第4話『お返しのホットチョコ』

 今のっぺらぼうの芙美ふみは、天にも昇ってしまうくらい幸せだった。


 些細なきっかけで、手を差し伸べてくれた人間の男。


 顔と声が好みだった。最初はそれだけ。


 けれど、次第に気になって気になって。


 楽庵らくあんに来たことで『友達』にはなれたのだが、それだけでは芙美には物足りなかった。


 欲が出てしまったのだ。


 人間界や界隈でチョコ巡りをするのが趣味な芙美に、美作みまさか辰也たつやも甘いものが好きだとわかると。遊びに行くついでのようにデートに誘ってしまっていた。


 迷惑がられていないし、誘っても断れなかったから。


 だからあの時も、カップル限定のショコラアソートを買いに行きたいと言うのにも、ついつい誘ってしまったのだ。


 けれど、当日。


 辰也は、店員からの対応に終始苦笑いしていた。それがまさか、照れているとは知らず。


 芙美が勝手に迷惑をかけたと思い、勝手に気まずくしてしまい。


 約半月、会わなかったし、避けてもいた。


 それが、辰也も思っていたとは知らず。


 今日、久しぶりに出会った湖沼こぬま美兎みうに勇気を持とうと言われ。


 その結果、お互いの気持ちのすれ違いとわかり。無事に恋仲になれた。


 凄く、凄く嬉しくて。


 火坑かきょうが祝いだと、色んな料理を振る舞ってくれている最中。


 芙美のわがままで、片手は辰也と手を握っていた。



「ふふ、ふふふ」

「芙美さん、ご機嫌ですね?」

「辰也さんと一緒ですから〜」



 ついつい、お酒もすすんでしまうくらいだった。



「良かった。あ、火坑さん。心の欠片で、この前みたいなチョコって出せます?」

「ええ。では、ホットチョコでも淹れましょうか?」

「お願いします」

「わーい!」



 チョコ好きの芙美にとって、ここのホットチョコは至高の逸品。


 辰也の希望通りに出てきた心の欠片で、火坑はすぐにホットチョコを淹れてくれた。


 ほわほわのホイップクリームもたっぷり。


 界隈にもあるコーヒーチェーン店顔負けのホットチョコは、冬のお楽しみだった。別に、ホットチョコは年中飲めるが、冬のチョコは格別なのである。



「あっま! けど、うっま! へー? 女の子が好きそうなイメージだったけど、イケる」

「大将さんのこれは特別ですから〜」



 まだ情報屋として半人前だった頃。


 火坑も店を出して、少し経った頃。


 たまたまお腹が空いた芙美がここに来て、火坑に頼んで、自分の心の欠片を渡したそれで作ってくれたのが。


 今飲んでいたホットチョコよりももっと簡単なタイプだったが、すっごく美味しかったのだ。だから、年が明けてしばらく経ってから、芙美はここに来るようになった。


 火坑も、来店のたびにチョコをストックしてくれるようになり。以来、それが決まった時期の習慣になったのだ。


 だが、その習慣も終わりになるかもしれない。


 辰也が一緒なら、もうしょっちゅう来るつもりだから。


 ひと口飲むと、冷えた指先がじんわりと痺れるような感覚を得て。甘々トロトロの溶けたチョコが身体全体を温めてくれるようで。


 相変わらず、美味しい。


 特に今日は、辰也の心の欠片で作ったものだから。



「あ、火坑さん? バレンタインの時のマシュマロ? の、トーストも」

「かしこまりました」

「辰也さん?」

「俺からのホワイトデーってことで」



 ああ、人間と言うものは。


 妖よりも、はるかに短い生なのに。その短い時間で奇跡をたくさん生み出していく。


 ついつい、感情が溢れて。


 芙美は、辰也の頬に口づけを贈った。逆隣にいた美兎には『きゃー!』と声を上げさせてしまったが。

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