第120話 ニンジャ・フォール

「お兄ちゃんを独占するのが許せなかった。光の世界に一人でいるのも許せなかった。だからあの日、私はレヴォルを人形にして、あの子の人生を貰ったの」


 人々の声が、遠く聞こえるように気がした。風の音も、同様に。


「レヴォルの感情も、願いも、思いも、今は全部私のもの。だから、お兄ちゃんを今日初めて見たとしても、私はずっとお兄ちゃんが好きだったんだよ。分かるかな、この気持ち?」


 恐らく、リヴォルは半ば狂っていて、且つ自我がないのだと、フォンは思った。

 恋慕の感情はレヴォルから奪い取り、人格は妹との会話で形成された。禁術を使えるほどの才能を持ちながら己が存在しないのだから、ハンゾーが重宝して秘匿するのも頷ける。忍者を道具とするなら、リヴォルほどの逸材は存在しない。

 しかも今は、そこに邪悪さと悍ましさが混同しているのだ。


「ハンゾーは私達に、忍者の里を再び作り直してくれってずっと言ってたの。勿論、私は彼の遺志に従うし、やり遂げるつもりだよ。一応計画を立ててるんだけど、聞きたい?」

「聞きたくない。再興なんてさせるわけにはいかない」

「ううん、聞いてもらうね。里を再興するには人数が足りないし、まずはお兄ちゃんと私でたっくさん子供を作って、あの頃と同じくらいの忍者を養成すればいいんじゃないかなって思ってるの! 後のことは考えてないけど、お兄ちゃんも賛成してくれるよね!」

「……笑えない冗談だ。この話はもういい、僕が聞きたいことは別にある」


 頬を赤らめて照れるリヴォルに対し、フォンの顔はどこまでも冷めていた。提案も、彼女の狂気も、フォンにとってはまるで有り難くない。かつてのフォンがどうあれ、今の彼は平和を愛し、仲間を守ることに全てを捧げている男だ。

そんな彼が気にするとすれば、リヴォルの人生計画ではなく、別の事柄である。


「ここに来るまでに、他の人を殺したのか?」

「うん、暗殺でお金を稼いでたからね。忍者だってお金がないと生きてけないよ」

「王都騎士の家族を殺したか? 犯罪者に依頼されて、一家を拷問して殺した記憶は?」


 フォンの話す家族とは、つまりアンジェラの家族のことだ。

 彼女が探す忍者は、肩に龍の刺青を彫った忍者だ。フォンはずっとリヴォルがその犯人だと思っていたし、もしも遭遇するなら真実を必ず聞くと決めていた。

 今のリヴォルを見れば、拷問と暗殺など躊躇わずに行うと彼は確信していた。


「……やったよ? 確か、バルバロッサとかいう騎士の家族を殺してくれって。言い値の報酬額をやるから苦しめて殺せって言われたからそうしたけど、どうかしたの?」


 やはり。リヴォルはアンジェラの家族を拷問して殺した、張本人だ。

この時点で、フォンはどうあってもリヴォルを逃がすわけにはいかなくなった。暗殺者を野放しにするのも、彼女を放置するのも危険すぎるからだ。

ただし、敵を逃がすつもりはないのは、フォンだけでなくリヴォルも同様である。


「とりあえず、余計な話はもうおしまい。お兄ちゃんが話を聞いてくれないなら、捕まえて隠れ家に連れて行くね。もしも抵抗するなら……」

「抵抗するなら?」

「両の手足をもいで、持って帰る」


 リヴォルが指を軽く鳴らすと、ずっと黙っていたレヴォルが黒いコートを靡かせ、がちゃりと体を震わせた。両手に握っていた刃を仕舞い、代わりに袖から飛び出したのは、巨大な分銅が二つ付いた鎖。どうやら本当に、体中に無数の武器を格納しているようだ。

 一方でフォンも、もう一度苦無を握り締める。全神経を集中し、レヴォルの一挙一動を見逃すものかと言わんばかりに、人間と見紛う無機質の人形を凝視する。


「どうする、お兄ちゃん? 私についてくるか、手足を失うか、選んでね」

「逆だ、僕がお前を捕える」

「分かった――それじゃ、芋虫にしてあげる」


 フォンも激突の覚悟はしていたが、より殺意に満ちていたのはリヴォルの方だった。

 彼が返答し終えるか否かの間に、ほんの少しの指の動きに合わせて、人形の妹が鎖を振るってきた。上半身を真逆に捻って勢いをつけるという、人間では不可能な動きで加速された鎖と分銅は、人間の肉くらいなら確実にミンチにする。

 フォンは分銅を苦無で弾き飛ばしたが、振動は肩まで伝わってきた。隙をついてレヴォルはもう片方の鎖を叩きつけようと突撃してきたが、空いた方の手にもう一本の苦無を滑らせ、彼は別の鎖を弾く。

 そうしてがら空きになった体目掛けて、人形は蹴りを叩き込もうとする。鎖の攻撃を防ぎ切り、彼はレヴォルの足裏を前腕で受け止めた。


「ぐッ……!」


 びりびりと、衝撃が体を痺れさせる。『傀儡の術』で強化された人形は人間よりもずっと頑強になると聞いていたが、蹴りの威力はまるで鉄球をぶつけられたようだ。

 それでも痛撃であると微塵も感じさせない無表情で、フォンはレヴォルに攻撃を繰り出す。リヴォルが彼を見ながら指を動かすと、レヴォルは彼の腕を踏み台にして飛び退き、またも鎖を鞭に見立てて連撃する。

 目にも留まらぬ鉄の鎖による打撃は、瓦を砕くほどの破壊力も伴う。それを避け続けながら苦無による攻撃のチャンスを見出そうとするフォンも、最早人間離れしている。

 しかも、レヴォルだけでは攻撃の手数が少ないと踏んだのか、今度はリヴォルまでもが攻撃に参加してくる。鎖の間を縫うように紛れ、拳の殴打を直撃させようと肉薄する彼女と距離を取りながらも、フォンは人形の暗器を蹴り払う。

 傍から見ればとても思考と視界が追い付かない超速の攻防戦は、足元を爆砕してゆく。


(並の人間ならもう十回は死んでるのに、凄いね、お兄ちゃん!)

(人形の硬さにリヴォルの洞察眼が合さって……攻撃を、いつまで防げるか……!)


どちらも互いが不利だと見ている。早々に決着を付けなければまずいとも思っている。

リヴォルは無意識の、フォンは自覚のある焦りが、攻撃と防御を焦らせる。苛烈な鎖の殴打が瓦を砕き、宙を舞うかかと落としがひびを入れる。

みしり、と足元が音を立てているのにも気づかないほど、双方の戦いは熱くなっている。

そうしているうち、回避をさせないと言わんばかりに、レヴォルの両腕が凄い速さで回転し始めた。一緒に高速で輪を描く分銅と鎖が、岩を掘削するかのように周囲を砕く。


「今度は避けさせないよ、お兄ちゃん! 手の骨を砕くから、覚悟してね!」


 あんなものに触れれば、いかにフォンといえどもただでは済まない。


「ちぃ……!」


 がりがりという音では比喩しきれないほどの轟音が、とうとう足音に溝を作った時。


「……あれ?」


 不意に、フォンとリヴォル、レヴォルの体ががくりと落ち込んだ。

 刹那の間に起きた事象だったので、三人とも気づけなかった。既に彼らの足元はほぼ破壊され尽くしていて、あと少しの衝撃で屋根に風穴があいてしまうと。レヴォルが高速回転させた鎖の攻撃は、その許容範囲を容易く超えてしまっていると。

 崩れ往く音と瓦が潰れる感覚と共に、やっと双方は状況を把握した。


「うわああぁぁぁッ!?」


 案内所の屋根――その一部が崩落し、フォン達は纏めて屋内に墜落してしまった。

 瓦とそれを支える木材、人間と人形が落下し、とてつもない勢いで埃が巻き上がった。

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