第86話 転生

 宰相が男爵城に到着する時点にまで時をさかのぼる。


◆男爵城 敷地内工場


 エイダは男爵とボーボーノに命じて、外からの騒音を調べに行かせた。

 あと少しで銀血による支配の仕組みが分かりそうなのに、こううるさくては集中の邪魔なのだ。


 エイダは魔道具の顕微鏡を覗き込む。

「ーー微小な銀色の粒子が集まって銀の血みたいに見えているんですね。この粒子ひとつひとつが生きてて。でも少しずつ死に続けていて、その時に支配の力が生じてるの?」


 エイダは立ち上がってぐるぐる歩き回る。

「ええっと、死ぬとどうなるのかな? 魂と肉体が分離する? 肉体である粒子は分解しちゃうけど、魂はどこに? ああっ、もしかして!」


 エイダは両手を打った。工場内に乾いた音が響く。

「方法は掴みました! 死んだ粒子から分かれた魂が、支配先の肉体に移るんですね! 輪廻転生みたいに! どうしてもう別の魂と結ばれている身体に転生できるのか原理は分からないけど、無理やり上書きするから意識を奪っちゃう?」


 工場に入ってくる者がいる。

 エイダは自分の考えに夢中になっていて気が付かない。


「おい! --おい、話を聞け!」

「え?」

 エイダはようやく目の前の少年から呼びかけられていることに気付いた。

 聖騎士団の正装を着ている少年がいらだった顔でエイダを見上げている。


 エイダはきょとんとした。

「あれれ? サース五世! ……枢機卿猊下がどうしてここに? もしかして研究費を返せっておっしゃるんですか? すみません、まだ研究の途中で今はまだ返せないんです。全部ヴァール様の服に使っちゃったし、でも来月には」


 慌てるエイダに、ふてくされた様子でサース五世が、

「そういう話をしに来たのではない。だが何度召喚しても王都に帰ってこないのはどういうことだ。絶対にすぐ戻って来いと命令しただろう」

「その、ほら、研究を完了させてこいとおっしゃったじゃないですか。まだまだ途中で」


 サース五世の目がぎらりと光った。

「魔王の封印解除はとうに成功しているだろう」

「え、えっ! なんのことですか」

 エイダの目が泳ぐ。


「お前の研究任務はそこまでだと固く命令していたはずだがな。そのまま残れば極めて危険な事態になるとあんなに口酸っぱく言っただろうが!」

「でも、確かにちょっと死んだり誘拐されたりしてますけど大丈夫ですよ、そんなに危険じゃないです」


 サース五世は呆れかえる。

「危険なのはお前ではない。魔王だ」

「あ、あれですか、魔王様は聖騎士団の宿敵ってされてきたんですよね? 本当に大丈夫です、あんなにお優しくて人との和平をお望みの方ですよ、もう、たまらなくかわいらしくて」

 エイダが遠い目をして魔王の魅力を語り始める。


 サース五世は怒鳴る。

「そうではない、お前が魔王に危険を及ぼすのだ!」

「……え?」

 エイダが停止する。


 そのとき、暗い工場内に人影が入ってきた。

 黒いローブの男、魔導師ネクロウスだ。

「……面白そうな話をしておられますね」

 ネクロウスは工場内の実験環境を見回す。

「……単なる側近かとばかり思っておりましたが、ずいぶんと詳しく調べている様子……」


 サース五世はネクロウスの前に立ちはだかる。

「久しいな、三百年ぶりか、ネクロウス」

「……? なんですか、この子どもは。あなたなど存じません」


「これでもかね」

 サース五世の姿がみるみる変化して、忍者装束の老人になる。

 エイダはぽかんとして、ネクロウスはしばし沈黙する。


「……野垂れ死んだものとばかり。サスケ」

「それはこちらのセリフだ。ネクロウス」


 またしばらく沈黙の後、サスケが口を開く。

「魔王陛下に逆らうとはどういうつもりだ」

「すべては我が愛しき君のためです。あなたこそ先ほどの格好は魔族の敵、聖騎士団ではないですか」


 にわかに殺気が高まる。

「聖騎士団は魔王陛下を封印から解放するための情報網だ。わしが聖教団にもぐりこんで組織したのだ。人を操り、封印につながりそうな各地の魔法を調べ、危険な勇者をあらかじめ確保し、障害は排除する。そのために魔族が死んだとてやむを得ぬ」

「私とて同じ。我が操術で力を支配し、愛しき君の敵である人間を滅ぼす」


「どうしてバオウを支配した」

「バオウは人間との戦争を良しとしませんでしたのでね。覚悟が足りないのです」

「うむ」


 二人の間の殺気が多少収まる。

「どうやら、我々の考えは近しいようです」

「だが、次の手はどう打つつもりだ」

「しれたこと、最大の邪魔者を遂に呼び寄せたのですよ」

「奴か。協力してやろう、こちらにとっても邪魔な存在だ。ただし条件がある」


 ネクロウスは鼻白んだ様子で、

「頼んでもいないのに条件とは。聞くだけは聞きましょう」

「この娘をわしに管理させろ」


 ここまでネクロウスとサスケの話に聞き入っていたエイダは、

「あの、魔王国の歴史はいろいろ調べたんですけど、もしかして四天王ネクロウスさんと四天王サスケさん本人なんですか? すごい! サース五世猊下が伝説の忍者サスケさん!? 目の前で歴史の秘密が明かされるなんて! そうそう、古文書ではどうしてもわからないことがあって教えてください、勇者って結局どうなったんですか、それから」


 ネクロウスはエイダの言葉を無視して、

「先ほど宰相から人質を連れてこいと言われたのですよ」

「わしが行けばよかろう」

 サスケはまたみるみる変化して、エイダと瓜二つの姿になった。


「忍者の変化術、すごいです!」

 エイダは自分そっくりな姿のサスケをあちこち眺めまわしてから、

「あたしの代わりに人質をやってもらえるんですか! だったらこの眼鏡を使ってください」

 断りなくエイダは自分の眼鏡とサスケの変化術で生成した眼鏡を入れ替える。

「これ、撮像具なんです。見ているところが撮像されますから、とっておきっぽいシーンを見てきてもらえますか。できるだけ悪そうなところが欲しいです。でも魔王様が来たら返してくださいね、あたしが撮像します」


「……お前が魔王陛下に会うことはまかりならぬ。お前は陛下に害をなす」

 サスケからそう言われて、エイダは不満に頬を膨らませる。


「こう見えて、あたしはずいぶん魔王様の役に立ってきたんですよ。研究報告では省略してましたけど」

「お前が近づけば魔王陛下を滅ぼすことになるのだ!」

「えええ?」


 ネクロウスが口を挟む。

「……ずいぶんと気にするのですね。しょせん人間ですよ」


 サスケは大きなため息をついてから、

「このエイダはな。ここからはるか遠いアズマの生まれだ。それが魔王伝説のためにわざわざウルスラまで留学して、わしに訴えて研究費を分捕り、独りで北辺を調べたあげく、この三百年で誰にも不可能だった封印解除を成し遂げた。まともではない」

「まあ、私ほどではないですが人間にしては異常ですね」


「そんなに褒められると困っちゃうなあ」

 エイダは頬を赤く染める。


 エイダの言葉をサスケは無視して、

「エイダは特別な運命で陛下とつながっている。だからわしはあえて任を命じた。だが、もうこれ以上近づいてはならぬ。後に待つのは滅びの運命だぞ。かつて勇者エリカ・ルーンフォースが現れたとき、わしら忍者は奴を調べて魔力波長を記録した。このエイダはな、奴とまったく同じ魔力波長なのだ」


「えええ~っ!」

 エイダが叫ぶ。

「それはすごい偶然ですね! だったら先代の勇者について知りたかったらあたしを調べれば魔力を知ることができちゃうんですか! でも、あたしの魔力ってそんな大した事ないですよ。エリカ・ルーンフォースは最強の魔法使いだったんですよね?」


 ネクロウスの緊張が高まる。

「ただちに完全滅殺すべきではありませんか」

 サスケは陰鬱に答える。

「次の転生先を把握できるとは限らん。手の内にある今は千載一遇の好機なのだ。陛下にとって最悪の敵を覚醒させずに管理できるのだぞ」

「……私の力で支配するのは?」

「下手に刺激して覚醒したらどうする」

「……なるほど、しかしあなたにただ渡すのも危険です。共同管理すべきでしょう」

「うむ」


 エイダは首を傾げて、

「あのお、あたしほど魔王様の味方はいませんよ? だって伴侶だし! てへ」


「「お前こそが魔王陛下の天敵、陛下の友情を裏切り魔王国を滅ぼした張本人、エリカ・ルーンフォース、その転生体だ!」」

 サスケとネクロウスの声がかぶった。

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