第6話 「これからよろしくおねがいしますね?」
父さんに言われた通りに、柚のお袋さんの日菜子さんに目を向ける。
「じゃあ説明するわね? 晃太くん、結のことは覚えてる?」
「柚の妹の? えぇまぁ」
確か最後に会ったのは中三の時かな?
だから今は17歳か。柚とは見た目こそ似ているが、性格は正反対で物静かな大人しい子だったはず。俺にはわりとなついていたような気がしないでもない。
それがどうかしたのか?
「結ね、柚が勤めている学校に進学したのよ」
「え、家から遠くないですか?」
「そう、遠いわね。だから、アパート借りてそこから通ってるの」
「もしかして柚と一緒に?」
「ん〜ん、今は一人よ。覚えてるかな? 晃太くんのおじいちゃんが昔建てて、今は御両親が経営してるアパートなんだけど。ちょうど先月からそこに住んでるのよ。それまでは柚と一緒だったんだけど、この子が[結と一緒だと彼氏を呼べない!] って言うものだから……」
あぁ、あそこか。
確か、もう古くて入居者がいないって前に嘆いてたな。
……ん? ちょっと待てよ。
「柚、お前彼氏出来たのか!?」
「へ? あ、あぁうん。まぁ……ね?」
「よっぽどメンタル強い男なんだろうなぁ……」
「あは、ははは。あとで潰す」
なんで!?
「それじゃあ話を戻すわね。それで晃太くんの住む所なんだけど、そのアパートの結の隣に住んで欲しいのよ。何かあった時にすぐ頼れる人がいてくれたら、お義母さん嬉しいなぁって思って」
なんか含みのある言い方だけど、言ってることは理解できるな。
年頃の娘だから心配なんだろう。
「それにね?」
それに?
「もうそのつもりで部屋も綺麗に掃除してあるのよ。お風呂やトイレに床はもちろん、壁もゴッソリ綺麗にしておいたから」
「はぁ、壁紙まで交換してくれたんですかね?ありがとうござい……ます?」
「ブフゥッ!!」
「うわっ! 柚、お前何吹き出してんだよ!」
「い、いや、なん……でも……ひぃ〜〜!!」
なんだこいつ。いきなり笑いだしやがって。
「急な話になっちゃったけど、どうかな?」
「はぁ、まぁ仕事も住居も用意されてるなら断る理由もないですし」
忙しい方が気が紛れていいしな……。
「そう? 結も楽しみにしてたから良かったわぁ」
楽しみに? まさかぁ。 九つも離れてるから、邪険にされなきゃいいけどな。
「じゃあ、そういうことで決まりだな? なら早速アパートに向かうか」
「父さんちょっと待った! 俺、まだ彩那に会えてないんだけど!? それにまだ帰って来たばっかりだぞ!?」
「そうは言ってもな、お前の荷物は元々お前の部屋にあった物も含めて全部アパートに再送を頼んでそっちに置いてあるぞ? ちなみに着払いの請求書も置いてあるから、ちゃんと後で払いに行け」
「準備万端だなぁおいっ! ……ちっ。結局自分で払うんなら先に払っておけば良かったわ」
「社会人がセコい事をするな。後、家賃はちゃんと払えよ。税金とかそれで払うからな」
「あぁ、わかったよ。しょうがない、彩那には片付けが落ち着いたら会いに来るか……」
「わかったならほら、車に乗れ。行くぞ」
そう言われてみんなで車に乗り込む。けど、彩那がいつ帰ってくるかわかんないから、母さんだけは家に残るみたいだ。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい。ちゃんと協力しあうのよ?」
「わかってるよ。何かあればちゃんと助けるさ」
「ふふ、そういう事じゃないんだけどねぇ」
なんだそりゃ。
そして車で走ること一時間半。目的のアパートの前に着いた。部屋の鍵は行きの車の中で受け取っている。
「あれ? みんな降りないのか?」
「あぁ、父さんは三人で結ちゃんの部屋関連の書類の確認あるから、先に行っててくれ」
「本人の部屋に行けばいいんじゃね?」
「まぁ、それは後でな」
「ふぅ〜ん。じゃあ先に行ってるぞ」
「おう」
鍵を持って言われた部屋に向かう。
このアパートは二階建てで、一階に三部屋二階に三部屋の合計六部屋だ。
俺の部屋は二階の真ん中。結の部屋は向かって右側らしい。後は全部空き部屋。
二階への階段が右側にあるから、自動的に結の部屋の前を通る事になる。
見ると、表札に【天音】の文字。ホントに住んでるんだな。
そのまま通りすぎて真ん中の部屋の扉の前へ。
そしてそこの表札には【真峠】の文字。
……俺が断るってことは考えてなかったんだな。まぁ、その通りになったけどさ。
廊下から下を見下ろすと、三人はまだ車の中にいるみたいだ。なんだ? こっち見てる? 早く降りればいいのに。まぁいいか。
俺は手の中で遊んでいた鍵を持ちかえて鍵穴にさして回す。
カチャ、と鍵のあいた音。そのままノブを回して扉を開けるとそこには、とんでもない美少女が頬を赤らめて立っていた。
「あ、あの、おかえりなさい晃太おにいちゃん。あの、結です。覚えてます? これからよろしくおねがいします……ね?」
………はい?
え? どういうことだ? 目の前にいるのが結? たった二年でずいぶんと女らしく綺麗になって……ってそうじゃないっ!
結の部屋は右側だろ? そう思って視線を右にずらすと、俺の部屋の右側の壁は、引き戸二枚分がゴッソリくり貫かれ、そこには木枠でガラス製の引き戸が二枚はまっていた。
ちょっ……まじかよ!
俺は急いで外に出て下を見ると、俺を乗せてきた車は駐車場から出ていくところだった。
ピロン♪
その時、俺のスマホがメッセージを受信して鳴る。
差出人は柚。内容は、
『結をよろしくねん♪』
は、はめられた! おい、一体どういうつもりだ!? こっちは二十六歳で向こうは女子高生だぞ!?
「あ、あの……嫌……でした?」
後ろから声をかけてきた結は、そんな事を泣きそうな顔をして言ってくる。
そんな顔をされちゃあ……
「い、いや、そんな事はないぞ? えっとその、よろしくな?」
「……っ! はいっ!!」
うわぁ、すっげぇいい笑顔。
何が起きてるんだ? まじで頭が回らねぇ。
どうなってんだ?
「あの、ご飯作ってあるので一緒に食べませんか?」
「あ、あぁ」
言われるままに部屋に入って扉を閉める。
この瞬間から、俺と結の共同生活が始まった。
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