第18話 【キス】

「さっきのは忘れててください……」


 今は食事中。

 目の前の結は、顔を赤くしたままこっちを見ない。

 さすがにさっきのは恥ずかしかったんだろうなぁ。あんなグラビアみたいなポーズ。

 見てるこっちも恥ずかしいわ。


「うぅぅぅぅ、私はなんであんなポーズをぉぉぉ! 忘れてくださいぃぃぃ」

「まぁほら、元気だせ? 頑張って忘れるから」


 忘れないと思うが……。


「それはそれでイヤなんですがぁぁぁ」

「どっちだよ。そしてなんだこの会話」

「なんだか恋人同士みたいですね?」

「なーに言ってんだ」

「むう」


 つーか、忘れる忘れないとか、恥ずかしいとか言うならその服装もどうにかしてくれよ。

 ちょいちょい油断してるから、チラチラと視界に入ってきて目のやり場に困るんだよ。

 けど言わない。男だもの。


 しかしなぁ……。昔はこんな風に見たことなかったんだがなぁ……。不思議だ。


「あ、今日の唐揚げどうです? 昨日からタレに浸けておいたんです。衣にもフレークを砕いたものを使ってあるんですよ?」

「おぉ、味が染みててめっちゃうまい! すげぇサクサクで食べ応えもあるのはフレークのおかげか? おかげで白米が進む進む! ちなみにレモンある?」

「ふふ、良かった♪ ありますよ。ちょっと待ってて下さいね」


 そう言って結が冷蔵庫に向かう。待ってる間にボーッとしていると、結のベッドの脇のカラーボックスにアルバムらしきものを見つけた。


「持ってきましたー」

「ありがとさん。そいえばそこのアルバムって結のか?」

「はい? あぁコレですね。そうですよ。中学のです。見ます?」

「良かったら見せてくれ。中学時代の結も見てみたいしな。俺らの頃の先生もまだいるかな?」

「今取りますね」


 そう言って俺に背をむけて、四つん這いになってカラーボックスに向かう結。

 俺が「飯の後でもいいぞ」って言おうとしたその時……


「なっ!」

「え?」


 おそらく座ってる内に少し上がっていたと思われる結のニット。それが四つん這いになることによって太ももの辺りまで捲れ、そのせいで俺に向かってその……プリンッ! としたものが向けられる事になった。もちろん水色のパンツも丸見えである。


「どうかしました? 」


 そのままの格好でこちらを振り向く結。妙に艶かしい。いや、「どうかしました?」じゃなくてだな? 気付いてないのかよ! どうかしてるんだよっ!

 さて、どう伝えればいいのか。むしろ伝えないで気付くのを待つか。しかし二人の位置的に自分で気付いたとしても、俺の視界に入るのはわかりそうではある。

 ならば、ちゃんと教えるしかあるまい。大人として! そしてなるべくオブラートに包んでさりげなく……


「あー、結? せめてズボンは穿こうな?」

「はい? ズボン?……っっ!」


 ガダダッと音をたてながら体勢をなおしてニットを下には伸ばす結。

 いや、伸ばしすぎ! 慌てんな! 今度は上がハミでる!

 あーーもうっ!


「結っ!」

「ひゃいっ!?」


 俺は結の両肩を押さえる。落ち着けさせる為と、これ以上服が下がらないように


「とりあえず落ち着こう」

「は、はい……ん」

「いや、目は閉じなくていいから。そして自分の格好を見よう」

「格好……わわっ!」


 結は視線を下げて体を見下ろす。そしてやっと自分の状況を理解してくれたみたいだ。俺が肩から手を離すとすぐに服をなおし、タンスからジーンズ持って台所に行くと、それを穿いて戻ってきた。


「お、お待たせしました」

「お、おう」

「見ましたよね? って見たからあんな事言ったんですもんね……」

「お、おう」

「「………」」


 妙な沈黙が流れる。どうしたもんか……。謝るべき? うん、謝るか。

 そう思って結の目を見ると、結の

 方が先に口を開いた。


「あ、あの……なんでそんなに落ち着いてるんですか?」

「落ち着いてるって?」

「だって……その……色々見たのにすごい普通にしてるから、何も感じてないのかな? って。女として見られてないのかな?って……」

「……」


 そんなことはない。ホントは落ち着いてなんかいない。そう見せてるだけ。俺は大人だから。おにぃちゃんって慕ってくれているから。

 だから女として意識しちゃいけない。

 そう思ってるだけなんだ。


「それに……さっき肩掴まれた時、もしかして?……って思ったけど何もしてこなかったですし……」

「するわけないだろうが。結は幼馴染みで、しかも柚の妹だし。第一、恋人でもないだろーが」

「私は、晃太おにぃちゃんとならいいです。ずっと……好きだったから」


 ここまでハッキリ言われたらさすがの俺でもわかる。ホントの事を言えば、結は可愛いし魅力的だ。実際、クラッと来ることもあった。

 けど、俺は【幼馴染みの好き】が【恋人の好き】にならないことを身をもって知っている。だから期待しちゃいけない。

 それに、今の俺は誰かを好きになることは……ない。だから……


「なぁーに言ってんだ。雰囲気に流されてるだけだろ? ほら、飯食おうぜ」


 最低の方法で結の気持ちから逃げた。結は俯いたまんまで動かない。泣かせたか? そう思っていたけど……


「そうですか。そうきましたか……ふふっ」


 え? 笑った?


「結? どうし……わっ!」


 ……は? なんで? なんでこんなことになっている?

 なんで!?


「晃太おにぃちゃん? 逃げれたと思いました? 私が泣いたと思いました? 違います。嬉しいんです。元カノさんの事は、おねぇちゃんから聞いてるので知ってます。だからすぐには受け入れてくれないとは思ってました。きっと今言っても断れるだろうとも。けど、晃太おにぃちゃんは私の気持ちをんです。つまり、私の事を女として意識してるって事ですよね?」


 そんな事を俺の顔の両脇に手をついた状態で言う。お互いの顔はすぐ目の前だ。


「結? お前何を……」

「だから……んっ」


 え?


 俺の開きかけた口は結の唇で塞がれた。

 慣れてなさそうな、唇が少し震えたキス。むしろ初めてなのかもしれない。そんな、ただ押し付けるだけのものだった。

 そして俺は戸惑いから動けなくなってしまう。


 やがて結の顔が離れていき、お互いの顔がわかる距離になると、学校で聖女だなんて言われてるとは思えないような表情でこう言った。


「私のファーストキスです。晃太おにぃちゃん。いえ、晃太さん。もうおにぃちゃんとは呼びませんし、思いません。私は晃太さんが男性として好きです。昔からずっとずっと好きです。きっと私の事も好きにしてみせます。本気でいくので覚悟しててくださいね?」

「え、あ……」

「さぁ、ご飯の続きにしましょう。 あ、レモンそこに置いておきましたよ」

「あ、あぁ……」


 いつも通りに振る舞う結に対して、俺の頭の中はグルグルで思考が定まることが無いまま、食事の時間は過ぎていった。


 あ、味がしねぇ……。

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