第3話『キノコなしビスマルクピッツァ』


 喫茶店、というか家庭的な雰囲気のレストラン、よりも洋食屋のような。


 火坑かきょうのように、一人で切り盛りするのにはちょうどいいサイズ感。見渡せるキッチンに、ピザ用の窯。カウンター席が数席にテーブル席が二つ。


 大きなガラス窓の向こうには、飲み食いしている妖が多数いるが。狐顔だったり、たぬき顔だったりと見たことがないタイプだ。


 楽庵らくあんや妖デパートで多少は慣れたつもりではいたけど、はじめての場所はやはり緊張してしまうものだ。


 すると、木で出来た重そうな扉がひとりでに開いたかと思えば。



「らっしゃい! 店先で突っ立つようにメニューは置いてないんだが?」



 どうやら従業員が入って来ないからか心配したようだ。


 だが、その外見に、美兎みうは色んな意味で驚いてしまう。



「え、人間?」

「ん?」



 顔も、手足も。


 どこをどう見ても、美兎と同じくらいか歳上に見える人間の青年にしか見えない。


 パッと見、そこそこイケメンの部類に入る。美兎の場合、火坑に惚れているので大抵の人間がフツメンに見えるようになってしまったが。


 その従業員は、美兎のこぼした言葉を聞き取ったのか。にっと笑顔を見せてくれた。



「え、え……と」

「お嬢さん、俺とかが視えて・・・るんでしょ? けど、ちょっと惜しいね? 俺は『ろくろ首』って妖なんだ」

「ろくろ首……? って、首が長い?」

「そうそう。ほら」

「きゃあああああああああああ!?」



 軽く、首をさすっただけで自由自在に首が伸びてあちこちに頭部が動いていく。


 アミューズメントパークやなんかで見せられる、作り物のろくろ首よりもリアルで生々しくて。思わず、今日は大学生サイズに変身している真穂まほに、ぎゅーぎゅーに抱きついた。



「美兎。ちょっと首が伸びただけじゃない?」

「だ……ダメなの! 妖の皆がいい人だってわかっててもダメなの! ニュルニュルとかノビる虫とか動物がダメなの!」

「に、ニュルニュルって……」

「ひぃひひひひ、ひぃいいい!! 盧翔ろしょう! お前さん、嬢ちゃんの苦手パターンだったんだな!!」



 真穂はなだめてくれたが、夢喰いの宝来ほうらいにはおかしかったのか地面に転がりながら小さな手足をジタバタするという、器用な笑い方をしたのだった。



「んもぉ、宝来笑い過ぎ。どうする、美兎? 帰る?」

「う……でも、正直お腹ペコペコ」

「はははは! 面白いもん見せてもらったし、今日は俺っちの奢りだ! 盧翔、三名案内頼むー」

「へ、へーい……」



 盧翔というろくろ首の男性には、本当に申し訳ないが首を引っ込めてくれて助かった。


 昔、いたずらっ子とかに蛇の抜け殻やイモリにヤモリを無理矢理近づけられて、以来苦手以上にダメになったのだ。中学高校になってからは、時折草むらで見かける程度だったが、あの、ニュルっとした動きだけで美兎にとってはアウト対象であった。


 ひとまず、まだ真穂の腕にしがみつきながら、サルーテと書かれた店に入っていく。案内されたのは、団体客だからか大きなテーブル席。


 手前が宝来で、奥に真穂と美兎が座った。そこで、ようやく美兎は真穂から離れられたのだった。



「メニューは何がいい? ここはイタリアンタイプならなんでも揃っているぜぃ?」

「え、えっと……キノコ以外なら」

「そうだった。嬢ちゃんダメだったんだよなあ?」

「ねー?」

「……あの」



 水とおしぼりを持ってきた盧翔が、席ごとに置いてから美兎にぺこりと謝ってきた。



「先程は驚かせてすみません。視えるお客様、しかも女性は久しぶりだったもので」

「あ、いえ! こちらこそ、過剰に驚いてしまってすみませんでした!」



 苦手意識がある対象物だったとしても、妖は妖だ。好き好んで嫌いになる対象ではないし、美兎もペコペコ謝ってから顔を合わせた。


 やはり、美形ではあるがどうしても火坑と比較してしまう。火坑の人型は、素朴だけどとても温かみのある感じだったから。



「はは! 律儀なお嬢さんだねぇ? よっしゃあ! 初来店サービスってことで、俺のオリジナルピッツァを一枚ご馳走するよ! キノコ以外ならいいんだよね?」

「え、え、え?」

「わーい! ピザがタダ〜!」

「んじゃ、他はとりあえず適当に決めるぜぃ?」

「毎度!」



 失礼なことをしたのに、逆に気に入られてしまい。シーザーサラダと、サイドメニュー少々。飲み物は軽めにと、100%絞りたてのブラッドオレンジを使ったカシスオレンジ。


 カシスオレンジは、ブラッドオレンジが濃厚で酸味が強かったが甘いカシスとの相性が抜群だった。



「ん〜〜、このシーザーサラダ美味しい! ドレッシングが市販のとも違う気がするー!」

「それわざわざ手作りらしいですぜ、真穂様?」

「そうなんだー?」

「あの、宝来さん」

「なんだい?」

「真穂ちゃんを様付けするのって、やっぱりすごい妖だからですか?」

「そりゃ、最強の妖の一端だからねぃ?」

「ま、ねー?」



 初対面から結構馴れ馴れしい態度をしてしまっている美兎だったが。真穂は敬うことなど気にするなというテイでいるし、むしろ普通でいろと言われてるような。


 さらに言うなれば、守護をしてくれる妖以上に友達でいて欲しいと出会った当初、飲み明かした晩に言われたから。


 だからか、真穂には必要以上に甘えてしまう。それは、火坑を想う気持ちとは別に心地よかった。



「美兎は美兎のままでいいんだよー? よそよそしくなったら、真穂泣いちゃう」

「え、し、しないよ?」

「はは! こりゃ、簡単に仲は裂けねーですぜぃ!」

「あったりまえ!」

「お待たせ致しましたー! キノコ抜きのビスマルクピッツァです!」

「お」

「おお!」

「わー……」



 宅配のピザくらいしか最近は食べていなかったのだが、薄く、しかも大きなサイズのピザは初めてだった。


 手延ばし、と言うのだろうか。


 薄く均一に伸ばされたピザ生地はカリッカリに焼かれていて、どこを食べても美味しそうに見えた。



「具材は中央に卵。他はうち自家製のベーコンとトマトソースだけにしたよ? 美兎さんにも、食べやすいかな?」

「お、お気遣い、ありがとうございます」

「いいって。俺だって、空豆とか嫌いだから。苦手なもん入ってたら嫌な気持ちはわかるさ」

「だなあ? 盧翔の手製のピザ。冷めないうちに食おうぜぃ!」

「だから、宝来の旦那。ピッツァだって!」

「細けーことにこだわるなあ?」

「そりゃ……っと、はーい。今行きまーす」



 盧翔が呼ばれて行ってしまったので、あらかじめ切り込みが入っている部分を引っ張れば。


 綺麗に糸を引くくらい、チーズが伸びていくこと。



「すごーい!」

「盧翔の凝り性はすげーからなあ? 生地も手作りだし」

「あ。あの焼き窯!」

「全部一から手作りって……火坑のように師匠を持ってるのかしら?」

「へぇ。人間に化けやすいですしねぃ。イタリアに単身渡航して修行してきたそうでやんすよ?」

「ふーん。あ、美味しい」

「ね! 美味しい!」



 耳の部分はカリカリしつつも、もちもち感も残っていて。チーズとソースの部分はとろりとして絶妙なハーモニー。


 ビスマルクは基本的に、キノコや卵を楽しむためのピザらしいが、美兎が先に嫌いだと口にしたのでベーコンにしてくれた気遣いも嬉しかった。


 これに、自家製カシスオレンジを合わせると、ジャンキーな組み合わせなのに幸せを感じてしまう。


 なら、と美兎は次に盧翔がボロネーゼパスタを持ってきてくれた時に手土産の箱のひとつを差し出した。



「その……お詫び、と言うには大したものじゃないんですが。よかったら、もらってください」

「いいんすか?」

「はい、ショコラのフィナンシェですが」

「美兎のお願いだからいいと思うよ?」

「! んじゃ、真穂様のお言葉もいただいたのでありがたく!」

「盧翔、追加注文だ。お前さんお得意のマルゲリータを。せっかくだから、次は作るところ見せてやんな?」

「お安い御用だぜ!」



 せっかくなので、ちょうど空いたカウンター席に座らせてもらい。専用の箱の中から、丸い塊を出した彼の手捌きは。


 顔つきもだが、プロのモノになった。


 その表情が、火坑の食材に向き合うものとよく似ていて。


 ああ、彼に早く会いたいと思わずにいられなかったのだった。

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