第2話 のっぺらぼう・芙美

 バレンタイン当日。


 美兎みうは、今日も今日とて仕事が終わったら。にしきにある界隈をくぐって、愛しの猫人が営む小料理屋へと向かう。


 今日はバレンタインだから、先輩の沓木くつきに教わった薔薇のチョコクッキーはもちろん。もうひとつ用意していたのを落とさないようにして、楽庵らくあんに向かうのだ。


 ちなみに、座敷童子で守護の真穂まほは兄の海峰斗みほとと約束して、自宅に招くそうだ。スピード恋愛なのに、ごちそうさまを言いたくなるくらいラブラブである。



「こんばんは〜」



 暖簾をくぐれば、客が帰ったばかりなのか。火坑かきょうがカウンターの食器を片付けていた。



「こんばんは、美兎さん」



 相変わらず、涼しい笑顔で出迎えてくれる。その気遣いだけでも、美兎は嬉しかった。


 席に着いて、熱いおしぼりをもらうと。二月の半ばでもまだまだ寒いと実感出来た。


 先付けと熱いほうじ茶を出してもらってから、美兎は彼にバレンタインプレゼントを渡した。



「ハッピーバレンタイン、です!」

「! これはこれはありがとうございます」



 少し猫目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに目を細めてくれた。中身を落とさないように、カウンターの前にある台の上に置いて出した。



「!?」

「え……っと、先輩に教わって作りました」



 薔薇のクッキーには流石に驚いたのか、目をこれまで以上に丸くさせた。



「美兎さん」

「は、はい?」

「食べずに保管していいですか?」

「た、食べてください!」

「ふふ、冗談ですよ」



 いきなりの発言が冗談にも聞こえなかったが。


 けれど、くすくすと笑いながら火坑はクッキーを台の上に置くともうひとつの包みを開けてくれた。



「!?」

「…………」



 火坑が手に取ったのは、黒のマフラー。シンプルに二目ゴム編みでフリンジなどはない。


 美兎の、手作りだ。


 付き合ってまだ数ヶ月しか経っていないし、重いと思われるかもしれないが。美兎が、彼にそれを贈りたかったのだ。



「……似合いますか?」



 いつのまにか、装着してくれた火坑は。とても、嬉しそうに笑ってくれていた。


 それだけで、美兎は天にも昇ってしまうような気持ちになった。



「はい! とっても!」



 作ってよかったとこぼせば、火坑の目がさらに丸くなった。



「お上手ですね?」

「セーターはあんまりですが……マフラーとかは得意なので」



 高校の頃は家族によく作ってあげたものだ。


 父や母は今でも使ってくれているらしい。



「……大事に使わせていただきます」

「はい!」



 その言葉をもらえただけで、とても嬉しかった美兎に。火坑は、こちら側にやってきて美兎の頬に軽くキスをしたのだった。



「この姿では口はできませんので」

「……してくれないんですか?」

「小さいんですが、牙もあるんですよ?」

「むー……」



 痛いのは嫌だが、興味はあった。


 そう言うと火坑にぽんぽんと頭を撫でられただけ。少し残念に思っていると、後ろの引き戸が開いたのだ。



「こんばんは〜?」



 女性客だ。けれど、雪女の花菜はななとかではなくて初めて聞く女性の声。


 振り返れば、美兎は思わず火坑にしがみついたのだった。



「美兎さん?」

「か、かかかか、顔が!?」



 口も目も鼻も何もない。


 美兎でも知っている、のっぺらぼうと言う妖怪だった。



「あら〜? 人間のお嬢さん? ちょっと待っててくださいね?」



 のっぺらぼうは顔の前でひらひらと手を振れば。唯一ある眉毛から、目、鼻と段々と顔に現れて。


 出来上がったら、カントリーファッションが似合う可愛らしい女性に変化したのだ。年頃は美兎と同じくらいだった。



「おや? 芙美ふみさん」

「お邪魔します〜。そちらのお嬢さんは初めまして」

「は、はじめまして! 湖沼こぬま美兎です! 驚いてすみません!」

「いいのよ〜。ちょっと今日は、大将さんに聞いていただきたいお話があってきたんですー」

「僕に? ですか?」

「多分だけど。ここの常連さんの人間なんですが」

「? 私じゃないんですよね?」

「ええ。殿方で……。かまいたちの気配がある」

「あ」



 もしかして、美作みまさか


 芙美は名前までは知らないけれど、と。とりあえず、美兎の隣に腰掛けたのだった。

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