第66話 古代墓所

 ヴァリア市の地下に埋もれていた、かつての魔王国首都。

 男爵が鬼魔族を操り暴かせたその地で、墓所への扉が破壊されているのを冒険者たちが発見。

 内部の状況を確認するためにヴァールら一行は扉を抜けて、地下の墓所へと降りていく。


 階段はらせん状になっていて、深い地下の墓所内部へと通じている。

 暗く静かで、ただ足音が響く。

 ところどころにはめ込まれた魔石がうすぼんやりとした光を放っている。

 空気は澱んでいてかび臭い。


 壁には四角い空間が開けられていて、無数の棺が整然と並んでいる。

 降りていくにつれて、棺は少しずつ大きいサイズになっていく。

 過去の魔族は今よりも背が高かったようだ。


 聖騎士指揮官ハインツは複雑な表情だ。部下は入口の見張りに置いてきた。

「男爵は魔族の聖域に何の用があるのか……」


 ハインツは魔族との争いに明け暮れる人生を歩んできた。

 人と魔族の融和を図るヴァールの考えに今は賛同しているが、魔族の聖域である墓所を守るために行動するのは奇妙な感慨だった。

 魔族と敵対してきた自分が聖域に入るなど、果たして許されるもののだろうか。


 エイダと北ウルスラ国王レイラインがよく分からない理由で口喧嘩する様をハインツは眺める。よく国王相手に対等な口がきけるものだとハインツは半ば呆れ半ば感心する。


 エイダは不満一杯に頬を膨らませている。

「ヴァール様のことを全然知らないくせに婚姻だとか厚かましいです!」


 レイラインは悠然として、

「俺は彼女の人となりを見て決めたのだ。冒険者ギルドを従えているだけでなく、ヴァリアのギルドを全て手中に収めている。聖騎士団までもが彼女を仰いでいるではないか。彼女こそはヴァリアの実質的な王。俺の相手にふさわしい」


「利用したいだけじゃないですか!」

「王と王が力を合わせて国を治める。正しいことだ」

「そういう問題じゃないです!」

 

「この辺りは荒らされていないようじゃが……」

 ヴァールのつぶやきにエイダは口論を止める。

 

 ヴァールは厳しい表情を浮かべている。

 その内心には激しい怒りが渦巻いているようだ。

 杖を持つ手に力が入って白くなっている。


 こういう表情もいいとエイダは思いつつ、さすがに撮像具を使うのは自重する。

 ご先祖様のお墓を写されてうれしい訳がない。


 降りるにつれて、壁の空間に並ぶ棺の大きさはさらに増していく。

 遂には棺に収まり切れなくなったのか、棺なしで大きな遺骸が収められるようになった。

 額には角がある。鬼魔族の遺骸なのだろう。


 ハインツはぎょっとする。

 遺骸は腐っておらず白骨化してもいない。

 その身体はまるで鎧だ。金属で覆われている。


 古代の魔族は鋼の身体を持っていたという伝説を聞いたことはあったが、これではまるで金属製の人形だ。

 人と魔族が相いれない歴史を歩んできたことにハインツは納得する。

 古代の魔族はあまりに異質すぎる。


 降りるにつれてハインツの確信は強くなっていく。

 降りるほどに遺骸が人からかけ離れていくからだ。


 四本腕の者、翼を持つ者、人と馬が合わさったような姿の者。

 人間の数倍はある巨体。

 もはや野生の魔物と区別が付かない。

 葬られているからには知性を持つ種族なのだろうが。



 エイダは並ぶ遺骸を研究したくてたまらない。

 そんな気持ちが顔に出ないよう、懸命に押さえ込む。

 ご先祖を解剖してみたいなんて知れたら ヴァール様からきっと嫌われてしまう。


 エイダが興味深いのは、世代による変化の激しさだった。

 わずかな世代の差で遺骸のサイズや身体形状が大きく異なる。

 古い遺骸ほど金属の身体がより無骨になっていき、まるで魔道具の塊みたいだ。


 今の魔族が定着するまでに魔族は激しい変異を繰り返してきたのだろうとエイダは推測する。


 ズメイは無言で皆の後ろをついてくる。

 エイダは彼の表情が読めない。

 老いた龍人である彼には珍しくもない光景なのだろうか。

 ジュラと会った時には動揺する彼を見れたけど、いろいろ事情があるようで聞きづらい。



 階段を降り続けて、とうとう底にまで着いた。

 そこの扉も壊されていた。

 扉の先には広大な地下空間が広がっている。


 一行は荘厳な空間に入った。

 平らな床は金属製のようだ。中央が一段高くなっていて通路を示している。

 通路の両脇には数十メルもある怪異な金属像が並んでいた。


 八本足の蜘蛛を思わせる像。

 四本足に二本腕で顔無しの像。

 龍面人身に蝙蝠のような翼を広げた像。

 足の代わりに無数の車輪を並べ、その車輪がつながった板に覆われている奇妙な像。

 ひとつとて同じものはない。


「魔神を崇める像なんでしょうか」

 エイダが疑問をつぶやく。


「いや、ご先祖様がたじゃ」


 ヴァールの返答にエイダは目を疑った。

 像と思ったものも遺骸だったのだ。

 金属を組み合わせて作った像にしか見えないのに。


 巨大な遺骸の群れに囲まれているのだと知ってエイダは身震いする。


 通路の先には鈍く輝く金属製の建物が築かれている。

 太い柱が立ち並ぶ神殿めいた開放的な作りだ。


「霊廟じゃ。余は…… ここで生まれたらしいのじゃ」

 突然なヴァールの言葉にエイダは目を見開く。


「ここで、ご家族が暮らしていたんですか?」

「誰もおらぬ…… 赤子の余がここでひとり泣いておったそうじゃ。巫女が見つけてくれてな」


 ヴァールの孤独な横顔にエイダは胸を締め付けられる。


「余は墓所に捨てられておったのじゃ。不吉であろ」

「そんなことないです!」


 ヴァールはレイラインに目を向けて、

「汝と婚姻するつもりなどないが、一族と一族を結ぶ婚姻を申し込まれたからには我が一族を明かさねばならぬ。ここにおわすのが魔族のご先祖、この地が余の生まれた場所じゃ。人からは遠くかけ離れておる」


「嬉しいぞ、ヴァール」

 レイラインが言う。


 ヴァールはぽかんとする。

「な、なにがじゃ」


「婚姻を本気で考えてくれていたのだな。よし、ヴァールの歴史はここから始まったのだろう。ここで婚姻しようではないか! 二人の歴史を今ここで始めるぞ!」


 レイラインは凛々しい顔でヴァールに迫る。


「ヴァール様は婚姻するつもりなんてないとおっしゃったでしょう!」

 エイダは両腕を開いてレイラインの前に立ちふさがり、猫みたいにしゃあっと威嚇する。


 レイラインはため息をついてみせた。

「俺にほれない女はいない。あれはただの照れ隠しだ」

「あたしはほれていません! だからその前提は間違っています! ゆえにヴァール様のお気持ちは言葉どおりです! 証明は以上!」


 二人が言い争っている間に、ヴァール、ズメイ、ハインツは霊廟へと進む。


 今のやり取りを聞いていたハインツもヴァールの生まれを気にしてはいない。

 もとより、その行動を尊敬したからこそまだ幼い彼女を勇者に推薦したのだ。

 この場所に捨てられていたからといって何ほどのことがあろう。

 むしろさすが勇者、特別な運命の元にあると感銘を受けている。


「霊廟は魂の故郷である星の底に通じておる特別な聖域なのじゃ…… むむっ!?」


 霊廟の奥に井戸のような場所がある。

 直径十メルほどの大きな穴を塞いでいたであろう蓋が破壊されて周囲に散乱している。


「霊廟に手を出すとは!」

 ヴァールは激昂して駆けだす。


「絶対に許せぬのじゃ!」

 顔を真っ赤にしたヴァールが穴を覗き込もうとした時だった。


「いけません!」

 ズメイが横からヴァールを突き飛ばす。


 穴から現れた巨大なハンマーがズメイを薙ぎ払った。

 ズメイの肉体がへしゃげ、つぶれ、千切れ飛ぶ。

 あたり一面にズメイが転がり散らばる。

 赤い血が床に広がる。


「ご…… ぶ…… じで……」

 ズメイの口がかすかに動く。


 穴からはのっそりと鋼色の巨身が姿を現した。

 無表情にヴァールを見降ろす。

 その手には血塗れのハンマーが握られている。

 鬼魔族の王にしてかつての四天王、鬼王バオウだ。


「ズメイ!」

 ズメイの首に駆け寄ろうとするヴァールをハインツが後ろから羽交い締めにして、バオウから遠ざかるように引きずる。


「ヴァール殿、下がってください!」

「早く、早く蘇生させねば!」


 一瞬のことだったが、戦いなれたハインツは即判断していた。

 ズメイはもうだめだ。今は一旦下がって立て直すのが先決。


 エイダとレイラインが駆け寄ってこようとするのもハインツは手で制する。


「ズメイ!!」

 叫び進もうとするヴァールをハインツは抱きかかえた。

 向かい合ってバオウから後ずさる。


 バオウは心を感じさせない空っぽな目をヴァールに向けた。

 ヴァールへと歩み始める。

 遅い動きに見えても巨体だ、後ずさるハインツにみるみる迫る。


 その時、霊廟に甲高い笑い声が響き渡った。

「どれほど魔力が強くあろうともしょせんは多細胞生命体。高めた物理力で殴れば破壊できる、か弱い存在にすぎないのです!」


「誰じゃ、どこにおる!」

「誰? どこ? 我はそういった存在を超越したのですよ。愛しのヴァール」


「その言い方、まさか、ネクロウス」

「覚えていただいていたとは光栄の極みです! そう、我はあなたの四天王!」


「四天王?」

 後退中のハインツが困惑する。


「古文書で読んだことがあります。魔王国四天王の一人、死者を操る魔導師、冥王ネクロウス!」

 エイダが叫ぶ。


「さあ、待ちに待ったあなたの血をいただきましょう」

 声が響き渡る。


 バオウはハンマーを振り上げる。

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