第88話 王命

 町の上空には宰相ダンベルク率いる近衛騎士たち。彼らは魔動甲冑で飛行能力と魔法攻撃能力を得ており、強大な膂力と鉄壁の防御力まで合わせ持つ。

 そして彼らの熱線攻撃を食い止めているヴァール。


 男爵城の庭にいるのは、ヴァリア市からやってきた冒険者たちに聖騎士団、四天王にレイライン、そして事態に困惑している男爵たちと王軍の兵士。

 城内に隠れたのか、ネクロウスやジュラ、バオウらは見当たらない。エイダの姿も。


 王軍の兵士たちは訳が分からなくなっていた。

 突然現れた宰相にディスロ将軍は処刑されてしまったのはまだ理解できる。敗戦の責任を取らされたのだろう。

 しかし近衛騎士たちは得体の知れない化け物じみた装備で空を舞い、あろうことか味方の町を焼き討ちし始めている。

 このままだと自分たちまで焼かれてしまいそうだ。

 そんな自分たちの前に、死んだはずのレイライン王と、彼ら王軍にとっては敵であるはずのヴァリア勢が現れた。


 そのレイライン王は空の化け物甲冑たちに立ち向かっている。

 空から降り注ぐ熱線を大型の盾で受け止めながら、レイラインは王軍の兵士たちに呼びかけてくる。

「兵士たちよ、俺は帰ってきた!」


 レイラインの声に兵士たちはざわめく。

「国王は暗殺されたはずだ」

「偽王じゃないのか」

「いや、あんな派手派手しい服を着ても格好いいだなんて、あのレイライン王以外にありえないだろ」

「本物か!」

「だったらどうして敵のヴァリア共と一緒なのだ」

「おい、魔法板を見てみろよ! 情報封鎖が解除されて普通に読めるぞ!」


 兵士たちは魔法板の掲示板を読み始める。

 彼らの顔はみるみる蒼ざめていく。

「宰相がレイライン王を暗殺未遂!?」

「ヴァリア市に亡命して再起を図ってきた?」

「だったらヴァリアを攻めようとしていた俺たちの方が逆賊なのか?」

「一体全体どうすればいいんだ!?」


 レイラインの呼びかけが続く。

「兵士たちよ、君たちが守るべきものはなんだ!」

「国……?」

 兵士たちはつぶやく。


 レイラインが一際大きな声を上げる。

「君たちは民を守るための剣だ!」

「お…… おお……」


「王はそのために戦い、兵士はそのために続く!」

「おおお……」


「倒すべき敵はなんだ! 民を傷つけるものだ! 今、目の前で我らの民をを焼こうとしているものたちがいる!」

「おおおお……」


「今こそ立ち上がれ、勇敢なる兵士諸君よ! 我に続け! 民を守れ!」

「おおおおおお!!!!」

 レイラインの激に兵士たちは一丸となった。

 

 上空からの攻撃を盾で防ぎながら、レイラインは命じる。

「民を城内に導くぞ、地下道から脱出できる」

「御意!」


 レイラインが使っている盾は単なる物理防御用ではない。対龍戦闘用の魔道具であり、アンチブレスの魔法が発動することで上空の熱線から広く周囲を守っている。

 冒険者たちや聖騎士団も同様の盾を装備していた。

 イスカたち森魔族が鋳造し、ズメイが魔法言語をプログラムした特製品だ。


「レアアイテムをばらまいちゃいましたけど、やってよかったですわ~」

 降り注ぐ熱線に冷や汗をかきながら巫女服姿のイスカが言う。

 防御の隙間を抜いた熱線攻撃で火傷した者たちをイスカは魔法治療している。


「ジュラ姫を抑えるために用意したのですが…… 思わぬ計算違いですな」

 執事服の下を包帯でぐるぐる巻きにされているズメイがため息をつく。

 まだ身体が十分に接合していないズメイは杖をついている。


「予備を渡してくるです」

 忍者クスミが予備の対龍用盾を兵士に配り始める。

 無論、全員には行きわたらないが一つだけでも広範囲をカバーできる。

 盾を装備した兵士たちはレイラインの指示で町に展開していく。



「なんということです、空から一方的に蹂躙するのが面白いというのに!」

 宰相ダンベルクは怒りのあまり太い眉を逆立てていた。

 上空からの必殺熱線攻撃が、ヴァリアから来た連中の盾で阻まれている。

 その盾が王軍の兵士にも渡されて、彼らは町の守りにちょこまかと動き回っている。

「いいでしょう、この魔動甲冑は肉弾戦においても最強無敵、鬼魔族五頭分の力を見せて差し上げますよ」



 聖教団寺院のジリオラと老神官ルーデンスは、激しい戦闘の有様に避難しあぐねていた。自分たちだけならともかく、幼い子供たちを連れている。それに安全そうな逃げ先も見当たらない。


「助けに来たよ、ジリオラ!」

 全身甲冑の女重剣士グリエラが寺院に駆けつける。

「姉貴!」

 見習い神官のジリオラが目を輝かせる。


「ルーデンスさん、ジリオラ、城まで逃げるよ。あそこから避難できる」

「グリエラ殿、かたじけない」

 老神官はグリエラを拝まんばかりだ。


「さあ、みんな、気を付けて行くからね」

「はあい!」

 ジリオラは子どもたちを先導し始める。

 歩きながら彼女は空を見上げ、そこで立ち向かっているヴァールに感謝と無事の祈りを捧げる。



 飛行していた近衛騎士たちは次々と地上に降り立った。

 ヴァリア勢を取り囲む。


 レイラインは近衛騎士をにらみつけた。

「王と共にあって国を守るべき近衛の精鋭が、宰相の言いなりに国を焼くのか。恥を知らないのか!」


 近衛騎士たちは吐き捨てるように答える。

「王など過去の遺物。我らはダンベルク皇帝の元で、ウルスラ再統一の偉業を成し遂げるのです」


 レイラインは彼らに哀れみを向ける。

「近衛騎士を選抜したのは宰相だったな。そろいもそろって貧しい野望、愚かな誇大妄想。つけを払う時が来たようだな」


 近衛騎士たちは鋼鉄の拳を構える。

「……もはや語ことはないでしょう」


 魔動甲冑を装備した近衛騎士たちはレイラインの二回りも大きい姿だ。

 その四肢には鬼魔族以上の力が備わっている。

 さらに龍の首はブレス攻撃だけでなく噛みつきも得意としている。


 近衛騎士の一人が前に出て、砲丸のような重い鉄の拳でレイラインに殴りかかる。

 レイラインが掲げた大型の盾すら薄っぺらい板にしか見えない。

 直撃で閃光が奔る。

 盾は激しい音を立て、レイラインの両足はこらえきれずに地面を削って後ずさる。

 だが、盾は耐えていた。盾に当たった瞬間、拳は弾かれたのだ。


「この痺れは!?」

 近衛騎士は弾かれた拳をだらりと下げてしまっている。


「備えあれば患いなし、この盾は対龍魔族、そして対鬼魔族の盾よ。感謝するぞヴァリアの民。そして」


 近衛騎士の片翼がぼとりと落ちた。

 切り口からは銀色の血が噴出する。


「御留流、陰奔り」

 レイラインが見えない刀を振ると、銀色の血が刀身から滴り落ちる。


「よくも! 一斉にかかるぞ!」

 近衛騎士たちがレイラインに殺到しようとする。


「国王を守るんだ!」

 王軍の兵士たちがレイラインの前に並んで盾を連ねる。

 集団戦闘が始まった。

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