第137話 ニンジャ・キルボックス⑤

 人形使いには、信じられなかった。

 フォンが得た新たな繋がりを認めたくないと言わんばかりに、首を失った人形を立たせて、彼女は飛び出しかねないほど目をひん剥き、狂った雄叫びを上げた。


「邪魔をするな、あ、あああぁぁッ!」


 リヴォルの咆哮が響き渡っても、誰も怯みはしなかった。

 臆せず突進してくる、それだけで今の彼女にとっては脅威となった。


「クロエ、カレン、アンジーは僕達を援護して! サーシャ、挟み撃ちにするよ!」

「サーシャ、承知!」


数だけなら大したことはないが、問題はその中に忍者と、忍者に匹敵する力を有する女騎士がいること。加えて、彼ら五人はただの寄せ集めではなく、強い絆で結ばれた者達なのだ。

 フォンが先陣を切って突撃してくるのを見るや否や、彼女はレヴォルを引き寄せて武器を構えさせるが、彼の背中から隠れるようにしてギミックブレイドの刃が飛んでくる。

 レヴォルの体を盾にして刃を受け止めるも、アンジェラの腕力は人形を彼女の手元から剥がしてしまう。そうなればリヴォルは防御策を失い、クロエとカレンが放つ矢と火球を、ただ避けるしかなくなる。

 勿論、遠距離攻撃だけではない。フォンの超高速近接攻撃と、サーシャのメイスが振るわれる度に、環境に破壊が齎されてゆく。岩が砕け、水が弾けると、リヴォルは嫌でも自分の体と未来を破壊された物体に重ねてしまう。


(こいつら、お兄ちゃんと息が合い過ぎてる! 孤独なはずの忍者が、どうして!?)


 彼女には、到底理解できなかった。

 自身が知る限り最も凶悪で強かった頃のフォンよりも、ともすれば今の彼は勝っている。おまけに五対一の状況を卑怯だと言及もできただろうが、これは決闘ではなく殺し合いだ。ましてや忍者同士の争いなのだから、正々堂々などあったものではない。


「お兄ちゃん、どうして!? お兄ちゃんの本当の姿はこんなのじゃないんだよ、もっと深い闇を持ってる、もっと強い力を持ってるのに、どうして!?」

「あんたには分かんないでしょ、あたし達とフォンとの繋がりなんて!」

「お前には聞いてないだろうが、このおぉッ!」

「べらべらと喋ってるなんて、随分余裕なのね!」


 余裕などあるはずがない。知っていて、アンジェラは挑発している。

 矢と炎が飛び交い、メイスと苦無が迫り、蛇腹剣が飛んでくる。真っ黒なレヴォルの体が削れてゆき、リヴォルにも傷が増えてゆく。

 クロエやサーシャが気を抜けば死んでしまうほどの速さで斬撃が、打撃が飛び交う。ただし、気を抜けばレヴォルを破壊されて死ぬのは、リヴォルも同じ状況なのだ。

 加えて、彼女は気づいていない。自分にとって最大の危機は多くなってゆく傷ではなく、次第に体が滝口へ通されていることであると。ただただ必死に攻撃を防ぐばかりで、フォンの真の目的を彼女は知らないし、知る余裕すらないのだ。

 何度目か分からない、一瞬の油断が死を招く激闘の最中、遂に時が訪れた。


「そこだッ!」


 クロエの矢とアンジェラの蛇腹剣を同時に避け、レヴォルをサーシャのメイスで抑えつけられたリヴォルにできた、完全なる隙。フォンとカレンは、それを逃さなかった。


「どりゃあ、でござる!」


 カレンの一蹴り。リヴォルがぐらりと姿勢を崩す。


(しまった、後ろは……!?)


 猫忍者の打撃の威力は微々だが、彼女はあくまで前振りでしかない。

 真に待ち構えていたのは――大きく拳を振りかぶり、レヴォル諸共リヴォルを殴り飛ばす為に、真正面から突っ込んできたフォンだ。


「――うおりゃああぁぁ――ッ!」


 振り抜かれた拳は、リヴォルの顔面を打ち抜いた。


「ぶ、ぐっおぉッ!?」


 忍者が持ち得る腕力を最大限活かした一撃は、鼻血を噴き出すリヴォルの体を、レヴォルと共に宙に浮かせた。背を川に向けたまま跳ねた彼女の後ろに待っているのは、リヴォルも予想していた通り、大きな音を立てて口を開ける、滝への入口だ。

 姿勢は崩れたまま。受け身も取れない。そもそも、あらゆる次の手をフォンは潰せるよう、彼女から微塵も目を離さない。ならば、姉妹が行き着く先はただ一つ。

 フォンの作戦が成功し、リヴォルは滝へと叩き落とされるのだ。


「やった……!」

「滝に落ちたなら、あいつは……!」


 上手く川の浅いところに着地した彼のみならず、息が上がった様子のクロエ達も、どういうわけか体の動きが鈍りつつあるアンジェラも、敵の転落死を確信した。

 ――ただ、彼らは想定していなかった。リヴォルが悍ましい執念の持ち主であると。

 リヴォルとレヴォルが滝に吸い込まれ、姿が見えなくなった瞬間、フォンは自分の腹に熱いものがじわりと広まっていくのを感じた。クロエも、サーシャも、カレンも、アンジェラも、張本人であるフォンですら、何が起きたのかを把握しきれなかった。

 静かに浸透していく感覚の正体を知るべく、フォンはゆっくりと自分の腹を見た。


「……これ、は」


 彼の腹には、黒い刃物が深々と突き刺さっていた。

 しかも、ただ長いだけの刃ではない。これはフォンも使う忍具で、手持ちの鎌の後部に鎖を付けた、『鎖鎌』だ。この武器の鎖は必ず手元に握られているので、つまり、誰かがそれを掴んでいるのは間違いない。

 誰だろうか、などとくだらない質問だ。顔を上げたフォンは、全てを察した。

 轟轟と流れる滝の下に、鎖は続いていた。この滝から落ちていったのはただ一人と一つだけで、フォンには分かり切っていた。どこかに武器を隠し持っていたレヴォルが、落ちる瞬間に、彼目掛けて鎖鎌を刺したのだと。


「……ッ!」


 全員が、フォンの腹を貫いた刃を見た。しかし、もう何もかもが遅かった。

 彼が仲間達に警告するよりも先に、滝の底から這い寄るような衝撃を覚えたフォンは、足でどうにか踏ん張るよりも早く、滝口へと引っ張られてしまった。


「師匠!」

「フォン!」


 駆け寄ろうとする仲間達の姿が遠くなる。手を伸ばしても、誰にも届かない距離。

 水を散々飲まされながら、フォンの体は滝壺の遥か上空に投げ出される。驚愕する仲間の顔が見えなくなり、代わりにぐるりと体を捻らせた彼の瞳に映ったのは、激流に体を打ち付けられながらも、彼を凝視して凄まじい笑顔を見せるリヴォル。

 鎖鎌を首の中から放っているのは、レヴォル。どうやら人形が鎖鎌を握っているのではなく、体の中に仕込んでいたようだ。ならば当然、リヴォルが離さなければ鎖は離れず、フォンは彼女達が落ちていく方向に引っ張られてしまうのだ。

 つまり、底の見えない地獄の入口。滝壺に向かってである。


「うわああぁぁ――ッ!」


 レヴォルが腕で鎖を引き込むと、フォンの体は滝に沈んだ。

 たちまち、二人と一つの影は、凄まじい水の怒号の中へと消えてしまった。

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