第50話 反逆

◆地上 ダンジョン入り口の祠


 ヴァールとクスミは地下六階から地上までテレポーターを使って一息に戻ってきた。


 周囲の様子にクスミは目を剥く。

 ぐるりと兵士に祠を囲まれて、封鎖されてしまっている。


 兵士たちの兜や鎧は錆びて貧相だが、彼らが立てている槍は確かな殺傷力を持つ。

 旗手が掲げているのはゴッドワルド辺境男爵の旗だ。


 兵士たちに混じって、とげとげしい鎧兜の小男がいた。尊大に顎を上げて、ぎょろぎょろした目でヴァールをにらみつけてくる。


 小男は甲高い声を上げた。

「貴様がギルドマスターのヴァールとやらですね! ちびの分際で魔王の名を使うとはまったくふざけてますな!」


 クスミが怒って、

「無礼です! そういうお前は何者なのです!」


 小男は唇の上に生やしたちょび髭をくるりと撫でてから、

「聞いて驚きなさい、自分はゴッドワルド辺境伯爵の片腕、その名も高い雷将軍、ボーボーノ・ザーザーノでありますよ!」


 ボーボーノ・ザーザーノと名乗った小男は、槍の石突を地面に打ち付けた。

 槍の穂先から稲光が走る。


 自分に酔ったような口ぶりでボーボーノは話し続ける。

「この魔槍、神雷こそは天下の名槍。一撃で百人を倒すのですよ、ひひひっ」


「魔なのか神なのかいい加減すぎるのじゃ」

 そうつぶやきながら、ヴァールとクスミはボーボーノの横を抜けようとする。


「神雷は魔道具にして槍なのですよ、槍の達人にして魔法の天災であるこの魔法戦士に相応しい逸品…… ちょ、ちょっとお待ちなさい!」

 自慢に忙しかったボーボーノはようやくヴァールたちが包囲を抜けて去ろうとしていることに気付いた。


「これを見なさい!」

 ボーボーノは兵士に命じて両手で紙を掲げさせ、ヴァールたちに見せつける。


「これこそは北辺大森林がゴッドワルド男爵閣下の領地であることの証、東ウルスラ王国宰相のお墨付きなのですよ!」


 ヴァールは思わず吹き出した。

「数百年も放っておいて、街ができたらすぐ領地かや。その証があったらどうというのじゃ」


 ボーボーノは口角を上げて、

「この地は大魔王やら魔王やらが暴れて危険極まりないですね。だから我らゴッドワルド兵団が守って差し上げます。そのために街の収益から四割を税としていただきましょう」


 ヴァールは爆笑した。

 笑いが止まらずお腹を押さえて、

「聞いたかや、今の、魔王が暴れるから金を寄こせじゃと、いったい魔王相手に何をしてくれるのじゃろな」


「面白過ぎますです!」

 クスミも笑う。


 ボーボーノは怒りで顔を赤くした。

「自分を笑うのは男爵閣下を笑うのと同じなのですよ! ええい、反逆罪です、逮捕なさい!」


 兵士たちが槍を構えてヴァールに迫る。


 そこにクスミが割り込んだ。

 手に持ったクナイで兵士たちに斬り込む。

 あまりにも素早いクナイさばきはあたかも光の線が走ったかのよう。


 クスミが斬り抜けた後、兵士たちの槍は残さず穂先を斬り落とされていた。

 兵士たちは唖然。


 クスミがクナイを掲げて、

「次に落ちるのはあんたたちの首なのです」

 言うや、兵士たちは命あっての物種だと使い物にならなくなった槍を捨てて逃げ出した。


「むきいいっ! この自分を守りなさい! 命令ですよ!」

 ボーボーノは地団駄踏むが戻ってくる兵士はいない。


「ま、待ちなさい! 逃げたらお仕置きでありますよ!」

 兵士たちを追ってボーボーノも逃げ出した。


「こんな小物のためにお呼びたてして申し訳なかったのです」

 クスミが謝る。


 ヴァールは鼻を鳴らした。

「いや…… まだ油断はできぬようじゃぞ。この匂い、大通りからなのじゃ」


 獣のような匂いが大通りから流れてくる。

 大通りに進むと匂いが強くなっていく。


「猪と熊を合わせたよりも臭いのです」

 クスミは顔をしかめた。


 鼻と口を手で覆って耐えながら、匂いの方へとヴァールとクスミは近づいていく。


 ギルド会館の前に人だかりができていた。

 兵士たちだ。


 ギルド会館の入口が大きく壊れている。

 まるで大きな獣が無理やり押し入ったかのように。


「嫌な予感がするのじゃ」

 ヴァールは兵士をかき分けてギルド会館の中に入る。


 獣の匂いが充満している。

 酒場の客たちはすでに逃げ出した後のようだが、二階からはまだ人の気配を感じる。


 そこにいたのは一階の天井よりも背が高いなにか。

 ぼさぼさの長髪が全身を覆っていて姿はよく分からない。

 とにかく匂いがひどい。

 低く唸り続けている。


 その隣には銀色のマスクをつけた細身の男。

 いかにも高級そうな背広に身を固め、手の指には余さずぎっしりと宝石付きの指輪。

 短いステッキを気障に構えている。


 男は恰好をつけてステッキを振り回しながら言った。

「これはこれは、噂のギルドマスター、いや勇者とお呼びした方がよろしいのかな? 私は大魔道男爵、ゴッドワルド。以後お見知りおきを」


 ヴァールは困惑してクスミに尋ねる。

「余が知っておる男爵とは王国の貴族でも下っ端じゃったが、今はかっこつけて名乗るような立場に成り上がったのかや?」

「いいえ、今も昔も下っ端貴族なのです」


「聞こえておりますぞ」

 ゴッドワルドは穏やかにかっこつけた声音で言うが、むかつきを隠しきれていない。


 そこに先ほどのボーボーノが転がり込んでくる。

「男爵閣下! こやつら反逆を企んでおりますぞ!」

「ええい、男爵ではなく大魔道男爵だと何度言えばわかるのだ!」

 ゴッドワルドはステッキでボーボーノを打擲する。


「お、お許しを~!」

 ボーボーノは這いつくばる。


 ゴッドワルドは改めてヴァールに目をやる。

「さあて、ギルドマスターよ。法に基づいてこの地は私、大魔道男爵の管轄に入ったのだ。そうだな、君には私の冒険者ギルドで受付係を任せてあげてもいいぞ。そこにひれ伏してみせればな、ふはははは!」


 ゴッドワルドは哄笑する。


 ヴァールも笑い出した。

「何もしておらぬくせに紙切れ一枚で領主面かや。ちゃんちゃらおかしいのじゃ」


 ゴッドワルドの目がマスクの奥でぎらりと光る。

「このゴッドワルド、魔道にかけては空前絶後。後で反省しても遅いのだぞ」


 ゴッドワルドはマスクに手をやりながら、隣で突っ立っている巨体に命じた。

「やれ、獣鬼。ここを放り投げてやれ」


 ゴッドワルドのマスクが唸り、共鳴するかのように巨体が吠える。


 獣鬼と呼ばれた巨体は片手でギルド会館の柱を掴んだ。

 もう片手でもつかむ。

 さらに長髪がぞわぞわと伸びて他の柱もつかんでいく。


 獣鬼は小枝を持ち上げるかのように軽く柱を持ち上げた。

 全ての柱が一斉に持ち上がり、壁が引きちぎられ断裂していく。

 凄まじい音だ。

 ばらばらと破片が降り注ぐ。


「まさかなのです!」

 クスミはヴァールの前に立って守りながら目を剥く。


 獣鬼はギルド会館を引きちぎるように中から持ち上げていた。

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