その④


                  ***


 おかしい……。

 リリアーナは混乱していた。

 ウィリアム殿下の部屋へ案内される時は、歩くペースなどガン無視されたせいで、部屋まで小走りだったはず。

 それが今、隣を歩くこの王子様は一体誰? と言いたい程に、ちゃんとペースを合わせて歩いてくれている。いや、本来それが当然のことなのだが。

 この短時間の間に、この王子様の中で一体何があったというのだろうか。

 それともあの小走りはリリアーナのおもちがいだったとでもいうのだろうか。

 思わず横を歩くウィリアムを見上げるようにして見ると、彼はすぐに気付く。

「何だ? まだが足りなかったか?」

 リリアーナの頭を撫で、近くにいた使用人を呼び止めて、お菓子をめて持ち帰り用として応接室へ持ってくるように言いつける。

 使用人は何かに驚いたように目をこれでもかという程に見開いた後、頭を下げて去っていった。

 お菓子は十分に美味しく頂きましたけどね?

 お土産みやげを頂けるというのならば、遠慮なく頂きますけれどね?

 けれども、とうとうこの王子様の口から『婚約者を替える』という一言を引き出す事が出来ないまま、応接室へ戻ることになってしまった。

「それにしても、ダニマッチョは笑いすぎですわっ!」

 思い出したら腹が立ち、つい口から不満が出てしまったのだが、ウィリアムにはしっかり聞こえたらしい。

「ダニマッチョとは、ダニーのことか?」

 そう聞かれ、リリアーナはコクコクと頷く。

「レディーに対し、あの笑いは失礼ですわ。ですからお礼に『ダニマッチョ』というずかしいあだ名を広めて差し上げますの。ウィリアム殿下も協力してくださいませね。それでもって、彼の鼻毛が三倍速で伸びるように毎日おいのり致しますわ。お気に入りの女性の前で、鼻毛をさらしてはじをかくがいいのですわっ!」

 両手にこぶしにぎり鼻息をあらくして言う割には、地味なお祈り(のろい)の内容に、ウィリアムはえられないとばかりに声を立てて笑いだした。

「鼻毛三倍速とは、ずいぶんと可愛らしい呪いだな。ククク」

 周囲にいた使用人達にどよめきが起きる。

 何せ笑わないはずの『氷の王子様』が今、楽しそうに声を立てて笑っているのだから。

「違いますわ。呪いではなく、お祈りですの。それに鼻毛をあなどってはいけませんわ。笑った時にちょっぴりはみ出すあの存在感。恐ろしいことに、どんなお洒落も台無しになってしまいますのよ?」

 鼻毛を侮るなと本気で力説するリリアーナに、笑いが止まらない『氷の王子様』ことウィリアム殿下。

「まあ、何だ。私も鼻毛には気を付けることにしよう。ククク」

「ええ、ぜひともそうしてくださいませね」

 リリアーナは満足げに頷いた。

 これはもう、婚約者(仮)から友人わくへうまくシフトチェンジ出来たのではないかしら。

 小説恋のバイブルにだって、こんな会話をわす恋人達は出てこないですもの。

 この後きっと、ウィリアム殿下が国王様へ婚約者の選び直しを提案してくださるに違いないわ!


 応接室に戻ると、先程までとは明らかに違う二人のきよ感に国王と王妃はとても喜び、リリアーナの両親はそろって困惑顔になった。

 王宮へやってきたのは婚約回避のためであったが、予想だにしない展開になっているのではないかと心配になったのだ。

「実はな、ヴィリアーズ伯爵より、婚約は王子に再度意思かくにんをしてから決めようと言われてな。確かに今回のことはあまりにも急だった。私も同意して二人をむかえに行かせたんだが……」

 国王はリリアーナからウィリアムに視線を移した。

「どうだ? お前の婚約の相手はリリアーナ嬢が良いのか、それとも他の令嬢に……」

「私の婚約者には彼女を、リリアーナ嬢を望みます」

 ウィリアムはハッキリキッパリとかぶせるようにそう言い切った。

 三日前には「コレでいい」と言った彼が今、コレではなくリリアーナ自身を望むと口にしたのだ。大きな進歩ではあるのだが。

 この部屋を出る前までのウィリアムは、明らかにリリアーナでなくても他に条件の近い者であれば、誰でもよかったはずであった。

 ヴィリアーズ伯爵が頑張った結果、国王から再度の意思確認を取り付けることに成功していたのに。

 なぜか当の本人であるリリアーナが、『氷の王子様』をなずけてしまったために、伯爵の頑張りが水のあわとなってしまったのである。

 婚約回避のラストチャンスがついえたしゆんかんだった……。

 なんでぇぇぇぇぇええ!?

 やはりあの時、きちんと断れなかったせいですの?

 ダニマッチョが部屋に入ってきたせいで、ちゆうはんなまま話が終わってしまったからだわ。

 どうにか円満に婚約回避して、晴れやかな気持ちで王宮を後にするはずでしたのにっ。

 おのれ、ダニマッチョ! 許すまじっ!

 鼻毛三倍速だけでなくて、いつもくつしたが片方だけ見つからないお祈りも追加してやりますわっ!!

 ……ていうか、ここまでの流れでなぜウィリアム殿下は積極的に婚約する気になってしまいましたの?

 思わず頭を抱えたいしようどうを必死に押さえ込む。

 こうしてこの日、ウィリアム殿下とリリアーナの婚約が成立してしまった。

 リリアーナは、第一王子の婚約者というしようごうと王子様が用意させたお菓子の詰め合わせを持って、家に帰るのであった。


「姉様、それは何?」

「王子様から頂いたお菓子の詰め合わせよ」

「……そういうことを聞いてるんじゃないよ。婚約回避のために登城したはずが、正式な婚約者になってそんなものまで持たされて。一体何をどうしたらそうなるのさっ!」

 しきに着いて早々に、エイデンに応接室へられ……もとい、連行された。

 片側のソファーにはオリバーとジアンナが、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに兄のイアンと弟エイデンが腰掛けており、リリアーナはテーブルの横。

 つまりじゆうたんの上に正座をさせられている。

「そうだね。私もそれを知りたかったところだ。ここにいる皆に分かるように、初めから、キチンと順を追って、しっかり説明してもらおうかな? いいね、リリアーナ」

「……はい」

 いつになく厳しい表情でそう言った父オリバーの様子に、小さく返事をした。

 本来であれば絶対にお断りなど出来ない王家との婚約話を、娘のためにと頑張って何とか摑んだ辞退のチャンスを、一瞬にしてものの見事にふんさいしてくれた張本人のリリアーナに、オリバーもなつとくがいっていない模様。

 誰も味方がいない状況で、もともと小さいリリアーナは更に小さくなって説明を始めた。


 国王様に若い者同士で話した方がと言われ、婚約回避のためのチャンスとばかりにウィリアム殿下の部屋へついていったこと。

 なぜか王子様にお菓子を食べさせられたこと。

 食べ足りないと思われて詰め合わせを用意されたこと。

「私は婚約者になるつもりなど毛頭ありませんでしたから、失礼のない程度に令嬢のたいを解いておりましたし、遠慮なくテーブルのお菓子を頂きましたわ。あとは……そうそう、鼻毛を侮るなとアドバイスを送りましたわね」

 これには家族全員があつにとられた。

 王子様に向かって「鼻毛を侮るな」だなんて、何を話していたらそうなるのだと。

 そしてそんなことを言うリリアーナの、一体どこを王子様は気に入ったのかと。

 オリバーは力なく肩を下ろし、大きな溜息を一つついた。

「もう決まってしまったことをいつまでも言ったところでどうしようもない。近日中にリリアーナは王太子妃教育を受けることになるだろう。学園の授業が終わったら直接王宮へ向かうのだ。いそがしくなるだろうが、これはリリアーナが自ら招いたことだ」

「えぇぇぇぇぇええ~」

 リリアーナがいやそうな顔をして思わず口に出すと、オリバーはギロリと目線を向けて「決定こうだ」と一言言うと、ジアンナと応接室を後にした。

 扉が閉まるのを確認し、イアンとエイデンがリリアーナの隣にしゃがむ。

「ま、リリなりに頑張ったんだろ? だいぶちがった方向だったんだろうけど」

 そう頭を撫でるが、リリアーナの心の叫びは誰にも届くことはなかった。

『足がしびれた……(泣)』

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