、この後、生流おにぃたまは何か予定ある?」
「予定? 予定……」
大事なことを何か忘れている。
そう、大事な何かを……。
「……あぁあああああッ!?」
俺の叫び声に、ハルネはビクッと体を震わせる。
「ど、どうしたの?」
「……ローソム、ローソムに行かなくちゃ!」
「ローソム? ……あ、そっか。モロハちゃんフェアだね」
「悪いな、ハルネ。そういうことだから」
「あ、待って。ハルネも一緒に行くよ」
走り出しかけた俺は、ぴたりと足を止めて振り返った。
「え、ハルネもか?」
「うん。もう少し、生流おにぃたまと一緒にいたいから……」
俯いて言うハルネ。その寂しそうな姿に、俺は自分の胸が痛むのを感じた。
「ダメ……かな?」
「……いや。わかった、一緒に行こう」
「うん」
ふいに足元から「ミャーォ」と鳴き声がした。
見下ろすと、黒猫が俺の足にすり寄ってきていた。
「……まだいたのか」
「この子、生流おにぃたまが飼ってるの?」
「いや。たまたまここで会ったんだ」
「そうなんだー。ふふっ、可愛いね」
しゃがんで「おいでおいで」と手招きするハルネに俺は言った。
「おい、野良だから汚いぞ」
「でも、独りぼっちは可哀想だよ。ねー、パフェちゃん」
「いや、飼い主がいるかどうかわからないのに、勝手に名前は……」
「でもないと不便だよ?」
「にしたって、なんでパフェなんだよ?」
「パフェクリのパフェちゃん。可愛いでしょ?」
「しかもそっちかよ!?」
「ダメかな?」
「ダメってことはないけど……」
この釈然としないこの気持ち、どうやって言語化すればいいんだろう……。
俺が言い淀んでいるのを否定の意として捉えたのか、ハルネは次の候補を口にした。
「じゃあ、ポフェちゃん」
「ちょっと発音変えただけじゃないか」
「美味しいんだよ、ポッフェルチ」
「今度は菓子からとったのか……」
「ね、どっちがいいかな?」
パフェとポフェ。ぶっちゃけどっちだっていいと思うが……。
「じゃあ、ポフェで」
と言った途端、ハルネは目をキラキラと輝かせた。
「だよね、だよね。ハルネもね、そっちの方がいいなーって思ってたんだ」
「……そうか。美味しいんだな、ポッフェルチ」
「うん。最近はね、ハンバーグよりもハマってるんだ」
何気に俺にとって新情報だった。
「じゃあ、さっきのクイズ全問正解じゃなかったんだな」
「ううん、ハンバーグもまだ好きだよ。『エデン』のみんなで作ったの、すっごく美味しかったよね」
「……俺の作ったのすごい不評だったけどな。生焼けだったり、逆に焦げてたり」
「ハルネは美味しかったと思うよ? 特にスパイスがよかったよ」
「スパイス? そんなの入れたっけかな……」
「ふふ、入ってたんだよー。生流おにぃたまは知らないかもだけど」
「作った本人が知らないって、どういうことだよ……」
「ものを作るって、そういうことだよ。知らない内に、自分じゃ気付かない何かが自然と生まれてるの」
「ゲームのバグみたいにか?」
「……う、うん。まあ、それも……そうかも」
苦笑いされてしまった。現国だったら△でギリ配点の半分をもらえる感じだろうか。
気を取り直したように、ハルネは言った。
「じゃ、じゃあ、ポフェちゃんと一緒に、ローソムへレッツゴーだね!」
「……連れてくんだな、ソイツ」
「うん。今のゲーミングハウスは、動物OKだから」
「飼う気かよ。ってか、引っ越したのか?」
「え、えっと……う、うん」
どことなく歯切れが悪かったような……。いや、気のせいだろう。
「でもローソムの中に、猫は連れてけないぞ」
「お外でお留守番しててもらうから」
「野良なんて、放っておいたらどこかに行っちゃうぞ」
「そんなことないよ。ポフェちゃんは賢いもん。ねー?」
ハルネに抱き上げられたポフェはニャーと元気よく鳴いた。
俺の時と言い、どうも鳴くタイミングが絶妙である。
「……お前、本当に人間の言葉わかるのか?」
「フニャー?」
アホっぽい腑抜けた顔。まあ、これも気のせいか。
俺は軽く息を吐いて肩を竦め、歩き出した。
後からポフェを抱いたハルネがとてとてとついてくる。
「歩き方も女のひとっぽいね」
「この格好だとかえって男だってバレる方が、恥ずかしいからな」
「意識しただけで女のひとっぽくなれるのって、すごいことだと思うよ?」
「……ありがとう」
「少し嬉しそう?」
「そ、そんなことないぞ!」
「でも女の人の格好するの、好きなんだよね?」
飛車角取られて王手をかけられたかのような苦悩が俺を襲う。
「……うふふ、ありがとうございます」
「わっ、生流おにぃたまがおねぇたまになった!?」
「ポフェさん、可愛いですね。よしよし」
「ニャ~」
「……え、えーっと。せ、生流おにぃたまカッコいいよ! 女の格好をしてても男っぽさがにじみ出てる気がする……よ?」
「女のわたしは、嫌いですか?」
「あ、あうう~」
やけっぱちのアイ・アム・セリカ対応は、ハルネを混乱の渦中へと追い込んでいった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【次回予告!】
佳代「立ち食いソバとか、屋台のラーメンとか憧れてるんだケド、行ったことないワケ」
宇折井「え、あ、そ、そうでござるか」
佳代「芽育っちは行ったことある系?」
宇折井「せ、拙者はその、あまり人の傍で食べるのは……」
佳代「あー、なんかわかるカモ。あんまり自分が食べてるの、知らない人に見られるとちょっとハズいわー」
宇折井「……は、はあ|(なぜに拙者がバリバリな陽キャと組まされてるでござる!?)」
佳代「あ、次回予告してって言ってるカンジっぽい」
宇折井「じじじっ、次回、『4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その6』 でござるっ!」
宇折井「では、拙者はこれにてドロン!」
佳代「なんかめっちゃやる気なカンジの人だったわー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます