秘湯故に……


 深く入り組んだ竹林の一番奥……そこにカリンの言っていた秘湯はあった。白い湯けむりの下には、エメラルドグリーンの綺麗な水面が見えている。


「珍しいですね、緑色の温泉なんて。」


「この森の豊富な魔力がここに溶け出しているのだ。ほれ、マドゥこちらで着替えるぞ。」


「うん。」


 そうしてカリンはマドゥを連れて、人目につかないようにと設営された幕の内側へと行ってしまう。


「ワタシ達も行ってくるわ〜。」


「はいよ。」


 女性陣もみんな着替えに行ったので、俺も着替えに行こうと思った時……あることに気付いた。


「……あれ?男が着替えるようの幕が……無い?」


 そう、ここには裸を隠す幕が一区切りしか無いのだ。それと、もう一つ気づいてしまった事実がある。


「ここには女湯と男湯の区切りも……無い。」


「ようやく気づいたか鈍感人間。」


「その声はライラ?」


 どうやらライラだけは、女性陣の輪にはまっていなかったらしい。いつの間にやら俺の背後にいた。


「お嬢様方の神々しい裸体を、オスに見せるわけにはいかない……だが、お前の裸体もお嬢様方に見せるわけにはいかない…………。そこで私は一つ策を考えた。」


「へ?」


 ライラはどこからか黒い帯を取り出すと、手慣れた様子でしゅるりと俺の目を覆うように巻きつけてきた。


「な、なにをするんだ?」


「少しこれを着けて待っていろ。」


 そしてライラの気配が近くから消えると、パカン……パカンと竹を切る時特有の音が辺りに響き始める。


「な、何が起こってるんだ……。」


 疑問に思っていると、耳元に突然ふぅ〜っと息を吹きかけられた。


「ふぉっ!?」


「くくははは!!ずいぶん素っ頓狂な声をあげるな柊。」


「し、師匠……イタズラはやめてくださいよ。ただでさえ、目隠しされて何も見えないんですから。」


「ん〜?本当か〜?その隙間から見えてるんじゃないか?ほれほれ、どうなんだ?」


「いやいや、見えてないですよ。何も。」


「ふむ、ならば今私がどこにいるのか……わかるか?」


「……それズルいですよ。気配でわかっちゃいますもん。」


「それもそうだな。」


「ちょ〜っとシズハ!!ヒイラギに何してるのかしら?」


「おっと、ランに見つかってしまったようだ。くふふ、怒られる前にトンズラさせてもらおうかな。」


 クスクスと笑いながら、師匠はどこかに行ってしまった。


「……俺は何時までこうしてれば良いんだろうか。」


 ライラ、早くしてくれ……。そう願いながら、俺はその場に立ち尽くすのだった。


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