第35話 忍者と忍者


(掟を知らない? 忍者なのに、何故?)


 フォンの読みは、当たりつつあった。彼女は、忍者の掟を知らない可能性がある。

 勿論、忍者の里で修行を受けたのならば、四百七十三の掟、全てを暗唱できて当たり前である。寧ろ、これくらいできなければ、普通の修行など受けさせてもらえない。百歩譲って聞いたことのない名前は、偽名などで納得できるが、こちらはそうはいかない。

 掟を覚えていない、というよりそもそも掟の存在すら知らない忍者など、到底有り得ないはず。カレンのおかしな様子にも困惑させられるフォンだが、ここは動じてはならないと、努めて平静に、カレンに聞き返した。


「……三代目フォンだ。それでカレン、彼らにどうして暴力を?」


「決まっているでござるよ、そ奴らがいたいけな子供を殴りつけていたからでござる!」


 どうやら、こちらの情報と状況に関しては、フォンの推察が正しいらしい。

 偶然子供達がぶつかったのが暴漢で、さらりと流せば自分達の権威に関わると思ったのか、頬をはたくか、つついてやったのだろう。そこにこれまた偶然カレンが通りかかり、悪党に裁きを下そうとしたのだ。


「……彼女の言ってることは、正しいのかな?」


 念の為、フォンが少しだけ振り向いて悪漢に問うと、彼らは火傷の痕を痛そうに擦りながら、半ば涙目で喚き散らした。


「ぶ、ぶつかってきたからつい、カチンと来たんだよ! 俺達はそれなりに名が通ってるんだ、ナメられるわけにはいかねえから小突いてやったら、あいつが……!」


 やはり、とフォンが頷くより先に、カレンが叫ぶ。


「ほれ見たことか、こいつらは自分で自分を暴漢と認めたでござる!」


 蒼い髪を逆立たせ、黄色の目をこれでもかと開いた様は、まるで猫のようだ。

 これが子を守る親猫ならば良いだろうが、今回は正義感に燃えた忍者で、勝手が違う。しかも彼女は、指を開いた手を翳し、今にも人を殺そうとする始末。


「悪党に容赦の必要なし、情けも無用、あるのは死のみ! 拙者は忍者として正義を貫き、目に映る悪党を皆殺して名を広める責務があるでござる! それこそが先代カレンの望み、拙者の忍者としての道でござる!」


 おまけに、正義感が強い。いや、これでは強すぎる。


(明らかに忍者らしくない。忍者の真似事のつもりか?)


 少女に向き直ってフォンの中の違和感が大きくなるにつれて、周囲のひそひそ話のボリュームも大きくなる。忍者である彼の耳には、会話の内容が、嫌が応にも入ってくる。


「忍者って?」「さあ、何のこったか……」


 忍者の名が広まるのは仕方ないとしても、忍者の力が広まるのは絶対に良くない。


(周りもざわつき始めてる。とにかく、早々にこの場を治めないと)


 カレンの正体を突き止めたい感情を押し殺し、フォンは暴走する魔物を諫めるかの如く、静かな口調でカレンに言った。


「はっきり言っておく、君の正義は自分本位だ。確かに子供への暴力は良くないけど、応報として殺すというのは、どう考えてもやり過ぎだよ。これ以上の攻撃はよすんだ」


「悪党の肩を持つつもりでござるか!」


「違う。僕は、忍者はいつでも中立だ。そして、君の忍術の使い方は褒められない」


「何をぉ!? 拙者の火遁の術の腕前を侮辱するとは!」


 忍術に関してはことさら自信があるのか、カレンは八重歯が見えるほど口を大きく開き、噛みつき殺しかねないばかりに吼える。それこそ、子供達が怯えるほどに。

 本末転倒の仕草に気付いていないのかと呆れつつ、フォンは話を続ける。


「いや、粗削りだけど腕は確かだと思う。問題なのは、忍術を見せびらかす態度だ。忍の技は曲芸じゃない、ましてや周囲を巻き込みかねない術を使うなんて、言語道断だよ」


「説教など聞くつもりはないでござる! さっさと正義の執行を……!?」


 カレンは痺れを切らして襲いかかろうとしたが、手遅れだった。

 彼女の視線の先にいるのは、とっくにフォンだけだった。悪漢達は、フォンの話にカレンが夢中になっている間に、すたこらさっさと逃げてしまったようだ。


「……奴らが逃げる時間を稼いだのか、お主……!」


「さてね。忍者なら、彼らが逃げていること自体、気付いて当然だろう?」


「ぐぬぬ……」


 進退窮まる姿を見せるカレン。あと一押しだと思ったフォンは微笑む。


「人が集まってきてる。これ以上無為に争えば無関係な群衆にも被害が及ぶ。倒すべき相手は逃げてしまったし、ここは爪を収めてくれないか?」


 周囲の視線に気づいただけでなく、こうとまで言われれば、流石の正義の味方も、忍者同士の戦いを続けるわけにもいかないと悟ってくれたようだ。


「……拙者の正義を邪魔だてしたこと、後悔するでござるよ! 御免っ!」


 捨て台詞を残したカレンは、どこからか取り出した山ほどの葉っぱを辺り一面にばら撒いた。フォンや群衆達の視界が少しばかり遮られ、目をもう一度開いた時には、もうカレンの姿はどこにもなかった。


(忍法・木遁『木の葉隠れ』……忍者には間違いない。けど、腑に落ちないな)


 木の葉で目を晦ましている内に、屋根などに飛び移る忍法だ。

 彼女がどこに行ったのかと慌てる人々や子供達の中で、フォンだけが近くの家屋の屋根に視線を向けながら、騒めきに囚われず思案に耽った。

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