第5話 扱える妖術

 加護を、またひとつもらったらしい。


 美兎みうの身体にそう変化は起きなかったが、滝夜叉姫の五月さつきはそれからスッポンのスープと雑炊を平らげてから。


 来た時と同じく、いきなり去ってしまい、また会おうとだけ言い残して行った。


 何が起きたのかさっぱりだが、楽庵らくあんの店主であり恋人の火坑かきょうは相変わらず涼しい笑顔のままだった。



「ふふ。不思議そうですね?」

「……はい。よくわからなくて」

「あの方からの加護……と言うと。ひょっとしたら、美兎さん。妖術が多少使えるのかもしれませんね??」

「え!?」



 そんなまさか、と思っても火坑はふるふると首を横に振ったのだ。



「いえいえ。人間で妖術を扱えたあの方だからこそですよ? 気にいる人間など米粒の数ほどだけ。その条件をクリアした美兎さんですから……可能性はあります」



 そして、酔い覚まし用にと熱いほうじ茶を出してくれたのだ。



「けど……使ったことがないのに。どうやれば……?」

「そうですね? では、蛍火といきましょうか?」

「ほたるび??」

「蛍の灯りのように、薄緑色の灯りを作る妖術ですね?」



 イメージと呪文を教わり、美兎は試しに妖術とやらを実践してみることにした。



「薄灯り、灯火、揺らぐ蛍……照らせ」



 すると、ひとつだけだが頭上にぽんっと小さな薄緑色の灯りがともった。


 火坑のではない、と分かったのは彼が手を叩いてくれていたから。なので、本当に使えたと美兎も喜びが込み上げてきた。



「お見事です」

「わ……わあ!? すっごいです!! 私にも魔法が!?」



 はしゃいでいたら、いつのまにか彼の手を掴んでしまった。人間ではない、猫の手に似た手。


 そして目が合うと。自然と距離が縮まって、と思ったら。



「ごっめーん! 野暮用だったから抜けてきたー!! ……れ?」



 いきなり乱入してきた座敷童子の真穂まほのせいで、キスはお預け。二人揃って咳払いをしてから、彼女に五月のことを話したのだった。



「ふーん? 自由気ままなあいつがね?? 美兎ったら、怨霊だったやつにまでモテモテ過ぎない??」

「う、うーん。よくわかんないんだけど」

「美兎さん……だから、と僕は思いますけどね?」

「火坑、余裕ぅ?」

「いえいえ。僕も多少は嫉妬くらいしますよ?」

「へー?」

「……なんで私見るの?」

「愛されてるなあって」

「んもぉ!!」



 それともう一つ。真穂がいるから聞けるかもしれないが、妖。真穂や雪女の花菜はななは例外だけれど、火坑達にタメ口を使っていいものかと聞けば。



「僕はどちらでも構いませんよ?」



 美兎さんのお好きな方で。と言われたら、悩むしか出来なかった。



「じゃさ? 真穂は当日隠れているけど。美兎のお母さん達に聞いたらいいじゃない? 設定は二十八歳にしてるんだからこそ、普通の人間だとなかなか敬語って取れないんだと思うし」

「それ以上に、本当はもっと歳上だもん」

「だからよ。真穂は違うけど……火坑も本当は外して欲しいんじゃなあい?」

「ふふ。ご想像にお任せします」

「ちぇ」



 火坑と対等に話が出来る。


 あと数日で、それが外せるかと言われても。美兎には難しいとしか思えなかった。ので、その話はそこで終わることにした。

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