4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その4

「タマキ……ふぁああ。早く帰ってお昼寝したいのに……」

 すごく耳に馴染みがあるのは、気のせいか……?

 さらに遅れて、もう一つ別の声。

「もう、おつたまがちゃんとリードを握ってないからいけないんだよ」

 この舌足らずな声ながらも、背伸びをした感じの話し方。

 ああ、間違いない。

 この二人は、おそらく――


 やがて二人の少女が角の向こうから現れた。

「あっ、タマキ……」

 そう犬に呼びかけたのは、やはり乙乙乙(おつみ)。

 そして隣にいるのは……。

「見つかってよかったね、おつたま」

 かつて俺が所属していたプロゲーマーチーム、『エデン』のリーダー。

「……ハル、ネ」

 そう。ハルネだ。


 ハルネは俺の方を向き、眉根を寄せて首を傾げた。

「おねぇたま、ハルネの名前呼んだ?」

 俺に気付いていない……?

 いや、それは当然か。

 今の俺は『エデン』のチームメイトである生流ではなく、セリカなのだから。


「い、いえ」

「……わたし、しっかり……聞いた。お姉さん、確かに……ハールゥの名前、言ってた」

 そうだった……乙乙乙は無駄に耳がいいのだ。

「んん? でもハルネ、おねぇたまとは初対面だよ」

「……不思議」

 二人して首を傾いで俺をじっと見やってくる。


 なんとか話をごまかそうと、俺はすっかり大人しくなり丸くなっていた犬を手で示して訊いた。

「えっと、その子……タマキは、乙乙乙さんの飼い犬なんですか?」

「……そう。基本的には……聞き分けのいい子なんだけど……、猫の気配を感じると、一目散に駆けだして……いっちゃ、ふぁああ……」

「タマキは猫が嫌いなんですか?」

「ううん……逆。タマキは、猫が好き……」

「え? でもすごい殺気を感じて、今にも飛び掛かってきそうでしたけど……」

「……多分、お姉さんが猫と会うのを阻もうとしてる、悪者に見えたから……」

「悪者って……」


 ふと足元でもぞもぞ動く感触があったかと思うと、猫が這い出てきた。

 途端にタマキは跳ね起きて、猫の元へ近寄り、体を擦りつけ出した。猫の方は逃れようとするもそこはカンガール・ドッグ。素早い動きで退路を塞ぐ。

 猫は俺の方へ向き「ニャーオ」と助けを求めるように鳴いてくるが、俺は作り笑いを浮かべてそそくさとその場を離れる。

 猫の命に危険がないとわかった今、無暗に自分の命を散らす必要はないだろう。


 猫を見捨てる方便としてハルネたちの方へと行く。ペットを飼っている者同士――正確には俺の場合は違うが――の主(ぬし)トークというわけだ。


 が、すっかり忘れていた。

 乙乙乙はこちらを見やり、再びさっきの質問を投げかけてきた。

「……で、お姉さん。なんで……ハールゥの名前……知ってた……の?」

「それは、その……」

 一難去ってまた一難、という言葉が頭に浮かんだ。

 ゲームでもそうだが、ピンチというのは往々にして立て続けに起こるものだ。


 考えろ、だが考えるな。

 思考しつつもそれを無意識化で行い、場をしのいでいく。

 それが上手くハマればこちらが無理に追い求めずとも、自ずと勝利の方からやってくる。


「あ、わたし、ファンなんです!」

「ファンって?」

「ハルネさんのファンで、その……、ずっと応援してたんです!」

 嘘はついていない。実際に俺はプロゲーマー時代にも、ハルネのことを応援していた。

「わっ、すごい! ハルネ、初めて街中でファンに会っちゃった!」

 無邪気に喜ぶハルネ。

 彼女の単純さに感謝する日が来ようとは。ただ他の悪いヤツに騙されないか少し心配だ。


 乙乙乙の方は一筋縄ではいかないようで、訝しそうに目をすがめている。

「……それ、本当?」

「も、もちろんです」

「じゃあ……、今から三つの問題に答えられたら……信じてあげる」

 知識で俺がファンか試そうという魂胆か。

 望むところである。ハルネとは元チームメイト、来歴方面の知識には死角はないはずだ。……多分。


「わぁ、クイズ? クイズするの?」

「うん……お姉さんと、するの」

 はしゃぐハルネに、じっとこちらを窺う乙乙乙。

 俺はあくまでも憧れの人に出会ったハイテンションのファンを演じるべく、できるだけ明るい笑みを浮かべる。この1週間で夢咲に表情、特に自然な笑顔の作り方は教えてもらっていた。それが役立つときが来たのだ。まさか、こんな状況で実践することになるとは思いもしなかったが……。


「……じゃあ一問目。ハールゥの好きな……食べ物は?」

 インタビューでも度々出てくる、初歩中の初歩的な問題だ。ジャブ感覚の出題か。

「ハンバーグですよね」

 乙乙乙はこくりとうなずく。

 ハルネは「おー、おねぇたまスゴイ!」と褒めてくれている。ちょっと嬉しい。


 乙乙乙はしばらく顎に手をやって黙考した後、二問目を出してきた。

「次……。ハールゥの……苦手なゲームのジャンルは……?」

 今度はすごくコアなところから出題してきた。たった一度しかインタビューで訊かれておらず、ネットで検索して出てこない稀少な情報だ。

 だがこれも問題ない、プロゲーマー時代に何度かハルネとの会話で出てきた。

「アドベンチャーゲームです。分岐のある作品では、なぜか必ず最初にバッドエンドに行ってしまうと1年前に登校された、とあるブログの記事で拝見しました」

 乙乙乙は伏せがちな目を珍しく大きく見開いた。まさか当てられるとは、思っていなかったのだろう。

「……正、解」

「おねぇたまたくさんハルネのこと知っててくれてるんだー! えへへ、嬉しいなあ」


 二問目にしてラスボス級の難問をクリアできたことで、俺はすっかり落ち着きを取り戻していた。

 乙乙乙もゲーマーだ。まさかファンかどうか試す問題で、世間に公表されていないようなマニアックを越えた内容のものは出せはしないだろう。eスポーツプレイヤーにもきちんとスポーツマンシップというフェア精神があるのだ。

 彼女が最終問題に頭を悩ませているのが、眉間の皴の深さでわかる。


 勝利を確信した時、思わぬところから伏兵が現れた。

「じゃあ、最後の問題はハルネが出すね!」

「……ん、わかった」

 ご本人様が堂々の参戦である。

 一気に余裕が吹っ飛んだ。

 いくらハルネが元チームメイトとはいえ、公表された彼女に関しての情報全てに目を通しているわけじゃない。

 当然、いくつもの未読の記事が存在する。


 ただ別に、それに正解する必要はない。

 すでに俺がファンであることは、二問目で十分に証明されたはずだ。

 ここから先は全クリア後のおまけ要素的な意味合いでしかないだろう。

 けれどもここまで全問正解なのだ。最後の一問もばちこり決めたいとゲーマーの性が訴えている。

 当ててやる……絶対に正解してパーフェクトを決めてやらあ!

 心の中で闘志の焔が渦を巻いて燃え上がった。


 ハルネはクイズ番組の司会さながらの口調で言った。

「では、問題です!」

 俺の頭の中で『テテン!』と馴染みのSEが鳴った。

「ハルネが一番最初に参加した大会はなんでしょうか!?」

 問題文を読み上げるような口調、完全に司会者になりきっている。

 それにつられて、俺も早押しクイズのような素早さで回答した。

「はいっ、5歳の頃の『フラットゥーン』のネット大会!」


 ピタリと、時間が止まった気がした。

 遅れて俺は失態に気付く。自分の血の気がさっと引いていくのがわかった。

 この沈黙は不正解が原因ではない。

 正解してしまったからだ、絶対に答えられないはずの問題に。

 ハルネの表情には冬場の湖のように氷が張った。


乙乙乙は「……え?」と首を傾げて、ハルネに訊く。

「あれ……。ハールゥの初出場の大会って、六歳の時の……『ポシェットフェアリー』じゃなかった……?」

「ううん。おねぇたまの回答で当たってるよ」

「へえ。……知らなかった」

「そうだろうね。本当に限られた人しか知らない情報だから」

 ハルネの両眼が真っ直ぐに俺を捉える。

「全問正解おめでとう、おねぇたま」

 にこりともせずに、彼女は機械じみた声で言った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


ハルネ「ゲームを始める時の名前づけって、すっごく悩むよね」

生流「ああ、わかるわかる。ソシャゲとかオンラインゲームだと、他の人のつけてる名前が使えなくて、余計に考え込んじゃうんだよな」

愛衣「そういえば兄ちゃんが初めて『ポシェットフェアリー』をやってた時は、フルネームをつけてたのだ」

生流「ちょっ、それ言うなよ!?」

ハルネ「あはは、生流おにぃたまって意外と素直だからねー」


生流「ぐぬぬ……。次回っ、『4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その5』!」

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