第121話 新魔王城 五階 行き止まり

◆新魔王城 五階の通路


 勇者ルンは六階への出入り口を求めて通路を歩いている。龍と鬼の生体パーツから作られた不気味な甲冑を着込んだ姿は勇者というよりもむしろ魔物のようだ。


「ねえ、この辺なんだよね」

 独り言のように話すルン。


『そう…… だ……』

 ルンに吸収されてしまった銀血のネクロウスが答える。


 しかしルンがたどりついた広間には何もない。

「入口ないんだけど。どうやって上がるの」

『上からの…… 指令がなければ…… 開かない……』


「開けるように言ってよ」

『誰が…… 貴様の言うことなど…… ぐがああああぁっ!』


 ネクロウスの意識が苦痛に歪む。

 単なる痛みではない、魂を浸蝕され引き裂かれて己をすり潰される存在消失の苦痛だ。


「言う気になった?」

『もう、絶対に、貴様には、した、が、わ、ぐぎぃっ!!』

「まだ?」

『がはあっ……』 

 浸蝕され過ぎたのか、ネクロウスの意識が途絶える。


「あ~あ、やりすぎちゃった」

 ルンの独り言が広間に響く。


「そうだ、ここで待ってればいいんじゃないかな。ヴァールが来れば寂しくないし遊べるし、仲間と一緒なら上に行く方法も見つかるよ」

 そう言った途端、ルンの全身を無数の針で突き刺したかのような激痛が襲う。次はルンが苛まされる番だった。


<大魔王を見つけよ。ヴァールは敵であり不要>

 アトポシスからの声が響く。


 肉体の苦痛はまだいい。魂を力づくで砕かれてルンの自我は失われていく。

 ルンの唇から血がこぼれて点々と落ちていき、やがて床に大きな血だまりができた。

 

「そうだね、大魔王を見つけなきゃ」

 死んだような目でルンは見上げる。


 ルンが手を掲げて天井に力を向けようとしたときだった。

 天井に割れ目が生じて、黒い箱のような形状の物体が滑らかに降りてくる。

 物体の扉がするりと開く。中には階段があり、そこから少年が出てくる。サース五世枢機卿だった。儀礼的な枢機卿の衣装をまとい、腰には細身の剣を提げている。


「あれ、サースだ」

 無感情にルンはつぶやく。


「ルンよ、何をしに来た」

 サースも無表情に問う。その態度には殺気が満ちている。


「何、何だっけ…… そう、大魔王を見つける」

「見つけてどうする」


 ルンは首を傾げた。

「成り代わる」


 サースは意外な回答に目を剥いた。

「勇者が大魔王になろうと言うのか!」


 ルンは指先で大陸の地図を描いてみせて、機械的な悦明を始める。

「そこ、ここの魔族を殲滅してきたが、効率が悪い。大きな魔力を回収するどころか、弱い魔力の連中が逃げて散らばっていくばかり。しかし、ここには、とても強い魔力の持ち主たちが集まっている。大魔王を倒すためにだ。であれば、我が大魔王になって皆を返り討ちにしていくのが効率的」


 ルンではない何者かが話しているかのような声音だった。

 サースは刺すような目でルンを見つめる。

「大魔王エリカはどうする」

「喰らう」

「奴は死んでも転生してくるぞ」

「邪魔であれば封印する」

 それを聞いたサースの目が光る。


「魔王ヴァールは?」

「……ヴァール…… ヴァール? 来たら、あ、あそぶ…… た、た、か、う……」


 ルンを前に、サースはしばし考える様子だった。

「魔王にとって最も危険な存在はエイダだ。最悪の力を持つ敵なのに、魔王は心を許してしまっている。エイダが封印されれば、少なくとも危険要素は大きく減少する」


 サースは階段へと踵を返した。

「ついてこい。大魔王に会わせてやる」



 それからしばらくの後、五階を歩き回るヴァール一行の姿があった。

 ヴァールを先頭に、龍姫ジュラ、龍人ズメイ、鬼王バオウだ。

 久々の再会に積もる話もあろうかと、巫女イスカや忍者クスミたちは遠慮して少し後をついてきている。


 もっぱら話しているのはジュラだった。

 ズメイと腕を絡めながら、母アウランの思い出話を皆にせがんでいる。


 バオウが見た目によらずかわいらしい小声で語る。

「アウランは気性がさっぱりしていて、強いのにおごらないから鬼魔族にも人気だったの。でも、すぐ手が出るから喧嘩も多くて、あの時は二人で酒場に行ったら熊魔族たちに絡まれて、相手は二十人もいたかな。怒ったアウランが火を噴いたからもう困っちゃって」


 ジュラは目を輝かせて、

「それでどうしたの?」

「酒場は全壊、熊は黒焦げ、ヴァールちゃんから大目玉よ」


 そこでヴァールが口を挟む。

「酒場を壊したのはバオウであろうが」

「だって…… 熊が悪いし」

 ジュラが笑い、一行もつられて笑う。


 しばらく一行は警戒しながら五階をうろつきまわり、敵や罠が存在しないことは確認した。もともとこの階は倉庫や近衛部隊の詰所だ。警備は近衛部隊の役割であり、そのために置かれていた鬼魔族部隊は四階に出動した後、操術から解放されて戦いを止めている。


 別行動していたビルダが向かってきた。

「五階の魔力統御結晶も掌握したのダ。これで倉庫の温度設定や施錠も自由自在なのダ」


「でかしたのじゃ。六階への出入口はどこなのじゃ?」

「ないのダ」

「ない?」

「この階には六階への階段が設置されてないのダ。必要な時だけ六階から降ろされる仕組みだナ」

「にゃんじゃと!?」


 そんな馬鹿なという顔のヴァールに対して、バオウは納得顔になる。

「私、ずっと思ってたの。お話に出てくる迷宮の主は親切すぎるって。いくら罠や魔物を置いているからって、わざわざ自分がいる場所までたどりつけるように迷宮を作るだなんて変じゃない。階段なんて置かなければいいのよ」

「それはそうじゃが、余は六階に行かねばならぬのじゃぞ」


 クスミが寄ってきて、

「魔法で天井を壊せばいいと思うのです」


 ヴァールは天井を仰いだ。黒く滑らかな物質で作られている。

「この城や迷宮は魔法を吸収する半物質で作られておる。魔法で攻撃すれば一時的には傷つけられても魔力吸収で自動修復されてしまうのじゃ」


 クスミはしばし考えて、

「だったら、四階の天井を壊したみたいに魔王様の剣で壊せばいいです!」


 ヴァールは頭を振った。

「あの剣は迷宮と同じ材質なのじゃ。ゆえに貫いてもすぐに融合してしまう」

「魔法も剣もだめ、難しいです……」


 ビルダの案内で、一行は広間にたどり着いた。

「ここに階段が降りてくる仕組みなのダ」

「ううむ、今のエイダが降ろしてくれる訳もなし、どうしたらいいのじゃ」


 アウランが見上げて、

「お姉ちゃんが全力を出せば壊せるんじゃないの」

「陛下が全力を出せば、城がまとめて全部壊れるでしょうな」

 冷静にズメイが答える。

「お兄ちゃんのいけず!」

 アウランがむくれる。


 そのとき広間に映像が浮かび上がった。

 普段の探検服を着たエイダと、生体甲冑をまとったルン、そして枢機卿の正装姿をしたサース五世。三人の姿が投影されている。


 声も聞こえてくる。

「え、もう来ちゃったんですか? 時間稼ぎは失敗?」

「へえ、この子が大魔王なんだ? 本当に?」

「本当だ。そして勇者でもある。さあ、どちらが本物として生き残るのか決めるがいい」

「ちょっと、サースさん、裏切ったんですね!」


 映像を凝視しているヴァールの顔がみるみる蒼ざめていく。恐れていた最悪の事態だった。

 天井を吹き飛ばそうかと本気で考えかけて、そんなことをすれば皆が吹き飛ぶことを思い出す。


 投影映像の中ではいよいよ戦闘が始まろうとしている。

 ヴァールは歯を食いしばった。

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