第6話 誕生日プレゼント

 そして、クリエイターズマーケットで思い思いに展示を見て回ったり販売物を一部購入したり。


 飲食店からの出店もあったので、アイスだったりケーキだったりを少々食べ過ぎなくらいに。だから、美兎みうは少々後悔していた。


 楽しみ過ぎて、未だに火坑かきょうに誕生日プレゼントを渡せていないのだ。ずっと持っているから、彼に聞かれるだろうとも思っていたのに、彼はわざとか単純に美兎の持ち物だと認識しているのか。


 まるでつっこんで来ないので、美兎もトイレ休憩とメイク直しをするまで、すっかり忘れていたのだ。



「迂闊だった……楽しみ過ぎて」



 それは別段問題はない。が、せっかくの初デートで彼氏の誕生日であるのに、その誕生日プレゼントを渡していないことだ。


 そのことについては、今更渡しても申し訳ない気がしていた。もっと早く、むしろ今日最初に会った時点で渡せばよかったのにと思ってもあとの祭り。


 今までの彼氏達には、わざわざ用意しなかったのに。それは火坑が妖だからとかは関係ない。大切に、大事にしたいと思う相手だからだ。


 美兎は初めて、彼氏を大事にしたいと思えたのだ。これまでもまったく大事にしていなかったわけではないが、こう違うのだ。


 とにかく、寄り添いたい気持ちが強くなるのがこれまでなかったので。彼には、嫌われたくないと強く思ってしまう。


 だから、今日のプレゼントも気合を入れて選んだのに。



「……でも。後悔し過ぎて、またすれ違いたくない!」



 メイクを整えてから、軽く両のほっぺを叩いて気合を入れたら。火坑は、ポートメッセなごやの扉前で待ってくれていた。


 その待ち姿ですら、人間の顔であれ様になるのに。通り過ぎるマーケットの観客は女性客を含めてスルー。たしかに、烏天狗の翠雨のように振り向くほどの美貌ではないが。普通に人間の頭でもかっこいいと思うのに、誰も声をかける様子がない。


 少し不思議に思ったが、彼の魅力は美兎だけが知っていればいい。そんな風にも思えたので、美兎は駆け寄ってから彼に紙袋を差し出した。



「……? これは」

「自分の荷物じゃなくて、火坑響也さんへのプレゼントだったんです」

「!……そうですか。ありがとうございます」



 開けてもいいですか、と聞かれて。受け取ってもらってから美兎は強く首を縦に振った。


 シックな黒い小さな紙袋の中身を取り出すと。もこもこではないが、少し薄手の細長いツートーンのマフラー。


 臙脂と黒。今の火坑の服装にも似合いそうだった。



「ど、どうでしょうか?」



 マフラーなら、界隈で身につけていても問題はないだろうと思って選んだのだが。


 少し目を見張っていた火坑だったが、すぐに美兎に微笑んでくれてマフラーをそのまま自分の首に巻いてくれた。



「ありがとうございます! 大切に使わせていただきますね?」

「つ、使い心地。どうですか?」

「ええ、もう。薄いのにあったかいですね? 高かったのでは?」

「た、誕生日プレゼントですし」

「ふふ。失礼な聞き方でしたね?」

「いえ!」



 喜んでもらえたのなら、美兎も嬉しい。


 その気持ちが欲望になったのか、急に可愛い笑顔になった彼に抱きつきたくて。


 つい、彼の胸元に顔を寄せてしまった。



「おや?」

「だ、ダメですか?」

「いえ。僕はいいんですが……」

「けど?」

「ここだと目立ち過ぎなので……抱き返すのは少々気恥ずかしくて」

「あ」



 たしかに、今日はイベント。つまりはお祭り。


 なので、人通りが多くて当然。それなのに、美兎は欲の進むがまま、彼氏の懐に入ったので。周囲を見渡せば、にこにこしている観客が何組か見えた。


 実に、恥ずかしくなった美兎は慌てて離れようとしたら。珍しく声高らかに笑った火坑に、肩を掴まれて押し留められた。



「ははは! あなたはいつも僕の予想をはるかに越えた行動をしますね?」



 そして、ひとしきり笑ってから、美兎の肩に顔を埋めてきた。



「こんなに楽しいこと、今までありませんでしたよ」



 耳元で囁かれる低音が心地よく、心を震わせてくる。


 美兎も、自分もだと答えれば火坑は肩に置いていた力をわずかに強めた。



「さて。次でひとまず最後です。にしきに戻りましょう」



 顔を上げた彼が、美兎の顔を覗き込んできた時は。


 蕩けるような笑みで、美兎の心を鷲掴みしてきたのだった。


 美兎の手を絡めながら、行きましょうと足を動かす前に美兎は彼に詳しい行き先を聞こうと口を開いた。



楽庵らくあんに戻るんですか?」

「いいえ。本当は着くまで秘密にする予定でしたが。……実は、楽養らくようや他のお店にも協力をお願いしたんですよ」

「わあ!」



 絶対、素敵なパーティーになると美兎は期待が大きくなったのだ。

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