第103話 バレンタイン前夜祭

 さて、あっという間にバレンタインの前日だ。

 色々と仕込みは済ませた。もちろん法に触れない程度にな。これは結には内緒。

 そして篠原から聞いた久我がやろうとしてる事は結には話してある。


 その話をした日、結にしては珍しくお腹を押さえて笑っていた。それはもう心の底から可笑しそうに。


 だが、目と顔がぜんっぜん笑っていなかった為、その日はとことん結に構って構って構い倒した。

 話した内容を忘れるくらいに。

 そのおかげで俺は体力を搾り尽くして翌日ヘロヘロ。常にレッドゲージ状態。

 結の方はこれ以上ないってくらいにツヤツヤニコニコしていて上機嫌。


 な、納得いかねぇ……。同じ時間に寝てるはずなのに……。


 そして今、俺の目の前ではエプロン姿の結がルンルンでチョコを作っている。


「彼女が自分の為にチョコを作ってる姿を見るってのはこういう感覚なのか……」

「はい? 晃太さん何か言いました?」

「いんや、なんでも」

「そうです? あ、固める前のやつ味見してみますか? 冷やす前なのでちょっと味が濃いかもしれませんけど」

「じゃあ少しだけ。明日の楽しみが減るしな」

「はぁ〜い」


 結はそう言うと手にしたボールに指を入れる。

 なるほど……そのまま指であ〜んのパターンだな? だんだん結の行動パターンが読めてきた。


 ……と、思ったら外れた。


 結は指にチョコが付いたのを確認するとボールをシンクの上に置き、そのまま冷蔵庫に寄りかかっていた俺の目の前に来る。

 すると今度はそのチョコを自分の唇に塗り、指に残った分をペロッと舐める。


「はい、ど〜ぞ」


 そして俺のシャツを下に引っ張って俺の体を下げると、そのチョコで濡れた唇でキスをしてきた。


「どうでした?」

「ん、美味いな」

「ちゃんと全部食べました?」

「……いや、まだ少し残ってるけど……」

「ダメですよ? ちゃ〜んと全部食べてくださいね? はい、もう一回」


 そう言ってもう一度キス。俺は結の唇に付いたチョコを、残すことなく舌と唇で舐めとった。


「んっ……んふっ♪ どうでした?」

「なんつーか……色んな意味で甘いな……」

「だってチョコですもんっ♪」


 結はそれだけ言って再びチョコ作りに戻っていく。鼻歌交じりで右に左に忙しく動く結の向こう側に色々な型が見えたが、一つだけやけに大きな深めのトレーが置いてあった。


「なぁ結? そのでかいトレーは何に使うんだ?」

「私のおっぱいチョコを作るんですよ〜。その為の型です」


 結は振り向きもせずに、ごく普通にそう答える。

 なんだ。おっぱいチョコか。ならその深さも納得。結の胸は大きいからな。


 …………は?


「いやいやいや、結さん? 聞き間違いだよな?」

「はい? 聞き間違いじゃないですよ? だって晃太さん好きですよね? 前にアプリでそういう漫画見てましたよね?」

「…………何故知っている」

「さぁ、何故でしょう? ただ、一つ言えるとしたら……」

「……したら?」

「私が隣で寝てるのにそういう漫画を見ながら寝落ちしちゃうのは気をつけた方がいいですよ?」

「あ、はい……」


 迂闊だった。


「ふふっ、そんな顔しなくても大丈夫ですよ? 怒ってませんから♪ さすがにおっぱいチョコは冗談です。これはティラミスケーキを作るんです。その為の型ですから心配しないでください。それに溶けたチョコに胸をつけたら、火傷して晃太さんに触って貰えなくなっちゃうじゃないですか……」

「あ、ははは……」


 これにはなんて答えるのが正解なんだ?


「そ、そう言えば明日はどうするつもりなんだ?」

「露骨に話を逸らしましたね? 特にどうもしませんよ? 私が晃太さん以外に告白なんてありえませんから」

「だけど、チョコなんて持っていったらありもしない噂流されるんじゃないのか? 例え友達に渡すやつだとしても。久我がそうなるように仕向けてるっぽいし」

「噂なんてどうとでもなりますよ。それに、何かあったら晃太さんが助けてくれますもんね?」


 ん? 俺が何かしようとしてるのに勘づいてる? まさかな。けどとりあえずは合わせておくか。


「当たり前だろ」

「ですよね♪ じゃあ今日はその事は考えないで、バレンタインの前夜祭しましょう!」

「前夜祭?」

「はいっ! この前の晃太さん凄かったので、今日も!」

「……え?」


 ちょっと待って。え? 嘘でしょ?


「なのでさっき食べたチョコには、ちょこっと元気になるモノを入れちゃいました♪」


 だからか。なんか体が熱いのは。

 俺、明日仕事行けるかな……。

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