第6話『オムライスのおにぎり』


 久しく会うことのなかった、己の第四補佐官であった妖猫となった火坑かきょう


 今日は、奴が拠点を構えている、名古屋のにしき町から地獄までやってきたのだが。荷物の大半を占めていた弁当箱と言うよりも、重箱を取り出して。


 一番上には、大量の握り飯が入っていたのだが、海苔ではなく薄焼き卵で巻いている握り飯には見覚えがあった。



「おや、オムライスをおにぎりに出来るのかな?」

「現世では、コンビニに売られているくらい定番の品なのです。僕のはあの味に到達はしていませんが」

「何を言う! 火坑の料理はどれもが美味揃いだ!」

「けれど、大王? 火坑の用件もきちんと聞きましょうね?」

「……応」



 たしかに、用件もなく現世から地獄にやってくる意味はない。火坑は、己の課した修行の意味を込めて現世に、しかも人間ではなく妖に転生させた。


 生真面目で、気配り上手で、手際もいい。


 そんな愛猫に、最近気に入りの女が出来たと、第一補佐官である亜条あじょうから確認の報告があったのだが。どうやら、そちらの用件ではないようだ。


 休憩の間で、火坑からオムライスの握り飯の皿を渡してくれると、我慢出来ずに素手で持ってひと口頬張る。



「!……冷めるのを考慮して、あえて濃い目の味付け。中には伸びないがチーズも入っておる!」

「大王の好みかと思いまして」

「うむ! 実に美味い! して、用件とはなんぞ?」

「はい、実は……」



 昼休憩もだが、そろそろ出雲の縁結びでの宴に出向かなくてはいけないので時間はあまりない。しかし、先日たまたま亜条を使いにやっても、解決していないと言うことはなにか。


 肉球のない手をもじもじとしながら、俯く様子は補佐官時代と変わらず愛らしい。が、愛でている場合じゃないので閻魔は握り飯を食べながらも聞くことにした。



「ふむ。先日、わたくしが追い払った袈裟羅けさら婆娑羅ばさらがまた戻ってきたのかな?」

「その通りです。僕の妖術でも幾らか散ったりしたのですが。亜条さんに来ていただいた時以上に増えまして」

「先週だからね? ちょっと立て込んで、調査の方は部下達に頼んでいるのだれど」

「ほう? 袈裟羅の大量発生か? 今時白粉を使うのは人間達でもごく限られているのに。火坑よ、お前は白粉を与えたのか?」

「いえ。桐箱に入れてただけで。そこからあふれるくらいに、店先まで増えてしまったんです」

「ふむ。興味深い」



 亜条から小耳に挟んではいたが、袈裟羅・婆娑羅。今風に言えば、ケサランパサランの大量発生。


 しかも、人間の界隈ではなくて、妖の界隈。先日の亜条の来訪日に、座敷童子の真穂まほが言っていたようにデパートまではびこっているそうだ。これは、地獄の管理を任されている閻魔も、見逃すわけにはいかない。



「であれば、白粉を与えずに増える方法。何かを求めて、もしくは火坑の店先に美味しいものがあるかもしれませんね、大王?」

「お前……儂の言いたいことを全部言ったな?」

「大王が考え過ぎだからですよ」



 相も変わらず、見た目に反して可愛くない奴だ。だが、有能過ぎて閻魔はこの補佐官を第一から外すことは出来ないでいる。


 とりあえず、亜条の仮説と閻魔の考えもだいたい同じではあったので、それをヒントに考察していくことにした。


 ついでに、弁当は三人で程よく食べているのだが。どれもこれも美味過ぎて、よく味わって食べている。



「火坑よ、具体的にはいつ頃から袈裟羅達が増えたのだ?」

「と言いますと?」

「亜条の仮説を推奨するのであれば、お前の店に何かを美味い霊力や妖力が貯まってきているのかもしれぬぞ?」

「美味しい、霊力か妖力……?」



 すると、ニコニコしていた妖猫の表情が何かを思いついたかのように、驚きの変化を見せた。



「思い当たったか?」

「え、いえ。その……湖沼こぬまさんと真穂まほさんが? それに、おそらく美作みまさかさん達も」

「もう、今はいでいる先の常連達とは違い、まだまだ幼いのだろう? であれば、その人間達と守護になった妖らの気が美味いのであろうな? 袈裟羅達は時に白粉よりも好むゆえに」

「……けれど、皆さんは大事なお客様です」

「なに、追い払えと言った訳ではない。おそらく、お前の妖力のカスも食ったことで、増え続けているのだろう。なら、お前はさっさと、その湖沼と言う女に告げよ?」

「え、大王?」

「憎からず想っているのなら、さっさと言え。そして、いつかは契れ。お前の子が出来たら、儂も是非抱き上げてみたいのぉ」

「だ、だだだ、大王!?」



 望みを口にすれば、火坑は珍し茹で蛸のように白い毛並みを赤くしてしまい、そして想像したのか後ろに倒れ込んでしまった。適当に座布団を敷いていたお陰か、頭を強く打つことはなかったが。



「うむ。気を失ったか?」

「いきなり、まくしたて過ぎですよ。大王」

「じゃが、あの女子おなごも此奴を憎からず想っているのだろう?」

「ええ。であれば、大半は湖沼さんの火坑を想う気持ちが、霊力で埃のように溜まって袈裟羅達が寄ってきているのでしょう? 大王、どうします?」

「ふむ。今回はお前と儂の手製で、木札でも作ってやろう。一時的とは言え、此奴の気に入りの女子などが、あの店に行けぬのも可哀想だ」

「そうしましょうか?」



 そして、火坑の方は小一時間で目を覚ましたのだが。終始赤くなったままで、弁当の残りは閻魔と亜条とですべて平らげた。


 地獄から現世に帰る分には、支障がなかろうが。幾らかは休ませてもいいだろう。


 その間に、休憩の間で木札を用意して。終わってから、気絶したままの火坑の頬を軽く叩いた。



「ん、んん? だ……いお?」

「処置の策はしておいた。儂と亜条手製の木札を店先に置いておけば、袈裟羅達は立ち去るであろう」



 が、根本的な問題は解決しないだろうと告げれば、形の良い耳を火坑は畳んだのであった。



「僕が……湖沼さんにですか?」

「なにも疾しい気持ちがないのであろう? その湖沼とやらも、お前の店に通うくらいなのだから……ひょっとしたら同じ気持ちかもしれぬぞ?」

「え!?」



 そうして、空になった重箱をリュックサックに入れて、大事に木札を持って行った火坑の店は。


 木札を置いてしばらく経ってから、ケサランパサラン達が集まらなくなったと、後日火坑本人からの式神で閻魔は知ったのだった。

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