第93話 生贄と忍者

「ただいま、クロエ、サーシャ……アンジーも、早かったね」


 フォンとか煉瓦小屋に戻ってきた頃には、既にアンジェラは帰ってきていた。

 彼ら同様に黒づくめの何者かを倒して引きずってきたのか、右手の先には黒い衣服を纏った男の髪を掴んでいる。


「おかえり……って、フォンとカレンが追いかけてた奴もそうなったの?」

「僕も、ってことは?」

「私が捕まえたこいつも、尋問する前に自殺したわ。舌を噛み切ってね」


 アンジェラが投げ捨てた敵は、口から多量の血を流し、白目を剥いて死亡していた。半開きの口から見えるはずの舌が綺麗に切り取られていて、相当強い力で噛んだのだろう。つまり、この男達――カルト集団は死への恐れなど欠片も抱いていないのだ。

 最初に死んだ二人と、追いかけた末に自死した三人。死人に口なしとは正しくこのことで、カレンはやはり情報源を失ったと言いたげに項垂れた。


「ううむ、これではやはり話が聞けないでござるよ、師匠……」


 ところが、やはりフォンにとっては、死体は立派な情報源であるようだ。


「いや、さっきも言ったけど、死体だけあれば分かることもある。まずはクロエ、見たところ最初に殺した敵と冒険者の方に面識があるみたいだけど、違うかな?」


 冒険者と死体との関係性をフォンが見抜いたのは、男が亡骸を視線だけで侮蔑的にじっと見つめていたからだ。観察すれば簡単に見出せるが、少し動揺しているクロエとしては、どうして気づいたのかと思ったようだ。


「え? あ、うん、よく分かったね。どうやらこの男、彼に依頼を出した奴みたいだよ」

「間違いないかい?」


 フォンが男に問うと、彼は半ば殺意に近い目つきで死体を睨んで答えた。


「……そうだ、絶対に間違いない。こいつだ、こいつが依頼を俺達に……」


 冒険者の男が死体を衝動的に踏み潰してしまいかねないので、フォンは男と死体の間に割って入るようにして彼を遠ざけた。


「ありがとう。アンジー、サーシャ、その死体の服を剥いでくれ。体のどこかに、恐らく彼らが忍者と関係している証拠が出てくるはずだ」

「分かった」

「オッケー、ちょっと待ってね」


 カレンのアプローチにはいつも困惑するフォンだが、死体となれば話は別だ。

 さらりと衣服を脱がすよう指示すると、アンジェラとサーシャは男女問わず死体からローブを剥ぎ取った。黒い大仰な衣装の下には何も纏っていない裸の亡骸が一つ出来上がった時点で、二人は死体のおかしさに気付いた。


「……フォン、こいつの胸。変な刺青、入ってる」

「こっちの奴にも入ってるわね。さっきと同じ、忍者文字よ。ってことは、小屋で殺人に関わっていた奴らの仲間で間違いないかしら?」


 サーシャが首筋を、アンジェラが乳房の下を指差すと、それぞれの死体には何本もの棒が連なったかのような刺青が彫られていた。アンジェラが予想し、フォンが頷いた通り、これは紛れもなく忍者文字だ。


「うん、間違いないと思う。ここからは僕の推測だけど――」


 死体を転がすように置いた二人の前で、フォンは推理を始めた。


「――彼らは依頼人に扮して、冒険者をおびき寄せてる。それなら生贄の予定者を油断させられるし、仮に殺人をアピールして周囲が警戒しても、依頼人が、安全であるだとか近場だからと説得すれば、彼らの理想の獲物は簡単に手に入るわけだ」

「ついでにこいつらの場合は、私達が少人数で来た時には追加で捕まえて殺すつもりだったと思うわ。思いのほか大人数で来たから、見に徹していたってとこね」


 彼らの作戦は、かなり周到且つ狡猾だ。

 依頼でおびき出し、殺す。大々的に儀式を宣伝しないといけないルールがあるとしても、生計を立てなければならない冒険者は依頼を受けざるを得ない。第一、己の力量を過信しやすい物騒な連中である冒険者など、餌にはうってつけだ。

 しかもアンジーの言う通り、一人や二人でのこのこ戻ってきたならば再び捕らえられる。あらゆる方向性から生贄を集められるシステムは脅威の一言に尽きる。

 だが、止める手段がないわけではない。根幹が依頼ならば、それは止められる。


「……つまり、案内所の活動を一時的に止めれば、被害は減るってこと?」


 即ち、案内所での依頼に関わる活動――冒険者の働きを一度全て止めるのだ。


「ゼロにはならないけど、カルト集団の動きは阻害できるね。問題は冒険者の街、ギルディアでそんな話が通用するかどうか、だ」


 勿論、はいそうですかとはすまいだろう。フォンの言う通り、ギルディアは冒険者と彼らをサポートする人々の仕事で成り立っているのだから、首を縦に振ると思えない。

 だが、事態は危険な域に達してもいる。相談してみる価値もある。


「やってみないことには分からないわ。さっさと戻って、話すだけ話してみましょ」

「その方が良さそうだね。自警団の作業を手伝って、なるべく早めに戻ろう」


 一同は頷き、自警団が未だ作業を続ける小屋へと向かうことにした。

 内部の清掃や死体の処理を手伝い終えれば、きっと昼を過ぎているだろうが、彼らに全てを任せきるのは忍びないと思ったのだ。

 事件解決に向けて一歩踏み込むのは、もう少し後になりそうだ。

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