第124話 エルダ VS 藤原 鉄斎
冬季休暇も始まり最初の武活。早朝の部室ではトーナメント参加に関するキャロルの意向が改めて示された。
「・・・という訳ですわ。皆さん無理強いや強制は致しません。よく考えて返事を下さいまし。これは自分だけの問題ではありませんわ。家族など大切な人と、よく話し合ってくださいまし」
「アタイは参加する!」
即座にエルダは手を挙げ、そして立ち上がり剣を指差す。
「当然剣も一緒だ!な?」
「ちょっと待ってくださいエルダ先生! 私は・・・」
「何だ嫌なのか!? 師匠を1人で行かせるのか!?」
エルダはふてくされ膨れる。
「そういう訳では・・・」
「ちょっとエルダ・・・! 剣御兄様を危険な所に連れて行かないで!」
剣の妹の菊が剣に抱き着いた。
「あー!!! 菊! アタイの剣に抱き着いたら駄目なんだから!」
エルダも剣に抱き着き、剣を挟んでにらみ合う。
(羨ましい・・・)
といった表情の大地を沙耶の電流が襲った。
「痛ツッ!? 違うって沙耶~・・・。誤解だ!」
沙耶はプイッとそっぽを向く。
その様子を見てキャロルはため息をつき、守は笑う。
「とにかく・・・いつも通り訓練を行いますわ」
部室から出ると、咲がドアの前で腕を組んで立っていた。そしてその後ろには袴姿の鉄斎が立つ。
「これは咲大将と藤原大将」
キャロルは慌てて敬礼をする。
「おう。エルダはいるか?」
奥から菊とエルダが話しながら現れた。
「ん? なんだアタイに用か?」
「エルダ。ちょっと来い」
エルダは咲と鉄斎に連れられ、少し離れたば場所へと移動した。
「エルダか大きくなったな」
しかし、エルダは鉄斎に見覚えは無く、首をかしげる。
「覚えては居ないか。なにせ小さい頃、一目見ただけだからな」
「おい、鉄斎テメェ。世間話はいい。早く用事を済ませろ」
咲に睨まれ、鉄斎は背中に背負っていた布に包まれた物を広げる。
それを見たエルダの顔色が変わった。
「父上の・・・刀。なぜこれをアンタが? 父上から預かって来たのか?」
鉄斎は真っ直ぐとエルダを見つめる。
「東郷先生は・・・君の父は・・・死んだ」
「え・・・死んだ? あの父上が・・・?」
「ああ。前回の襲撃で単身クラス5の口に飛び込み、それを倒した後、胃酸で溶け死んだ」
「・・・嘘だ!!!」
「嘘なものか!!!」
エルダを上回る剣幕で大声を上げる鉄斎。
「東郷先生は私の目の前で確かに死んだ!!!この私が看取ったんだ!!!」
エルダは差し出された刀を奪い取り構える。
「抜け!!!」
「落ち着け。そんな事をして何になる。怒りに任せてこの私に刃向かった所で東郷先生は生き返ったりはしない。不毛な争いだ。話には聞いていたが、本当に思慮が浅い。まるで子供のようだ」
「うるさい!!! アンタは父上が死ぬのを眺めていた!!! 加勢にも行かずただ眺めていただけの臆病者だ!!! 父上はアンタが殺した!!! 違うか!?」
「何だと? 状況も知らず調子に乗るなよ小娘」
鉄斎も腰の刀を抜き中段へと構えた。
「オイオイオイオイ!? 鉄斎テメェ挑発に乗ってんじゃねぇよ! ここでおっぱじめるつもりか、あぁ!?」
エルダは刀の切先を鉄斎へと向けた。
「死合いを申し込む」
「ほう。受けて立つ。咲。見届け人を頼む」
咲は眉をひそめ、心底面倒くさそうな顔をした。
「言っとくが俺はどうなっても治療しねぇからな」
「構わん」
そこへ騒ぎを聞きつけた皆が集まって来た。
「どうしたんですか咲さん」
「あ? このボケ共が今から本気の殺し合いをするんだとさ。ほら、分かったら離れろ」
「そんな!? 止めないと・・・」
「ほっとけ。こいつらはそういう世界で生きてんだ。それに止めた所で一生わだかまりが付きまとうだけだ。すっきりさせときゃいいんだよ」
咲に追い払われ、一定の距離を置き皆は見守る。その中心でエルダと鉄斎は対峙し、構えを取った。
「始め!!!」
2人はお互いの様子を見ながらじりじりと間合いを詰めていく。
「これは面白い戦いになりそうですね♪ 達人同士の戦い。日本ならではの光景です♪」
ヴェロはこれから始まるであろう、ひりつくような勝負にわくわくとしている。
「エルダ先生があんなに慎重に動いている。いつもなら相手の力量をはかる為に懐へと飛び込むはずなのに・・・」
「それほど実力が拮抗しているという事ですね♪ 剣。追えてますか? 刀の軌道が」
「エルダ先生側はある程度。しかし、藤原先生に命中する流れは見えません。私の知る限りでは互角。と、いうよりもまだ2人の本気を見た事がありません。恐らく互角と言った所かと」
「最後に立っていた方が勝ちですね♪ 勝負は実に単純です」
その間にも2人の距離はジリジリと迫る。
ある距離を越えた一瞬。エルダが勢い良く間合いへと切り込んだ。
エルダの凄まじい速さの斬撃を時に受け、時にかわす鉄斎。目にも留まらぬ攻防に息を呑む観戦者達。
鉄斎の放った一振りをかわし、エルダは一旦後方へと距離を取った。その頬から伝う血を舌で舐め取りながら鉄斎を睨みつける。
「なぜ・・・なぜアンタ程の男がついていながら父上を見殺しにした!!! アンタが加勢すれば父上は死ななかった!!! 違うか!?」
「そうかもしれんな」
「・・・やっぱりアンタは臆病者だ」
「なんだと・・・?」
「臆病者と言ったんだ。ドラゴン相手に足がすくんだか? はたまた父上に怒られるのが怖くて動けなかったか? どちらにしろ臆病者の所業だ!」
鉄斎はゆっくりと構えを上げ上段へと構えた。
その瞬間場の雰囲気が重くなる。
「天の構え!? 鉄斎先生・・・エルダ先生を殺す気ですか!?」
「あれはまずいですねー。エルダも刀を下げ防御の型を取ってますが初撃をかわせるかどうか・・・」
2人は構えたまま再びジリジリと詰め寄る。
その一撃は見えなかった。
皆が認識できた時にはエルダの右腕は宙を舞っていた。
だがそれはエルダの作戦だった。右腕を捨て駒に避けられないタイミングで左からで切り付ける。
当たるはずだった。相手が鉄斎でなければ。
その大きな代償を払った一撃も、切り付けた流れで深くしゃがみ込み鉄斎はかわす。
そして地際より頭上を通るエルダの腕を弧を描くようにして切り落とした。
勝負は決まった。かに思えた。が、エルダは飛び上がり宙を舞う切り落とされた自らの腕から足先で刀を奪い取り、その切っ先で鉄斎の首を狙う。
鉄斎はその奇襲さえも余裕でかわし、そのまま峰でエルダを地面へと叩き落した。
鉄斎は刀を納め、地面に這い蹲るエルダを見下ろす。
エルダも虫の息になりながらも地面から鉄斎をに憎しみの視線を向けていた。
「殺せ・・・アタイの負けだ」
「そうか。なら遠慮なく」
鉄斎は再び刀を抜き、構える。
「父上・・・ごめん。仇・・・討てなかった」
エルダの涙が砂に吸い込まれていく。
鉄斎が刃をつき立てる。が、その刃がエルダを貫く事は無かった。
「・・・どういうつもりだ剣。師匠であるこの私に刃を向ける意味が分かっているんだろうな。破門だぞ」
「覚悟の上です!!! 勝負は決しています!!! どうか・・・ここは私の命に免じて!!!」
剣は座り脇差を抜き、自分の腹に突き立てようとした。鉄斎は剣の腕の間に刀を突き立て、それを阻止し、そしてそのまま剣の顔面を蹴り飛ばす。
「馬鹿弟子が・・・おい咲!!! さっさと治療に取り掛かれ!!!」
「あ? 嫌だよめんどくせーし、どうなっても知らねーっつだろうが」
「失っても良いのか。これほどの腕を」
咲は舌打ちをしながらエルダに歩み寄り、心配して近寄ってきた武活動の皆を手で払う。
「おいガキ共! 見とけ、これが腕の繋ぎ方だ」
咲はエルダに麻酔の魔術を施し、一気に繋ぎポケットから取り出した針と糸で縫合する。その手さばきは正に一流。そして結合部に手を当て結合させた。
「流石ですわね・・・。相当数の実戦経験無いとここまで綺麗にはできませんわ・・・」
「当たりめぇだろ。この俺様がどんだけ前線で治療してきた思ってやがる。軍医の腕は救えなかった命の数に比例すんだよ。そして軍医の腕っつーのは普通の医者とは違げぇ。軍医はな・・・救える奴だけを限られた時間労力で最低限の治療で延命させる。そのあとが医者の仕事だ。救えない命は見捨てる事が重要だ。そいつが仲間だろうが、親友だろうが、親だろうが、いくらこちらに助けてと懇願しようと、泣き叫ぼうと命の優先順位は決まってる。役に立つ奴から救う。だ。覚えとけ」
そこに居た皆が咲の重い言葉に、沈黙する。
「よし。これで死なねぇだろ」
咲はすぐさま抜糸した。
「え、もう終わりましたの!?」
「嘘だと思うなら中見てみろ」
キャロルはエルダの腕を結合部に手を当てる。
「・・・本当ですわ・・・細胞レベルで結合が完了してます・・・」
「ま、今回は傷口の細胞がほとんど傷ついてねぇ。最初から繋げるように切断してやがったからな。な、鉄斎」
「さぁどうだか。所で終わったなら連れてくぞ」
鉄斎は気絶しているエルダを肩に抱える。
「ちょっと待って下さい鉄斎師匠!!! エルダ先生を何処へ・・・!」
剣が慌てて駆け寄る。
「こいつを鍛えなおす。いや、仕上げる」
「わ・・・私も付いて行ってよろしいでしょうか!?」
「お前はすでに破門だ。私の意見を仰ぐ必要は無い。だが勝手に付いて来るなら止めはしない」
「・・・ありがとうございます!!!」
「ここの隊長はキャロル、君だったな。エルダを借りていくぞ」
「剣共々よろしくお願い致しますわ」
歩き出す鉄斎。剣はキャロルに深々と頭を下げた。
「ちょっと待って下さい兄様!!!」
菊が剣に駆け寄る。剣は菊の頭を優しく撫でた。
「少し出かける。俺は必ず強くなって帰ってくる。それまで留守を頼んだぞ」
菊は涙目になりながらも堪え、ゆっくりと頷いた。
「再び姫の所を離れる事をお許し下さい。必ず強くなってトーナメントまでに戻って来ます!」
剣はそう言って駆け足で鉄斎を追う。
「師匠。先生は私が運びます」
「ああ。あと、もう私を師匠と呼ぶな」
「失礼しました藤原 大将」
剣はエルダを受け取る。
「・・・惚れたか? その女に」
突然のその言葉に剣は少し俯く。
「わかりません。エルダ先生は尊敬する剣術の先生であり、妹のような存在でもあります。ただ、先生にもし何かあれば私は正気を保てる気がしません。ですから私はもっともっと強くなりたいのです。姫もエルダ先生も守れるように・・・」
「そうか。その気持ちを忘れるな」
「・・・はい!!!」
剣とエルダが去った後、咲が皆を一同に集めた。
「・・・てめーらに話がある。今度のトーナメントの事だが、もしかして出るつもりか? ああ?」
咲はキャロルを睨む。
「まだ分かりませんわ」
「まぁどっちでも構わねぇ。これはまだ内情報だが・・・守と千里。貴様らは予め選別メンバーに組み込まれてる。つまり、出ようが出まいがこの2人は向こうへのメンバーに組み込まれてるっつー訳だ」
「そんな・・・何で私が・・・!?」
菊を慰めていた千里が、突然の事に動揺する。
「何で・・・だと? テメーあんだけの将校達の前でその馬鹿でけぇ魔力を見せつけやがったろうが。ゲートの開門には多量の魔力を必要とする。それに加えあの火力だ。必要なんだよテメェーが。守はドラゴンの言葉が分かる上に飛べる。戦闘員としてもそこそこ使える。本当はエルダと大地も入ってたんだが・・・老人共の横槍が入ってな・・・まぁあいつらは別に代わりの居る戦闘員だ。無理やりってほどでもねぇ」
悔しそうな表情を見せるキャロルに咲は歩み寄った。
「お? 悔しいか? キャロル。テメーはな、指揮官にしては実績が足りねぇ。実績があり強い指揮官なんていくらでもいるんだよ。学生からの選抜っつーだけでも例外中の例外なんだ。学生から指揮官を選抜するなんて博打打てるかボケ」
キャロルは歯を食いしばる。
「悔しかったら自力でベスト8まで上がって来やがれってんだ。評価なんて実力でねじ伏せろ。ま・・・てめーを推す声も確かにあった。誰とは言わねぇがな。じゃあな。せいぜい無駄な努力しやがれ」
咲はそういい残して歩き出した。
(・・・どの道てめぇらは上がれねぇがな)
咲の瞳は虚空を睨んでいた。
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