林間学校
11話 奥多摩へ
「林間学校とな」
タヌキの朱月丸が、草むらから顔をあげた。
社殿前庭で草を食みながら天沢家の状勢を語るのが、近ごろの食事どきの過ごし方である。ちなみに銀月丸はオオカミだが、長年の草食生活が身について、いまではすっかり雑食だ。
「なんぞそれ」
「学校行事じゃて。日帰りで奥多摩のほうに行くんじゃと」
と、サルの庚月丸は器用にりんごの皮を包丁で剥いていく。その皮の先端をウサギの白月丸が食みながら「奥多摩か」とつぶやく。
「ええっと、月なんとか鍾乳洞っていうとった」
「なに。
と、いきおいあまって白月丸はりんごの皮を吐き出した。
しかしちょうどその部分を見損ねたタヌキ。
いい加減に草の味に飽きたか、吐き出されたものとも知らずに皮を口にいれる。しかし食べかけであることに気がつくと、ふたたびペッと吐き捨てた。
「知っとるん、白月丸」
「まあ──のう銀月丸」
「ああ」
ひと欠片のりんごを食べてうなずく。
はあ、と朱月丸はぐったりと横たわった。
「ええのう水緒さま、林間学校たのしそうじゃ」
「明日か……まーた変なことに使役龍を使わねばいいが。あんまり安直に使うとるといつかだれかにバレてしまうぞ」
と危機感をおぼえる銀月丸。
「バレたらバレたで口止めすりゃあええんじゃ。大龍さまがなんとかするじゃろ」
庚月丸は呑気にいって、三個のりんごをようやく剥きおえた。
すでに二個半分は三匹の腹に納まってしまったようで、残りは一個の半分しかない。しかしここで怒らないのが庚月丸の美点だ。彼は四匹のだれよりも温厚な性格なのである。
「そういうもんか。それより大龍さまはいずこへ」
「天界八部衆の寄合。ぶつくさ文句をこぼしながら向かわれよったぞ」
かかか、と白月丸はわらった。
そんなこんな話をしているうちに、日はすっかり高く昇っていた。たったいま二時間ほどかけて朝飯を食べていたというのに、もう昼飯の時間である。
「昼飯じゃあ」
「アホか」
朱月丸は昼飯用の草むらにむかおうとするも、銀月丸がその首をくわえて社殿に連行した。白月丸と庚月丸もそれぞれ人に化け、食後の片づけをはじめる。
「のう」白月丸が箒で草むらを履きながらつぶやいた。「庚月丸」
「どうした」
「……月原鍾乳洞、それがしついてゆこうかと思う」
「なに」
くるりとまん丸な目を大きく見開いて、庚月丸は包丁やりんごの屑を拾うためかがめた腰をふたたび起こす。
「大龍さまが寄合から戻ってこられたら、話してみる。……おそらくは行けと言われるじゃろうけど。んで、それがしが悩んどるのはな」
「ついてゆくって、どうやって」
「そうそれ。それをなぁ、考えとってなー」
「保護者が学校行事についてゆくと嫌われる、とご近所の井戸端会議で聞いたことがあるぞ」
「そうよな、やっぱりウサギかなあ」
「そんなことしたら、水緒さまが学校行事にペットを持ってく子というレッテルを貼られるではないか。却下却下!」
いやに現代社会に溶けこんだ助言だ。
結果的に、白月丸はけっきょくただの旅行者として、水緒とは別行動でついていくと決めた。
夕方五時ごろ。
社殿にもどった大龍へその旨を話すと、
「月原鍾乳洞」
とひと言つぶやき、彼はうっそりと微笑んだ。
案の定反対することはなく、もうひとり眷属を連れていけというので、白月丸は庚月丸を指名した。
「ふたりだけでズルい」
それがしも行きたい、とわめく朱月丸は見ていてかわいそうだったが、大龍が「土産を買ってきてもらえ」とフォローをいれるやすっかり機嫌を直した。なんだかんだみな末っ子の朱月丸には甘い。
では、と銀月丸は白月丸を見据える。
「水緒さまをたのむぞ、ふたりとも」
「うむ。ここの留守はまかせた」
「朱、土産はなにがいい?」
「奥多摩じゃろ。蒸しまんじゅうかな」
明日の天気予報はもちろん、雨である。
※
「また、雨!」
曇天に覆われた空に睨みをきかせ、水緒はハネる髪の毛と格闘していた。それを見た銀月丸が「恵みの雨ですぞ」とたしなめる。
今日は朝から、銀月丸と庚月丸が上で採れたというキャベツを持ってきた。そのまま水緒を見送るため離れにいるのだ。ちなみに美波は朝風呂である。
「わかってるよ。雨は好きだよ、だけど今日はただでさえ山奥に行くから冷えるっていうのに」
「おや、寒いのは得意ではござらんか」
「あたしがよくてもみんなは寒いでしょ。あたしのせいで、可哀そうじゃない!」
「おおっ。ご学友のことを思って心を痛めとるとはこれもまた一善」
「ん~、よしっ」
ようやく髪型が整ったようだ。
水緒はせわしなく家のなかを動きまわり、忘れ物有無のチェックをする。財布を確認したとき、水緒はあっと顔をあげた。
「朱へのお土産、なにがいいかなぁ。おまんじゅうかなやっぱ」
「あいやそれは、それがしが調達いた」
という庚月丸の頬をぐいと引っ張って、銀月丸は凛々しい顔にわずかな笑みを浮かべた。
「水緒さまがお金を使うことはござらん。前々から朱月丸には、菓子を控えろと申しておりましたよって。お気になさらず」
「そ? 分かった。おかあさーん行ってきまーす!」
風呂に入る母に声をかけ、眷属のふたりに手を振って、水緒はようやく出発した。
銀月丸はなごやかに
「お気をつけてー」
と声をかける。が、庚月丸はつねられた頬を抑えながら涙目で銀月丸を睨みつけた。
「こら銀、ただでさえ赤ら顔のそれがしなのに、もっと赤くなるではないか」
「お前が余計な口を叩くからじゃろが」
「いやはやそうじゃった。さあて、白月丸と男ふたり。さすらいの旅としゃれこむか」
「ぞっとせんな」
「やかましい!」
集合場所は学校校門前。
水緒がたどりついた頃には、すでに他クラスも含めて生徒たちがごった返していた。どうやら担任が点呼をとっているらしい。
ちょうど石橋英二が担任に声をかけたところだった。
「出席番号二番の石橋英二」
「石橋くん、と。それじゃあB組のバスに乗ってね」
「はい──ぐわッ」
とバスに顔を向けた英二を突き飛ばすように、水緒が担任の前に突進してきた。
「センセ、センセーッ。あたしも来ました! 出席番号一番、天沢水緒!」
「あらおはよう、天沢さん。朝から元気なのはいいことね。それじゃあ天沢さんもバスに乗っちゃって」
「はーい!」
「天沢──」英二は腰をおさえてつぶやく。「おまえもうちょっと淑やかに来られねえのかよ」
「おはよう石橋くん」
「話噛み合わねえし」
バスのなかはガラガラだ。
名簿を見たかぎりでは、B組の生徒はかなり登校していたようだが──と水緒が乗り込むと、うしろの石橋英二がバスの外に引きずり下ろされた。
「ぬあっ」
「石橋くん、いっしょにうしろ座ろうよ!」
「てゆーかライン教えて」
「ほらほら」
B組の女子たちが、こぞって英二を捕獲しに来たのだ。なるほど英二の入待ちだったか。
まるで砂糖にむらがる蟻だわ──と、水緒は戦々恐々な面もちで、しずかに前の方の席に腰を下ろした。
石橋英二争奪戦の最中、ほかの男子や色恋に興味のなさそうな女子がパラパラとバスに乗り込んでいく。
すると、となりに小柄な女子生徒が腰を下ろした。
「水緒ちゃん。となりいい?」
「もちろん! 古舘さん──だよね」
「
「よろしくぅ」
水緒はにっこりとわらった。
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