医師と推理小説と

 ベン・ヘクトの“Miracle of the Fifteen Murders”は医師たちの物語です。探偵は登場しません。これは書いてもいいでしょう。

 犯罪は登場するのか。これは微妙なところ。犯人は登場するのか。これは……書けないですね、ちょっと。

 医者と推理小説というのは相性がよいようです。

まず書き手が医者というケースがあります。有名なところですと、コナン・ドイルがそうです。

 次に探偵役が医者というケース。フリーマンが生み出したソーンダイク博士は法医学者にして理学・医学博士(ついでに弁護士)。

 医学は膨大な知の集積をもって、既知以上に壮大な未知に挑むものということもできるでしょう。そもそもが知的な素養が必要とされるのが医学。

 頭の使い方もミステリと医学は似ているのかもしれません。もっともこれは当然といえば当然で、かたや犯罪、かたや疾病というだけで、データと経験を元に演繹的に推理を重ねていくという点では共通しています。

 ミステリがフィクションであるのに対し、医療はノンフィクションなだけにデータの扱いははるかに現実の医学のほうが難しそうです。不要なデータ、現象の分析に関係ないデータもあるので、まずデータの振り分けが難しい。

 ミステリ作家はデータの操作が可能です。なぜならば答えがわかっているので、本来の道筋とは逆方向にたどっていくことができるから。もっとも、どういう順番やタイミングで、どのようにデータを提示するかはミステリ作家の腕の見せ所。

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