第119話 ニンジャ・ヒドゥン

 フォンは、二重の意味で現実を信じられなかった。


「……レヴォル、君は僕が殺したはずだ! 忍者の里を滅ぼした時に!」


 レヴォルと呼ばれた白髪の少女を、フォンは覚えている。なんせ、自分の手で殺したのだ。

痩せぎすの体型で、身長はカレンと同じくらい。純白のセミロングヘアはやや癖毛気味で、髪の端が丸みを帯びている。ぱっちり開いた淡い緑色の瞳、首筋に彫られた忍者文字の刺青と、肩の龍の刺青。同年代の同性と比べても相当可愛らしい顔つき。

いずれも、彼が知るレヴォルの特徴と合致している。だからこそ、有り得ない。

 燃え盛る忍者の里と、彼女が死ぬ様を、フォンはまだ忘れられない。抵抗する余地すら与えなかった彼女の四肢を斬り落とし、喉を苦無で裂き、里諸共焼き払った。

 他の忍者も同様の殺し方をしたが、レヴォルに関してはことさら入念に殺した。それくらい危険だと知っていたし、だからこそ優先的に始末したのだが、まさか生きていたとは。しかも、同じ顔の人形まで用意して、フォンに遭いに来るとは。


「他の忍者と一緒に、確実に殺した! どうしてここにいるんだ!」


 いつになく焦った様子のフォンとは対照的に、人形を揺らしながら、少女は心底楽しそうに嗤っている。肩の露出した白いワンピースと灰色のサンダルだけを見れば薄幸の美少女に見えなくもないのに、抉れた頬の肉と露出した歯のせいで怪物めいて見える。


「うん、お兄ちゃんは殺したよ? 確かにあの時、忍者の里にいた忍者は皆、お兄ちゃんが殺した。仲間も、マスター・ニンジャも、レジェンダリー・ハンゾーも、みーんな」

「だったらどうして、レヴォルは……」

「それはね、お兄ちゃん。私はレヴォルじゃないからだよ」


 フォンは生まれて初めて、我が耳を疑った。外見は間違いなく、フォンが知るレヴォル――共に忍者の里で過ごした同僚だ。その本人が否定するなら、彼女は何者か。


「……なら、お前は、いったい……!?」


 呼吸すら忘れつつあるフォンに、彼女は一層口を引き攣らせて言った。


「私はね――リヴォル。レヴォルの双子の姉だよ」


 リヴォル。その存在を、フォンは全く知らなかった。全く同じ格好と顔をしたレヴォルならば知っていたが、双子などとは聞かされたこともなかった。忍者の里にいても、レヴォルからそんな話を聞いた覚えもない。

 自分の知らない巨大な闇が鎌首をもたげているような気がして、怖気は止まらなかった。


「レヴォルに姉がいるなんて、僕は知らない。里に隠れていた忍者も全員殺した」

「でも、私はここにいる。長い話になるけど、理由を聞きたい?」

「……手短に話せ」

「分かった。単刀直入に言うとね、私は里に来た時から、隔離されていたの」


 忍者の里にやって来る幼子達は、いずれも捨て子か、どこかの村落から拉致されてくる。忍者として高い素質を持ち合わせている者が殆どで、同じ釜の飯を食って育つ。だから、一部の子供が離されているなど信じられない。

 フォンもまた、連れられてきた一人だ。里で修行を受け、世に知られない恐るべき任務や、国を揺るがす暗殺を繰り返してきた。自分は里に信頼されていると思っていたし、知らない謎など存在しないと思っていたが、彼は思い上がっていたらしい。

 自分の知らない謎が明かされていくうち、フォンの腹の内に、不安が生じてくる。


「隔離……?」

「私とレヴォルをスカウトしたマスター・ハンゾーは、有り難いことに、私の方に才能を見出したの。レジェンダリー・ニンジャによって里と違うところに引き離されて、忍者としての修行を受けたんだ……お兄ちゃんみたいな反逆者が出た時の為に」


 レジェンダリー・ハンゾーならフォンも知っている。

唐草模様の着物、瞳以外を包帯で隠した顔の老人。忍者の里を統べる最も強い忍者であり、現在の三代目フォンに才能を見出した張本人でもある。彼が里を滅ぼす理由ともなった相手だ、フォンが忘れるはずがない。

フォンは彼の予想を超えて反逆したつもりだった。だが、あくまでつもり、のようだった。


「読まれていたのか、僕が里に反旗を翻すと?」

「さあ? ハンゾーは誰が忍者を壊滅させても再興できるように、私達を隠し玉として用意したの。そのハンゾーがどうなったかなんてのは、お兄ちゃんが良く知ってるでしょ?」


 けらけらと笑うリヴォルの目は、嘘を言っていない。全てが事実だ。


「お兄ちゃんが里を滅ぼしてから、私達は隔離された第二の里を出たの。私は最初から決めてたよ。ハンゾーに従って、お兄ちゃんに会いに行くんだって……レヴォルは死んでたから、里に寄ったついでに使わせてもらったけど」


 リヴォルとレヴォル。双子。同じ顔をした人形。フォンの仮説が、現実となる。


「……まさか、『傀儡の術』の生贄にしたのは……!?」


 少女は、無機質な肌を持つ人形の口を動かし、笑わせた。


「大正解。お兄ちゃんが殺したレヴォルを、私が人形にしたの。禁術『傀儡の術』でね」


 見た目を彼女に寄せたのではない。この人形そのものが、彼女の妹なのだ。


「『傀儡の術』については知ってる? 人間の死体を使って、五十の工程を経て特殊な加工を施すの。そうすれば見た目はそのまま、中身だけを別のものへと作り替えられるの。でも、そこまでならただの人形。体に無数の武器を仕込んだだけの人形に……」

「莫大な魔力が封じられた希少鉱物『魔宝玉』を、心臓と挿げ替える。それを内蔵された人形は、強固な肉体と再生能力を獲得する。お前の指に嵌められた指輪の動きを察知し、その操作によってのみ動く……人道から逸脱したからこそ、禁術に指定された忍術だ」

「流石はお兄ちゃん。詳細まで知ってるなんて凄いね!」


 リヴォルに褒められても、フォンはちっとも嬉しくなかった。この純粋無垢な少女が自分の妹を兵器へと変貌させたと知った今、相手を人間と認識することすら難しかった。

 体中に武器を仕込み、人間を遥かに超えた強固さと身長を変えられるほどの柔軟さを獲得した人形は、リヴォルが両手の指に嵌めた十個の白銀の指輪の動きに応じて――つまりは指の動きに合わせて、精密で俊敏な動作を可能とする。

 人間を人形へと改造する非道性、人形を操るのに使う魔宝玉の入手の難しさ、指と連動した操縦法を会得する難易度の高さから、『傀儡の術』は忍者でさえ使うのを躊躇い、憚られる禁術に指定された。それをよもや、自身の妹で実行するとは。


「どうしてレヴォルなんだ、他にも死体はあったはずだ! レヴォルだって、体の殆どを焼き払った! 使い道はなかったはずだろう!?」


 リヴォルの顔から、急に笑顔が消えた。


「……憎かったから」

「何だと?」

「私が隔離されてる間、妹は何度も私に会いに来て、外の世界について話してくれたんだ」


 無表情の人形を、怨嗟を込めた目で睨んでいる。


「修行のこと、任務のこと、そしてお兄ちゃんのこと。お兄ちゃんがどんな人で、どんな忍者で、おまけに三代目フォンになるとも聞かされたの。私は任務と修行以外を何も知らないのに、自分だけが外で楽しみと享受してる。恋するくらい素敵な人を独占してる――」


 フォンの謎が、一つだけ解けた。面識のない彼を兄と呼ぶ理由が。


「――だから、今はとても楽しいの。レヴォルの全てを奪い取るって、夢が叶ったんだ」


 彼女は、フォンなど知らなかった。

 レヴォルに成り代わり、全てを奪い取り、彼女が持つ恋慕を己のものとしただけだ。

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