第102話 カルトと忍者

 敵が承知したと判断して、フォンはアンジェラを見た。彼女は心底面倒臭そうな様子だったが、フォンがじっと見つめると、諦めた調子で頷いた。

 そうして二人は、ばっと穴の中に飛び降りた。

暗さに反して穴の底はあまり深くなかったが、着地と同時に山ほどの敵に囲まれているとは察せた。目の前のクロエ達と同様に、薄暗がりの中から現れた黒ずくめの男が手際よくフォンとアンジェラの腕を掴んで縄で縛った。

武器を取り上げられなかったのは油断しているのかと思ったが、幸運とも言えるだろう。一先ず仲間がやられずに安心したフォンに、カレンが申し訳なさそうに言った。


「め、面目ないでござる、師匠……ゲムナデン山での失敗を、また……」

「今は言わないでおくよ。それに今は好都合だ、ある意味ではいいことをしてくれたよ」

「え? それって――」

「よし、あの御方達のもとへ連れて行け!」


カレンが顔を上げるのと同時に、同じく縛られた仲間達が引っ張って行かれた。

 彼らを縛り上げているのはただの縄ではなく、フォンが少し力を入れても引き千切れなかった。サーシャが抵抗していないのを見る辺り、彼女の剛力でも破れない特殊な造りをしているのだろう。

 落とし穴から広い洞穴を進んでいくと、直ぐに松明の灯りが見えてきた。同時に彼らを取り囲む、二十人は下らない敵の姿がはっきりと可視化できた。

 そして洞穴の奥の気配は、ここにいる者達の倍近い。相当な数の敵がいるここは、単なる隠れ家というよりはカルト集団が根城として使っていると思っていいだろう。


「……どうやらあたし達が追ってたのは殺人現場じゃなくて、敵の本拠地ってとこかな」

「フォン、気付いてたか?」

「途中からね。だから一度撤退するつもりでもいたんだけど……ん?」


 サーシャやクロエの問いにフォンが答えていると、不意に目の前が明るくなった。

 彼らが連れてこられたのは、とんでもなく広い洞窟だった。辺り一面を松明で照らされた広場の端には、円を描くように黒ずくめの連中が立ち並んでいる。しかも洞窟の壁には、さっき通ってきたのと同じような洞穴の道が幾つもある。

ここが、間違いなくカルト集団の本拠地だ。フォンは直感した。


「……ここだ。お前ら、こいつらを生贄達の前に並ばせろ」


 言われるがまま、五人は彼らが取り囲む中央へと歩かされた。

 尤も、ここにいるのは彼らと狂信者だけではない。フォン達が目を見開いたのは恐るべき敵の巣窟を目の当たりにしただけでなく、ここには先客がいたのだ。


「――クラーク!」


 フォン達がずっと追っていたクラークと、勇者パーティも取り囲まれていた。

 ただし、彼らはフォンのように抵抗しない道を選ばなかったようだ。


「ぶ、ぶぉん……」


まだ誰も死んでいなかったが、代わりにクラークとサラ、ジャスミンの前衛役が悲惨なほど叩きのめされていた。クラークは顔中腫れ上がり、右腕が妙な方向に折れ曲がっている。サラもジャスミンも体中を打ちのめされ、悲惨な様で這いつくばっている。


「いだい、いだいよぉ……」

「ぐうぅ……」


何れも、狂信者たちが手にしている棍棒での暴行だろう。身を寄せ合って震えているマリィとパトリスはまだ無傷だが、儀式の一環であるなら、これから刃物で滅多刺しにされる未来が待っているのだ。


「フォン、助けて、フォン……」

「マリィ、パトリス! お前達、クラークに一体何を!」


 さめざめと泣いて、これまでの仕打ちを忘れて助けを請うマリィを気にかけているのはフォンだけだった。残りの四人は、自分達の足元に視線を向けていた。


「フォン、足元のこれ、全部魔法陣だよ!」


 クロエの言葉で、フォンは、はっと気づいた。

 この巨大な広場の地面には、これまで何度も事件の現場で目撃してきた魔法陣が描かれていた。ご丁寧に忍者文字までもが刻まれたそれは、確実にここにいる勇者パーティを生贄に捧げるという意思表示に他ならない。

 驚く一行の隣をすり抜けるように、彼らを連れてきた黒ずくめの男が前に出た。


「こいつらは最後の生贄として攫ってきた奴らだ。ギルディア唯一の勇者と聞き、英雄シャドウ・タイガーを呼ぶにはうってつけだとあの御方達は言っていたが、我らに取り囲まれ暴行を受けただけで許しを請う臆病者……とんだ見当違いの連中だった」


 どうやら、フォンの予想は大まか当たっていたようだ。

 やはりクラーク達は、何かしらの手段によって嘘を吹き込まれ、ここまで連れてこられたのだ。そうして生贄に捧げられる予定だったのだろうが、抵抗したクラーク達があまりにも弱かった為、たった今までこうしてリンチしていたのだろう。

 仮にも勇者のクラークと彼の仲間達がどうしてここまでやられているのかと思うだろうが、敵は闇に慣れているうえ、数に利がある。こういった戦術を常に用いているとすれば、勇者とてただでは済まないはず。

 だとすれば、何故まだ血祭りにされていないのか。その理由は、黒ずくめの連中たちの中から此方に向かって歩いてくる二つの影が教えてくれた。


「――だけど、貴方達は違うわね。勇者よりもよっぽど生贄の素質がありそうだわ」


 フードを被った一人は女性の声を発した。


「……お前達は誰だ」

「我らはシャドウ・タイガーの、いや、カゲトラの遺志を継ぐ者。忍者の血を継ぐ者だ」


 サーシャの問いに返したもう一人は、男性の声を発した。

 この二人こそが、カルト集団を統率しているのだとフォンは察したが、それよりも信じられなかったのは、男がカゲトラと自分の繋がりを言い放ったことだ。


「忍者の血を……まさか!」


 女性がくすりと笑うと、二人とも揃ってフードを脱いだ。


「忍者を知っているようね。だったら、話は早いわ」


 フードの内側にあったのは、どちらも赤黒いおかっぱ頭。

 右頬に刻まれているのは、どちらも三日月模様の刺青。


「私はカゲチヨ、彼は私の兄のカゲミツ――私達は、忍者カゲトラの子よ」


 忍者の子を名乗る兄妹は青白い肌を灯りに照らして、フォン達を見つめた。


「忍者カゲトラに、子供がいたのか……!」


 フォンの記憶とは違う現実に、さすがの彼も困惑の表情を隠せなかった。

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