第6話 心の欠片『ふぐの天丼』
天丼。
名前だけは、風吹も知ってはいたのだが。江戸時代の頃、屋台で売られているような天ぷらを美味しそうには思わなかったのだ。だがそれは、練り物を指す天ぷら。
小麦粉を溶いた衣をつけて、浴びるような油の中で踊るように揚げた天麩羅とはわけが違う。
その時は、たまたま入った店で人肉の匂いを凌駕するほどの暴力的な匂い。
それに感心して、人間達が食べている丼を頼んだら、天丼だったわけである。茶色主体の練り物とは全然違うスケールに圧倒されてしまい。
色とりどりの衣を纏った野菜に魚、時々肉。人間の食べ物は美味いと知っていたが、ここまで美味いものは初めてだと感激したほどだ。
なので、目の前にある猫人が大将をしている
「すげぇ……」
ふぐが、先程食したバターソテーくらい大振りに。同期の
そして、輝く金の衣に甘辛く仕上げた黒のタレが、天麩羅を引き立てている。今すぐ、がっつきたい欲求を掻き立ててくるほどだった。
「うっわ! マジですげ! え、火坑さんこれ一人一杯もいいんですか?」
「ええ。ふぐは終いの時期なので、まだ比較的安価ですし。お野菜などは美作さんにお願いした形ですからね? 遠慮なくどうぞ」
「っしゃ!」
「……い、いただきます!」
もう我慢出来ない。
それまでのふぐ料理もだが、天丼となれば騒ぎたくなってしまう。サクサクの衣はタレを纏っても萎びることはなく。
ふぐは、少しかみごたえがあるが魚特有の柔らかさ。
卵は半熟加減とタレの甘辛さが絶妙で。
野菜は火を通したことで、甘く蕩けるような舌触り。どれもこれもが今まで食べた天丼の中でピカイチだった。
ただ一点。
不思議なカレー風味のかき揚げに出会ったのだ。
「……大将。この緑で薄いかき揚げは?」
「気が付きましたか? グリーンカレーの天麩羅ですよ」
「え」
「カレー!?」
「けど、美味しいです! まろやかで美味しい!」
液体をかき揚げに。まったく、頻繁ではないがこの小料理屋では驚きばかり出会ってしまう。
今朝、介抱してもらった
けれど、ここは
そう思うと、風吹は美味しいと感じていた天丼が少し味気なく感じたのだった。
「不動さん?」
いきなり食べる手を止めたのに気付いてくれたのは。火坑とは恋仲であり、田城とは同期らしい
そんな彼女が、風吹を心配そうに見てきた。
「……いえ。出来れば、田城さんにも食べてもらえたらな……と。けど、彼女はあなたや美作とは違う。普通の、多分
「あ……そうですね」
そう、田城が助けてくれたのは。メカクレでインテリ野郎の『不動侑』。
体調を崩して助けてくれた恩返しもしたいが、それ以上にあの眩しさに憧れてしまった。人間を好きと最初に感じた、かつての自分と同じく。
けれど、風吹は人間どころかかつては屍肉を主食にしていた猫の化け物だ。彼女に相応しくない。
と、こぼしたら美作の方から少し痛いゲンコツを食らわされた。
「馬鹿か!」
「っで……!?」
「たしかに、妖は俺とか湖沼さんとは違うよ? けど、種族が違うだけで。こうして飯とか一緒に食えるだろ? そりゃ、お前の正体が結構怖いのは知ったけど。不動は不動だろ? 俺の同期」
「……美作」
「ほっほ。風吹くん、言われてしまったじゃないか? たしかに、君の所業は妖としては普通じゃ。じゃが、その理由で人間達と交友して良くない理由にはならん」
「……
サンタクロースにまでそう言われてしまうとは。
でも、そうかもしれない。
風吹はあの大戦のせいで、屍肉は二度と食べられ無くなってしまったが。それでも、人間達は這いつくばってでも生きてきた。
その生き様に憧れて、こうして人化して社会に溶け込んでいるのに。
まったく、怖がらせては、と思うだけで尻込んでも意味がないと自覚出来た。
「っつーわけだ。俺と一緒に田城さんにお礼言いに行こうぜ? そっから、付き合うかどうなるかはわかんねーが知り合ういいきっかけになるだろ?」
「……直球的だな」
「なーんにもやらねーよかいいだろ?」
「私も賛成です! 実は、田城さんも不動さんにお会いしたい感じだったんで」
「ほらほら、チャンスだろ?」
田城が風吹に会いたい。
その言葉に、風吹は天に召されるのではと意識が遠のいてしまい。失神して辰也を押し倒したのは、倒れて五分後に知ったのだった。
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