第49話 ジュラ姫

 地下六階の大水浴場。

 広大な砂浜と海を再現したそこに多数の龍が現れた。


 召喚したのは東海龍王国の姫であるジュラ。

 魔法の力に鼻高々だ。


 龍たちは風を巻きながら海上の空を悠々と遊弋する。

 風は海に高い波を起こして、次々に砂浜を襲わせる。


 吹き荒れる暴風の音、龍たちの咆哮、それにも増してうるさいのがジュラの叫びだった。

「どうだあ、仮身多重召喚、勇者、たまげたかあ!」


「魔法陣を発現せずに、魔道具も使うことなく、複数同時に龍の仮身を召喚。たいした技術じゃ。あの遊んでばかりのジュラがよう覚えたものじゃ」


「さあ、降伏しろお! ヴァールお姉ちゃんを返せ!」

 ジュラの叫びと合わせて龍たちも咆哮を轟かせる。空気が重く震え、海の家は揺れて壊れそうだ。


「やれやれ、そこつなところはまるで成長しておらんようじゃな……」

 ヴァールはため息をついてから、

「ジュラよ、目をつぶるのじゃ!」


「え、なんで?」

「いいから目をつぶるのじゃ!」


 勢いに呑まれてジュラは目をつぶる。

 そこにヴァールが優しい声で語りかける。


「ーー東海龍王ケイン・アルテム・トワテヴが一子、ジュラン・トワテヴ姫よ。余こそはヴァール魔王国が王、ヴァール・アルテム・リヴィールである」


「お姉ちゃん!」

 ジュラは目を見開く。


「あれ、お姉ちゃんがいない? ねえ、ちんちくりん、お姉ちゃんは?」

「いいからもうちょっと目をつぶっておれ」


 ジュラは不思議そうに目をつぶる。


「ジュラよ、汝はなぜこの地を訪れたのじゃ」

「お姉ちゃんが復活したって大陸中で大評判だよ。でも今までだってそんな噂ばっかりだったから信じてなかったんだけど、勇者ルンが向かったっていうし、これは本当かなって。でもパパは勇者に近づいちゃ危ないっていうから、東ウルスラを攻めてあげたのね」


「まさか汝は勝手に人間を攻めたのかや!? 戦争じゃぞ!」

 ヴァールは呆れかえる。


「うん。案の定、勇者は東に動いたからその隙に来ちゃった。頭いいでしょ! 来てみたらズメイお爺ちゃんも見つかるし、大当たりだよ!」


「汝らは昔からそうであったな…… すぐ武力に訴える。和平の場にこぎつけるまでどれほど苦労したことやら」


「武力がなきゃ、人間からやっつけられちゃうよ! お姉ちゃんだって人間を信じたばっかりに封印されちゃったじゃない!」

 ジュラがまた目を開く。


「あっ、お姉ちゃんはどこ!? ねえ、ちんちくりん、お姉ちゃんを隠さないでよ!」

 ジュラはヴァールの肩を掴んで揺さぶる。


「ええい、ちんちくりんちんちくりんと、汝も三百年たったのに幼いままではないかや。どうなっておるのじゃ」


「仕方ないんだもん、龍になったら大きいもん!」

 ジュラはむくれ顔になる。


「図体ばかり大きくなってものう。心も幼いままのようじゃが」


「いいもんいいもん! パパもズメイもみんな同じことばっかり! だって仕方ないのに!」

 痛いところをつかれたのかジュラは怒り出した。


「龍の力で! やっつけてやればいいんだもん!」

 ジュラは飛び上がって金龍に変化しようとする。

 だが、そこでジュラのお腹が鳴った。


 途中で力が抜けたジュラはほんの数メルしかない小さな金龍に変化した。

 ジュラは自身を眺めて愕然とした様子になる。

 

「あれ、あれれ、あれれれ…… うわあああん!」

 ジュラは泣きながら海に飛んでいき、海中へと飛び込んで姿を消した。

 それに伴って、空を遊弋していた龍たちも亜空間の穴を通り帰っていく。


 あれほど騒がしかった大水浴場が静かになった。

 寄せては返す波の音が響く。


 ヴァールは砂浜に立って海を眺め、ため息をつき、振り向かずに言う。

「ズメイよ、ジュラには困ったものじゃのう」


「御意……」

 大きな籠を提げたズメイが後ろから姿を現す。

 籠の中からは様々な食べ物の香りがする。


「汝もかや」

 ヴァールは苦笑する。


「海の家に在庫が切れているようでしたので」

 ズメイは表情を変えずに言う。


「汝は東海龍王国におったのじゃな。当ててみせようぞ、ジュラに仮身多重召喚を教えたのは汝であろ」

「御意」

「魔法陣は多重処理向きじゃが制御が難しく、魔法言語は制御しやすいが多重処理に向かぬ。そこで龍の魔力器官である角に目を付けたのじゃな」


 ズメイは少し驚きの表情を見せた。


「角の表面は無数の魔力放射素子に覆われておる。そこで魔力放射素子をそれぞれ魔法言語で制御して同時に多重の仮身召喚を行っておるとみたのじゃ」

「この理論構築には数十年を要したのですが…… 一目でお気付きとはさすが陛下でございます」


「しかしジュラには過ぎた力ではないかや? 汝は遠いこの地に離れておったし、召喚しておる龍はただの仮身、写しに過ぎぬ。あれほどの力を与えておいて、汝も部下も誰もジュラの面倒を見ておらぬではないかや」


「ははっ…… 全ては我が責。しかし一つわかっていただきたいのでございます。姫は誰も傷つけてはおられぬのです」


「うむ……」


「あのことさえなければ…… いえ、もはや申しますまい」

 ズメイは食べ物の入った籠を海の家に置いて、引き返していく。


 海に逃げ込んだジュラは当分出てきそうにない。

 ヴァールも肩をすくめていったん大水浴場を離れることにした。


 大水浴場の扉を出てから魔法の封印をかけ直す。

 通路を引き返そうとするヴァールの前に、忍者クスミが駆け寄ってきた。


「ヴァール様、緊急の報告なのです!」

「申すがよい」

「北ウルスラ王国の使者と名乗る連中が現れて、このヴァリア市は違法なので彼らの管理に置くと言っています! 逮捕していいでしょうか」


「うむむ、次から次に。逮捕してはならぬ。余が話をすることにしようぞ」

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