第15話 レベル1

 魔王は小さな背を張った。

 ズメイへと進む。


「ズメイよ、余が相手じゃ」


 ズメイは不思議そうな表情を浮かべた。

「かくの如き弱小なる者が我に挑むと?」


 ズメイは鑑定スキルを発動する。

「レベルは…… たったの1ではありませんか! 冗談にもほどがあるというものです」


「そういう汝はレベル100かや。もはや頭打ち、成長しないということじゃな」


 魔王は笏を掲げた。

「成長する余を見せてくれよう。行くぞよ!」


 笏から木の根が伸びる。

 その反動で魔王は跳ぶ。


 笏から鋭い枝が伸びてズメイに迫る。

 ズメイは鞭をしならせて枝を掃う。


 魔王は木の根を伸ばしながらズメイの周辺を跳びかい、枝でズメイを狙う。


「かような攻撃など!」

 ズメイの鞭が枝を寄せ付けない。


 魔王が地面に降り立つ。

 肩で息をしている。


「……どうじゃ」

「この程度でございますか。退屈の極み、そろそろ終わらせると致しましょう」

 がっかりした様子で足を踏み出したズメイが、足を上げたまま止まった。


「む……?」

 ズメイの足を無数の根が巻いている。

 根は這いあがり、ズメイの全身をたちまちぐるぐる巻きにした。


「むむ…… 床に根を張り巡らせるために動き回っていたと…… 枝は囮、面白いではないですか」


 魔王は叫ぶ。

「皆の者、今じゃ!」


 動けなくなったズメイに冒険者や聖騎士たちが殺到する。

 ズメイの四方八方から剣や槍を突き刺す。


「ほほう…… がんばりましたね……」

「まだ生きてやがるぞ!」


 神官アンジェラが言う。

「属性を変えられるったって限度があるでしょ。いろんな属性でまとめて攻撃すればいいんじゃないかしら」


 魔法使いたちは杖を掲げて焔や風、氷などの様々な属性で一斉攻撃をかけた。

 ズメイは燃え、凍り、風に巻かれる。


「やったかや?」


 ズメイを巻いていた根がばらばらと落ちてちらばる。

 剣や槍が刺さっていた場所からは血が一滴も出ておらず、金属色に輝いている。

 そこに剣や槍が吸い込まれていく。


 焔が焼いたはずの場所は赤く輝き、凍り付かせたはずの場所は青白く光っている。

 

「我が一度に一つの属性しかとれないとお考えであれば、それは間違っております」

 ズメイが淡々と述べる。


「まずいぞよ!」

 杖を掲げてズメイに迫る魔王。

 そこにズメイが鞭を振るう。

 瞬時に鞭が魔王をぐるぐる巻きになる。


「今度はあなた様が動けない番。手も足も出ない有様とはこのこと。さて次の手は如何に?」


 魔王は不敵に笑った。

「実を言えば余は…… 背が五ミル伸びたのじゃ」


 ズメイは困惑する。

「それがどうしたというのです」


「余が渇望していた背丈、供物として捧げようぞ!」


 魔王の上に魔法陣が生じる。風の魔法陣だ。切り裂くような風がズメイへと吹く。


「そのような魔法など」

 ズメイからも風が生じて相殺する。


 魔王の周辺に焔の魔法陣が生じる。焔がズメイへと走り、しかし焔の魔法が相殺する。


 魔王は告げる。

「魔法陣のいいところはじゃな、魔力さえ注げばいくらでも重ね掛けできるところじゃ!」


 闇の魔法陣が生じる。

 氷の魔法陣が生じる。

 光の魔法陣が生じる。

 土の、金の、真銀の、鉄の、鉛の、銅の、あらゆる金属の魔法陣が生じる。


 重なり続ける魔法陣がズメイを取り囲んでいく。


「な、なんですと!?」

 ズメイは対応しきれない。


 重力の、雷の、磁力の、電子の、陽子の魔法陣が生じる。

 さらにあらゆる力の魔法陣が生まれていく。

 ズメイを半球状に取り囲んだ無数の魔法陣から無数の力があふれる。


 ズメイは属性を合わせられず、身体が崩壊し始める。


「まさか、このような力……! 勇者……? いや、滅ぼされたはずの」


「今です!」

「おう!」

「やるぞ!」

 皆が声を合わせ、残った武器や魔法でズメイに一斉攻撃をかける。


 属性を合わせられなくなったズメイは攻撃を無効化できない。

 体を焼かれ、切られ、凍らされる。


 ズメイは高らかに笑った。

天晴あっぱれ! 来た甲斐があったというものです! 蘇りし魔王に栄光あれ!」


 ズメイの全身から魔力が噴出し、ひび割れ、砕けていく。


「いかん、下がるのじゃ!」

 皆はズメイから急いで離れる。


 ズメイは爆裂した。

 破片が部屋中に飛び散る。


いてっ!」

 ぶつかってきた破片を拾ったダンが、なにげなく破片を拾い、驚きの声を上げた。

「こりゃ、ダイヤモンドじゃないか!」


 別の者はまた違う声を上げる。

「サファイアだ」

「黄金だぜ」

「真銀ですわ」


 部屋にいた冒険者たち全員に行き渡るだけの宝だ。

 それぞれが手に入れた宝に満足げである。


 ズメイが倒されたことで地下四階への階段が出現している。

 しかし破片を拾い集めるのに忙しくてそれどころではなさそうだ。


 イスカは怪我人への治療魔法を始めている。

 エイダの傷も深くはなかったようだ。

 魔王はほっとする。


 魔王は黒い鱗を一枚拾っていた。

「これは…… 龍の鱗かや」



◆魔王城 大広間


 魔王、エイダ、イスカ、クスミがテーブルを囲んでいる。


 魔王は黒い鱗を手に持って眺めつつ、

「強い魔物を配置するのはもっと慎重にせねばならぬ。地下四階は罠と謎解きで冒険者に挑戦しようと思うのじゃが」


「いいと思います! でも謎解きは誰が作るんですか。あたしは苦手です……」

「誰か得意なものはおらぬか?」

「あたしには無理ですわ~」


 クスミは無言で目をそらしている。


 その時、魔王が持っている黒い鱗から声がした。


「謎解きは我の好みでございます」


 鱗は魔王の手から飛び出し、くるくる回りながら膨らむや、人の形を取った。

 龍の顔、人の身体、龍人ズメイである。


 ズメイは恭しく魔王に礼をする。

「魔王陛下、どうぞ我にお任せを」

「なんじゃ、お前、敗れて元の異界に還ったのではなかったのかや!」


 魔王は呆れ、エイダ、イスカ、クスミは顔を引きつらせている。


「魔王陛下が御復活なされていたとはめでたい限り。面白いことがこれからどれほど起きることやら。ぜひお仕えさせていただきたく存じます」

「しかしのう……」


「魔王陛下は我との戦いに背丈を捧げておられましたな」

「五ミル伸びていたのが魔力の消耗で元に戻ったのじゃ……」


 ズメイは口角を上げた。


「我は知恵深き龍人。背を伸ばす食物に詳しゅうございます」

「なんじゃと!」

「それだけではござりません。胸を大きくする運動も」

「仕えることを許す! 早くその方法を教えるがよいぞ!」


 魔王は目を輝かせている。


 エイダとイスカは顔を合わせて、そんなに都合の良い食物や運動なんてあるわけないと目と目で語り合う。


 こうして魔王城に新たな住人、ズメイが加わったのだった。

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