4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その7
3ラウンド目が開始すると早々に、相手からコンボ始動の技を食らってしまい、ゲージを半分近くまで減らされてしまった。
どうにか抜け出すことができたが、このままでは2ラウンド目のように何もできずに完敗してしまう。
切り返すべく、賭けに出ることにした。
俺はカレンにジャンプからの空中前攻撃を連発させる。これはかなり高威力のコンボに繋がり、無敵時間もある。リーチも眺めだ。しかし大ぶりなためガードが容易く、無敵時間の長い技でそのまま返り討ちにされる可能性もある。
ところがアルタイルは防御に使える技が少なく、択はガード程度しかない。
カレンの前空中、アルタイルのガードが繰り返される。これは盤上ゲームにおける千日手のような状態だ。
アルタイルはどうにか別の攻撃で現状を突き崩そうとするが、カレンはそれを許さず前空中を押し付ける。
無論、ただ攻撃を繰り返しているわけではない。
ガード後の相手の行動を予測し、どの程度間合いを取るか。
近づきすぎず、離れすぎず。
すぐに前空中を繰り出せて、かつ相手の攻撃が当たらない位置を予測し、素早く移動する。
それから敵の攻撃を捌いてからの、先端当ての前空中だ。
前空中は根元が当たると威力が増す分技後の硬直フレームも伸び、隙が生まれる。だから先端を掠らせるシビアな調整が必要だ。
ミスすればその時点で反撃されて、最悪そのまま敗北。
常に完璧な操作を求められる、苦しい時間が続く。
しかもリズムゲームやシューティングゲームとは違い、パターンが固定化されているわけではない。ハルネという人間の気分次第でアルタイルの行動は変わる。
そのランダム性に対応することを求められる。
ハルネ自身も神経を相当摩耗しているはずだ。
前空中の処理を少しでも間違えば、一気に有利な状況をひっくり返される。
だから確実にそれはガードしなければならない。
しかしガードすることによってそれの解除フレーム分の隙が生まれ、後退するカレンに反撃することができない。
きっと苛立ちが募っていることだろう。
ハルネがこの状況を打破するために取れる行動は、一つしかない。
そして俺は、それを待ち続けていた。
前空中も十回にもなろうという時、ハルネが希望通りの動きを見せた。
カレンがジャンプした直後に前進。いつもより密着した状態で前空中をガードすることで相手の攻撃を根元でヒットさせ、フレーム数を稼いで隙を生もうという魂胆だろう。
だが相手が接近してきた分、間合いが狭まりさっきまでなら当たらなかったもう一つの技がこちらの択に増えた。
そう。空中ニュートラル攻撃の、月光脚だ。
これをガードさせて、アルタイルの方を向いたままヤツの背後に着地させる。
休まず超火力コンボの始動技を叩きこむ。
さっきはメテオキックで躱されたが、今度はアルタイルが動き出すまで少しばかり時間がかかった。
直前までパターン化された操作を連続でやらされていたせいで、思考が一時的にマヒしていたのだ。
生まれた僅かな隙――それをカレンは逃さない。
アルタイルの背中に攻撃がクリーンヒット。そこからコンボへと繋いでいく。
かなり高難易度で複雑な操作を要するが、4の頃にも存在したものだ。
ならば俺はミスらない。
その程度のことは目をつぶってでもできなければ、全国100位以内に入ることなどできないのだ。
おまけに今作には相手から反撃を受けなけず制限時間内に次の攻撃をヒットすれば永遠にキャラの攻撃を上げてくれる、ストリーム・コンボが存在する。
コンボ中にそれを発動し、さらにカレンを強化する。
アルタイルの体力はみるみる減っていき、ゲージをミリのところまで削ることができた。
しかしコンボの切れ目で抜け出されてしまった。
急いでカットイン技で追撃しようと思ったが暗転返しをされてしまい、逆に強力なカオス技を食らってしまう。
カレンの体力も残り僅かだ。
次の一撃が、勝負を決する。
お互い、今まで以上に慎重に間合いを測る。
リーチの面ではカレンが有利だ。しかしアルタイルはガードブレイクや優秀なつかみ攻撃が存在する。
条件はほぼ五分五分だ。
緊張した空気の中、先に動いたのは俺の方だった。
カレンの最長リーチ攻撃、下強の足払いを繰り出す。
対するアルタイルは奇襲攻撃のメテオキック。
それに対応するため足払いからの派生技、三日月蹴りで返り討ちを狙う。
メテオキックは敵の上部を狙うジャンプ必殺技、三日月蹴りは対空中用地上攻撃。
普通ならこういう場合、攻撃はかち合って相殺されるはずだ。
しかし運命のいたずらか。
両者の攻撃はすれ違い、お互いの攻撃が同時にヒットした。
直後、画面にW.K.O.の文字が表示された。
結果画面にはDRAWと表示される。
……引き分け?
予期せぬ結果に、俺はしばし呆然としていた。
やがて筐体の向こうからとてとてと足音が聞こえてきた。
「ビックリしたね、まさか引き分けだなんて」
火照った顔でハルネは笑っていた。
俺の頬も自然と緩んでいく。
「ああ。いい試合だったな」
「うんっ、すっごく楽しかったよ。でもちょっと疲れちゃったね」
「そうだな。今日はこのぐらいにして、帰るか?」
「あ……あの、ね」
ハルネはもじもじとした様子で言った。
「やっぱり、プリクラ……撮りたいなって」
「いや……だからそれは」
「だって!」
勢い込んで、彼女は言う。
「ハルネたち、今すっごくいい試合したでしょ。だから、今日のことを何か形として残しておきたいなって」
「……いやでも、対戦の映像はレコードに残ってるだろ?」
「それはデータでしかないよ。もっとこう、いつでも手元に置いておけるものがいいんだ。……ダメ、かな?」
不安げな眼差しでハルネは、俺の目を見つめてくる。
……多分、半分は方便なのだろう。
おそらく本当は、俺と今日ここで会えたという証がほしいのだ。
今度会えるのがいつになるか、わからないから……。
そうなったのは俺のせいだ。
何度も悔いた、世界大会の決勝。
そこで犯した罪が、俺だけでなくチームメイト……特にリーダーのハルネの心を、深く傷つけた。
だったら俺は、その傷を少しでも癒(いや)さなければならないだろう。
「わかったよ。でも1回だけな」
「うん、ありがとう!」
ぱあっと咲いた笑みの花に、俺の頬は緩んだ。
午後2時。
すごい長い時間経ったと思ったら、そうでもなかった。
一つ一つの出来事が濃密すぎて、疲労感が大きかったゆえの現実との相違。
今日はもう、撮り貯めておいたストックの投稿だけでいいかもしれない……。
朝夕に比べて人の少ない繁華街を俺たちは歩いていた。
おそらく会社勤めの人たちは今頃ビルの中で働いているのだろう。
……はあ、俺も少しは頑張らないとな。
「えへへ、生流おにぃたまの写真、生流おにぃたまの写真♪」
スキップでもしそうなほど上機嫌なハルネ。
今の俺はおそらく、彼女と対照的に負のオーラでもまとっているだろう。
「……はあ。女装してプリクラとか本当にもう……」
「でも、撮る時すごくテンション上がってたよ?」
「だって、普段はやらないから新鮮で……」
「……やっぱり、女の子っぽいの好きなの?」
「ハルネだってTPSするし、さっきもストリーム・バトラーズプレイしてただろ?」
「……あはは。確かに、そうだね」
雲っていたハルネの表情が晴れていく。
足元のポフェが「ニャーォ……」と心なしか嘆息気味に鳴いた。
「あのね、一つ訊きたいことがあるんだけど」
ちょっと緊張気味な声で、ハルネが訊いてきた。
「なんだ?」
「生流おにぃたまは、ヒーローとヒロイン、どっちになりたい?」
真剣な眼差しだった。茶化していいような空気じゃない。
俺は自分なりに真面目に考えてから、答えた。
「ヒロインかな」
モロハちゃんと肩を並べて戦える魔法少女になる――。
それはモロハちゃんファンなら誰もが一度は夢見ることだろう。
「そっか。生流おにぃたまは、そうなんだ……なら!」
急に元気になったハルネは、ポフェを手放して両手をぎゅっと強く握りしめて言った。
「ハルネ、なるよ! 勇者に!!」
「……え?」
きょとんとする俺に、ハルネは何やら熱意を語り続ける。
「悪いヤツを倒して、きっと生流おにぃたまを救ってみせるから! だから、待っててね!!」
そう宣言して背を向けたハルネは、どこぞへと走り去っていく。その後をポフェが追っていく。
「おっ、おいッ! ちょっと待てよ!!」
ハルネへ呼びかけたつもりが、なぜかポフェが一度足を止めてこちらを振り向いた。
ポフェは尻尾を二度振って「ニャアーン」と間延びした声で鳴いた。
気抜けて足を止めてた俺を残し、ポフェもまた走り去っていく。
一人きりになった後、俺は軽く肩を竦めた。
「悪いヤツとか、救うって……なんだよ」
その呟きは、昼間の街のささやかな騒音にさえ、簡単に掻き消されてしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【次回予告!】
夢咲「学生さんが動画投稿を初めて、バイト未経験のままたくさんお金を稼いでるってこともあるそうなんデスヨ」
生流「へー。でもそれで案件とかもらえたら社会経験もできるし、自分からじゃなくて社会の方から求めてもらえてるってことだから自信にもつながるし、かつ収入も得られる。一石三鳥だな」
夢咲「これからの時代、スタンダードな生き方が少しずつ変わってくるかもしれマセンネ」
生流「次回、『4章 女装した俺、かつての仲間と出くわす その8』」
生流「……ところで、なぜにいきなり真面目な話に?」
夢咲「台本に『今日はフリートーク』って書かれてたので……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます