第3話『名古屋の冷やし中華』


 会いに行きたい。


 けど、また会えないのが少し辛い。


 ここ、二週間くらい美兎みう楽庵らくあんを座敷童子の真穂まほと訪れてはみたのだが。


 依然として、貸し切り状態。


 ずっと、ずっと、ずーっとである。


 その度に、自分達で食べる、もしくは美作みまさか辰也たつやと交換して手土産も処理してしまっているが。正直言って、寂しさを感じた。


 新入社員になりたてのあの虚無感に匹敵するくらいに、美兎は火坑かきょうに会えなくて寂しかった。


 けれど、勇気を出してお店の固定電話に何度かかけても留守番電話だった。以前、辰也の件で携帯にかかってきたのもこの番号だったので、火坑自身の携帯番号を美兎は知らないでいた。


 多少個人情報に詳しい、真穂ならもしくは、と思ったが。



「そこまでのプライバシー侵害はダメだよ、美兎? 真穂はあそこにちょくちょく通ってたから、火坑の誕生日も知ってただけだし」



 それに、知らない電話番号じゃないにしてもいきなり携帯にかかってきたら驚くよ、と諭されてしまったので、美兎もぐうの音しか出てこなかった。


 仕方なく、その日も楽庵は貸し切り状態だったので、今度は抹茶のわらび餅を真穂と楽しむことにした。


 ご飯は、真穂と丸善の食品売り場で適当に購入したので、暑い夏も終わったが名古屋の熱はまだまだほとぼりが冷めないので冷やし中華にすることにした。



「いっただきまーす!」

「いただきます。召し上がれ」



 真穂はいつでも美兎の自宅にいるわけではないが、にしきに行く日には必ず女子大生などで姿を偽って美兎の前にやって来てくれる。


 妖界隈などでも、ホストやホステスなどの勧誘やらなんやらに実は以前声をかけられたりしたが。真穂がいるだけで、一切誰も寄って来なくった。これは、大きな進歩とも言えよう。


 声を掛けてくるのは、クレープ屋の珠央たまおだったり、休みの日に錦の妖界隈に出かけた時に気に入った店の店主達だったりする。そう言う彼らに、美兎もだが真穂も無視はしない。



「名古屋の人間……、とりわけ、尾張や最近の三河でも。こんな麺類の食べ方って他じゃ見ないわよね〜?」



 真穂が言っているのは、冷やし中華にマヨネーズがかかっている件だ。美兎はもともと三河と呼ばれる地方出身者だったが、母親が名古屋の人間だったために昔から冷やし中華にはマヨネーズが基本。


 兄の海峰斗みほとも文句を言わずに食べていたのを覚えている。



「真穂ちゃん、マヨネーズ嫌だった?」

「嫌じゃないけど。時々思うだけ。酸っぱいタレに、また少し酸っぱいモノをかけるヒトの味覚に驚くわ」

「味噌カツとか、どて煮とか。味噌が尾張じゃなくて三河のなのに、名古屋名物っていうのもあるよね?」

「火坑の店でも、味噌は色々扱っているよ? あの人の場合、地獄が長かったせいかどっちかと言えば関東寄りだけど」

「そうなんだ……」



 知っているようで知らないことが多い。


 当たり前だが、出会って半年足らずの人間でしかないのだ。悪酔いしてたのを助けてもらい、夢喰いの宝来ほうらいとも引き合い、吉夢きちむをもらった。


 その縁が続いて、常連になったわけだが、店主の火坑のことをなにも知らなくて当然だ。


 彼も多くを語らないし、いつも美兎は彼の作る料理を楽しんでいるだけ。その関係性に、恋慕の情など擦りもしないだろう。


 そう勝手に思っていると、頬に小さな痛みを感じた。真穂に軽く頬を叩かれたのだ。



「臆病になっちゃダメだよ?」

「真穂ちゃん?」

「真穂がこの前も言ったじゃない? 妖と人間が好き合って悪いことだなんて何にもないんだもん。美兎が好きなら、ちゃんと火坑のこと好きだって自信持たなきゃ」

「……けど。何にも知らないに等しいし」

「ん〜〜…………! よし、行こ! 錦に。真穂の力で飛んで行こう!!」

「はい?」

「お菓子の袋とバックとか持って!」

「は、はい!?」



 有無を言わせない力強い言葉に体を押されてしまい。


 準備が出来たら、真穂は目を閉じて美兎と繋いでいない手を天井に向けた。



「繋げ。繋げ、のもとへ!」



 瞬間。


 周りが赤く光り出して、思わず美兎も目を閉じてしまったが。


 気付いたら、どこか懐かしい匂いのする場所に到着したのか。思わず目を開けると。



「ほう? 座敷童子とヒトの子。珍しい取り合わせじゃの?」

「真穂……さん、湖沼こぬまさんまで」



 到着したのは、楽庵の店内らしい。


 だが、先の来訪者が既に席についていて。見た目は若い着物姿の青年なのに、随分と立派な白く長い髭を生やしていた人物と目が合った。



「……大神おおかみ!?」

「久しいのお? 真穂、と言ったか?」

「何故? 神無月にはまだ少し時間があるけれど。何故貴方様がこの界隈にまで?」

「なに。一仕事の前に、馳走を欲しがるのに神も妖もヒトも関係あるまい?」

「……だとしても、半月以上も長居しすぎでは?」

「主くらいよのお。妖でも特異な位置にいる座敷童子じゃから、儂に意見するのは」

「我よりも、契約主に問題があったんです」

「ふむ。そこな、女子おなごか?」

「あ、あの……あなたは?」



 蚊帳の外状態だったので、やっと質問出来たのだが大神と呼ばれた青年はにっと歯を見せて笑い出した。



「儂は神の一端。全ての神の総称でもあり、ただ一人でもある。が、大神とは日本狼の化身とも言う。儂の場合はそれに該当する神の端くれじゃ」

「か……みさま?」

「そう固くならずとも良い。むしろ、主の持つ菓子袋が少々気になるがのお?」

「……大神。これは火坑への土産ですよ?」

「はっは! そうか」



 神様。


 座敷童子も神のようであるが、どちらかと言えば妖の部類なので神とは違うらしい。


 なのに、存外鷹揚おうような性格らしく、真穂の不敬も不問にしてくれていた。


 それよりも、美兎の手にしてるわらび餅に用があるようなので、調理場でニコニコしていた火坑に手渡すことにした。



「本当は今日持ってくる予定だった、抹茶のわらび餅です」

「わざわざありがとうございます。大神様にもお出ししますね?」

「わらび餅か! 京の花街にも専門店がいくつかあったのお?」

「か……神様のお供物にかないませんが!」

「よいよい。主らも座れ。儂のせいで、この店に来られなかったからのお?」

「あ、ありがとうございます」



 とりあえず、来ることは出来たのだが。初来店以上の緊張感を覚える美兎であったのだった。

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