第37話 再会と忍者

 

 フォンと仲間達が案内所で依頼を受注し、騒動についての話を一通り共有できた頃には、既に太陽が真上に昇っていた。

 案内所を出た三人は、万屋に備品を買いに向かうがてら、依頼内容について話す。


「今回の依頼は『テナガオーク五匹の討伐』、か……しょぼくはないけど大型案件でもない、まあまあって感じの依頼だね。たまにはこういうのもアリかな」


「ごめん、クロエ。僕が忍者を追っている間に、目を付けてた依頼が他のパーティに受注されてたなんて……先にそれだけでも済ませておけばよかったね」


「気にしないで、今日の依頼はどれも報酬額で言えば横並びみたいなもんだから!」


 依頼に関しては、基本的に受注は早いもの勝ちである。朝方に冒険者が案内所に集まっているのは、朝食をとる為だけでなく、条件の良い依頼を探す意味合いもあるのだ。

 しょげ返るフォンを慰めつつ、クロエは話を流すように、話題を変えた。


「で、問題はフォンが出会った忍者だね。カレンだっけ?」


「火を操る忍者。サーシャ、火、嫌い。何でも燃やす、一族皆嫌う」


 火炎に嫌な思い出でもあるのか、顔を顰めるサーシャの隣で、フォンは朝に出会った忍者のことを思い出していた。猫のような身のこなしの忍者、カレンのことだ。


「そう、カレン。この世界には確かに僕以外の忍者はいないはずだけど、彼女は忍者を名乗り、正義の味方として人を殺しかけてた。真っ当な修行を受けていたなら、以ての外だと教わるはずなのに、どうしてだろう?」


 仮にフォンが忍者の中でも堅物に分類されるとしても、カレンの態度や思考は、とても忍者として寛容できるものではない。


「フォンみたいに、自分が最後の忍者だって、あっちも思い込んでるのかも。それで、掟なんて知ったこっちゃないって感じで、悪党をやっつけてるとか?」


「いや、明らかに掟自体を知らない様子だった。まるで独学で、忍者の修行を――」


 小さなため息と共に、フォンが物事の確信に近づきかけた、その時だった。


「――見つけたでござるよ、フォン!」


 つい最近聞いた覚えのある、キンキン耳に響く声が目の前から聞こえてきた。

 まさか、とフォンが思った通りである。彼らの前には、藍色のシャツとスカート、ぶかぶかの茶色いコートと大きな胸を風に靡かせて仁王立ちするカレンがいた。

 周囲の人々が、奇人を見る目で距離を置いてもちっとも動じない彼女の姿を目の当たりにして、カレンもサーシャも、大まかに彼女が何者であるかを悟ったようだ。


「……あれが、カレン?」


「そうだね、あれがカレンだ」


 そんな三人のちょっぴり冷たい目線など構わず、カレンはフォンを指差す。


「悪党を守った悪の忍者め……ややっ、しかも今度は仲間まで引き連れて!」


 しかも、今度は両隣にいる二人までも敵として狙いを定めたようである。自警団がいつ来るやもしれないほどの大声で叫びながら、カレンは爪を嘶かせ、臨戦態勢を取った。


「かくなる上は纏めて成敗してやるでござる! さあ、観念するがいいでござる!」


 反対にフォンは、随分と落ち着いた様子だ。彼は武器も拳も構えず、冷静に聞いた。


「悪の忍者、か。『物事の善悪を安易に定めるべからず』、忍者の掟だよ。特に大事な掟だ。今朝も言ったけど、まさか忍者なのに覚えてないはずはないね?」


 フォンからすれば簡単なクエスチョンは、カレンの体をたちまち強張らせて、彼女の表情に陰りを見せた。明らかに彼の質問の答えを知っていないので、どうすれば誤魔化せるかを考えている顔色だ。つまりは、僅かばかりの青色だ。

 爪を閉じ、目を泳がせてから、カレンは見え見えの嘘をつくことに決めたようだ。


「うっ……も、勿論知っているでござる!」


「掟を知ってるんだね? じゃあ、忍者の掟、其の三百十二を言ってみてくれるかな?」


「…………ええい、悪党の問答に付き合う必要などないでござる!」


 そして、一瞬で嘘すらも放棄し、強硬手段に出た。

 よもやここまで短気だとは思わなかったのか、今度はフォンが少しばかり焦る番だ。黙らせて事情を聞き出すつもりだったが、忍者を名乗る者がここまで怒りっぽいとは。

 人通りが多く、こちらを見ている人もいるが、仕方ない。

 忍者を拘束して無力化するべく、フォンはパーカーの裾に仕込んだ苦無をそっと手に取ろうとしたが、それよりも先にクロエが口を開いた。


「あー、ちょっと待って。要するに、フォンが悪い忍者じゃないって証拠があればいいんだよね?」


 フォンの前に出たクロエを見て、カレンは目を細める。


「む、お主は何者でござるか、名を名乗れ!」


「あたしはクロエ、こっちはサーシャ。フォンと一緒にパーティを組んで、冒険者稼業をしてるんだ。で、どうかな? 納得する?」


 悪漢を守った悪の忍者。だが、そうでないと分かれば、カレンの考えも変わるだろう。


「……どうやって証明するつもりでござるか?」


 少なくともクロエはそう思っていたし、カレンが訝しげにでも聞いて来れば、もう彼女の思惑は半分達成したのも同然だ。説得よりももっと簡単な手段を、彼女は知っている。


「明日、あたし達と一緒に魔物の討伐についてきて。そこで見せてあげる。フォンが悪者どころか、魔物すら殺さない、優しい忍者だってところを」


 いつものフォン――温和な彼を見せるだけという、簡単な手段を。

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