第122話 実力差

守の家付近に到着した咲と有沈は周囲の状況を確認するが、戦闘のあった様子は見受けられない。


「ッチ。心伝術も繋がらねぇ。気配も消えてやがる」


「咲ちゃん。とにかく中へ入ってみましょ」


咲は守の家の扉を蹴破ると同時に中へと突入した。

周囲の安全を確認しながら一気に奥まで侵入する。明かりのついているリビングに繋がるドアを蹴破った瞬間、咲は衝撃と共に地面にねじ伏せられた。同時に有沈が咲をアシストする為、膝蹴りを繰り出すがその一撃はオースティンによって片手で受け止められてしまう。


咲は慌てて隠し持っていたメスを取り出す。


「落ち着いて、咲ちゃん」


咲が押さえつけている相手を見ると瑞穂の顔がそこにあった。


「どういう事だ、説明しやがれ!」


そこへ物音で目を覚ました守も二階から降りて来たものの、目の前の状況にが理解出来ず、とりあえず反射的に拳を構える。


「咲さん!? 一体どうなって・・・つーか誰だよその人!?」


守はオースティンを指差す。瑞穂は咲を押さえつけていた手を離し立ち上がった。


「守、咲ちゃん。私たちもまだろくに話が出来てないんだけど、とりあえず戦いに来た訳じゃ無いらしいから、一旦落ち着いて皆で話を聞きましょう?」




普段なら十分に余裕のあるリビングのテーブルなのだが、来客の多い今日に限っては狭く感じる。

瑞穂はコーヒーを淹れ、皆の前に差し出した。苛立ちを隠せない咲が皆を睨みつける。


「で、どうなってんだこの状況。つーかオースティンてめぇランカーならちゃんと許可とって来やがれ。ランカーの他国への移動は許可取りしろって、国際法で決まってるだろうが」


「俺はもうランカーでは無い。巫女達と同じく帰還組みはランキング、階級を剥奪されている。というか咲。お前も向こう側に派遣されていたのか?」


「あん? どういう意味だコラ」


「世界大会の決勝で見た時と容姿が変わってないではないか・・・」


「んだとコラ!?」


咲は立ち上がる。


「オースティン。からかわないの」


「いや、これはすまない。そんなつもりは無かったんだが・・・」


「つーか何しにここに来やがったんだテメェ。てめぇは全て知ってやがるんだろ。回答次第じゃ生きては返さねぇぞ」


咲はオースティンを睨む。


「ここにあるものに用は無い。ただ、巫女に会いに来た」


巫女は自分を指差し首を傾げる。


「私は巫女に惚れた! 結婚してくれ! 巫女!!!」


「「何ぃーーーー!?」」


皆、思わず叫ぶ。


「私は向こうで捕らわれている間、巫女のその気遣い、そしてその美しさに心打たれた! 約束したろ! 必ず会いに行くと! だから来た!」


「あら」


巫女は嬉しそうに微笑む。


「うれしいわ、オースティン。でもね、今すぐ返答は出来ないわよ?」


「なぜだ!? 俺じゃ駄目か!?」


先ほどの威圧的な態度とはうって変わって、それはもう悲しそうな表情を見せる。


「そんな大事な事、いきなり答えは出せないわ。それに次の向こうの世界への潜入の任務に私は参加する事になってるの。次は無事に帰って来れるかも分からないもの」


「私も次回の潜入にはもちろん参加する。だから一緒にアメリカの私の部隊に参加してくれないか!? 君はこの私が必ず守る!!!」


オースティンは立ち上がり胸に拳を打ちつける。


「オイオイオイオイ、オーーースティン。てめぇ巫女を引き抜こうってか!? そんな事は許さねぞコラ!」


咲はオースティンを睨む。


「これは私と巫女の問題だ部外者は口を慎んでくれ」


その場に不穏な空気が流れる。


「オースティンごめんなさい。私はアメリカには行けないわ」


「巫女・・・!?」


「勘違いしないでね、貴方の話を断った訳では無いわ。次回の潜入には前回私を命懸けて守って下さった方も参戦します。今度は私が彼らの力になりたい。この気持ちはだけは譲れません」


「そうか・・・。分かった。全てが終わったら又話し合おう。突然邪魔して悪かったな」


オースティンは出口の方へ歩き出す。


「ちょっと待ってオースティン」


「何だ巫女」


「貴方、今日一日ゆっくりしていかないかしら? 時間無い? 一緒にお出かけとかしたいのだけれど・・・」


「おい巫女! 何言ってんだ・・・むぐぅ」


咲の口を瑞穂の手が押さえる。


「それはデートか!?・・・もちろんだ!」


オースティンは嬉しそうにこちらを振り向いた。


「あ、でも一つだけ条件が」


「何だ!? 何でも言ってくれ!」




今は倉庫、避難所として活用されている軍の訓練施設。その中で籠手を着ける守とオースティン。


「ここで彼に訓練をつける。という事でいいんだな巫女」


「ええ。でもここを壊さないでね」


「ああ。気をつける」


準備をしている2人を見ながら咲が渋い表情をしている。


「おい巫女てめぇ、何考えてやがる」


「オースティンの実力肌で感じてもらえばいい刺激になると思ったの。それだけよ?」


「守は軍の最高機密事項だぞ。今、あいつの存在自体がこの国の交渉材料となってんだ。分かってんのか巫女」


「もちろん。でもね、守は私の家族で弟。弟だけ籠の中の鳥だなんて見てられないし、この経験は必ずどこかで生きてくるはずよ。守が強くなる事で困る事なんかないでしょう?」


「ッチ」


咲は腕を組み心伝術を守と繋ぐ。


『おい守』


守は驚いて咲の方を見る。


『全力で行け。ドラゴンの力を見せ付けろ!』


守はコクンと頷き、龍の力を解放しゆっくりと構える。


審判の優香が挙げた腕を勢い良く振り下ろす。


「始め!!!」


同時に守は横へと跳躍した。オースティンの放った一撃は守の居た場所を通過し、施設が破壊されないように展開された巫女のシールドにヒビを入れる。


その威力は遠当ての威力をあからさまに超えていた。


「む。早く終わらせて巫女とデートに行こうと思ったのだが・・・」


守は一気に間合いを詰め、拳を叩き込む。が、その一撃はオースティンのその大きな手によって片手で受け止められてしまった。そしてそのまま手を摑まれ、空いた腹へオースティンの強烈な一撃をもらう。


腹を覆っていた鱗は砕け、守はその場に膝を付く。


「おいおい。こんなものか、人型とはーーーッツ!」


オースティンは手に痛みを感じ咄嗟に守を掴んでいた手を離す。その隙に守は生やした尻尾でオースティンを弾き飛ばした。


守は何とか立ち上がり、変化させていた拳の鱗を元に戻す。


「ほう。形状変化。特殊型の血も引いているのか」


穴の開いた手を見ながらオースティンは呟く。そして驚く事にその手の傷は塞がり始め、すぐに、元の状態へと戻った。


「・・・化け物かよ・・・」


「互いにな」


オースティンは再び構える。先ほどとは明らかに違う気の乗った構え。その殺気に周りの空気がひりつく。


守もドラゴンの出力を上げ、腹の鱗を修復した。守は小さな火球を作り出し、オースティンに放つ。

その手前で守は火球は爆発させ、煙幕を作り出す。


奇襲を狙う守がったが、煙幕の中から飛び出して来たのはオースティンの方だった。

怯む事なく真っ向からぶつかり合った。が、実力の差は明白。二、三手交した後、オースティンの拳が守を捉え、地面を転がっていく。


何とか立ち上がる守だったが、そのダメージによって脚がおぼつかない。数手ぶつかり合っただけで一方的に押され、敗北の色が濃厚になる。守は気力を振り絞り再び構えた。


(また・・・負けるのか・・・。こいつが強いのは十分分かった。今の俺じゃ逆立ちしても勝てやしない。でも・・・でもそれじゃ嫌なんだよ・・・!!)


守の息が荒くなり、体を覆っていた鱗が棘状へと変化し始める。

そして、尻尾を思い切り振ると、体から放たれた棘がオースティンを襲った。が、その棘はオースティンの寸前でピタリと止まる。


オースティンが腕を横に払うとその棘も四散し、地面に音を立てて落ちる。

 

その様子を見た有沈が目を丸くし、少し生え始めた髭をジョリジョリとさする。


「あらん。取ったと思ったのだけれど」


「そんなに甘くはねぇんだよ。後天的に鍛えられた超念動に迫る念動力。屈強な体。世界トップクラスの魔力。英才教育によって世界中の武術の体得し指揮官としての教育も施されてやがる。ありとあらゆるものを会得させられた人間兵器。それがオースティン・アレックスだ。天才には違いねぇが、それを上回る努力をしてやがるんだから手に負えねぇ」


オースティンは一瞬で間合いを詰め、尻尾で反撃する守の一撃を交し、そして逆立った鱗をものともせず、その拳を腹へと突き立てた。


守はその場へと倒れ込むと同時に優香の終了の合図がかけられた。


「そこまで!!!」


オースティンは拳に突き刺さった守の鱗を取り除きながら、守を見下ろす。


「驚いた。これが人型兵器か・・・」


優香が人の姿に戻った守に駆け寄る。


「守は人型兵器ではありません。私の家族で弟です」


優香は守を治療しながらオースティンを睨む。


「む。これは失礼した」


オースティンの横に巫女が歩み寄る。


「どうだった? オースティン。うちの自慢の弟は」


「素晴しい。これが武術を覚えた人型ならばこれは十分脅威だ。まだ未熟なのが惜しいが、伸びしろは十分だ」


「くそう・・・俺は・・・また勝てなかった・・・!」


悔しがる守にオーステインは手を差し出す。


「君はまだ若い。もっともっと強くなる。その時はまた手合わせを願おう」


守はその手を取り立ち上がる。そして同時に守は気がついた。オースティンのその大きな手の内側に秘められた、明らかに尋常ではない努力塊を。


立ち上がった守は自分の手のひらを見た。


(恵まれた体格。英才教育。違う。敵わない理由はここにある。ただそれだけだ!)


守は拳を握り込んだ。


「敗北から得た物はあるようね。ありがとうオースティン」


「構わん。・・・名は守といったか。いい目だ。次に合う時が楽しみだ」


は敵か味方か。出来るなら肩を並べて戦いたいものだ)


オースティンは小さく笑った。


「で、オースティン。いいかしら?」


「む? 次?」


巫女が指差す咲には、籠手を装着した優香が構えていた。


「そう。次は優香との手合わせね。どうやら守が目の前でやられて気が立ってるみたい。私が審判するから」


「む・・・!?」


「因みに妹の優香は私より強いから~」


巫女は小さく手を振りながらその場からそそくさと立ち去る。


「むむっ!?」


優香は深呼吸し、オースティンへと構える。オースティンも同じく構えを取った。


(黒田の出来損ないと言われ、世界大会でも目立った成績残せなかった彼女がどう成長したのか・・・)


「始めっ!」


巫女の号令と同時に、オースティンは守に放ったの同じ遠当てを繰り出す。

優香はそれを前に構えた両手で、軽く受け流した。


「む」


優香は仕返しと言わんばかりに【抜虎】を繰り出す。オースティンはそれを片手で弾くも。その威力に驚く。


「ほう。巫女より上と言うのはまんざら嘘では無さそうだな」


2人はお互いに一瞬で距離を詰め、激しい乱打戦となった。武術の実力はほぼ互角。しかし、威力はオースティンの方が一枚上手で、優香一瞬の隙を突き、オースティンの腕の関節を外すも逆に摑まれ、クリーンヒットを食らい、弾き飛ばされてしまった。


「そこまで!」


巫女の試合終了の合図が倉庫内に響く。


「あらん。もしかしていい勝負だったんじゃないかしら? 咲ちゃんが言うほどオースティンって大した事無いんじゃないかしら?」


「オースティンはあれが全力じゃねぇんだよボケ」


「まさか・・・神憑きや精霊憑きとかかしら・・・?」


咲は腕を組んだま眉をしかめる。


「有沈てめぇ、神や精霊と言われる類のものが何故存在するか分かるか?」


「神話や昔話。他には伝承とかから生まれたものじゃないの?」


「そうだ。そこの根本的な所は人が存在するから神や精霊が存在するという事だ。人が認識してこそは存在できる。人の意識の集合体が神や精霊を生み出す」


「言ってる事は分かるけど、それがオースティンとどういう関係があるのん?」


「つまりだ・・・。その信仰さえあれば生きながらにして神と言われる力を手に入れる事が可能っつー訳だ。世界で数えるほどしか居ないと言われている生神いきがみと言われる幻の能力。それがアレックス一族の力だ。それだけならまだいいだが・・・」


「あら、まだ何かあるのん?」


「本来生神はその性質から信仰の厚い自国でしか発動出来ない。が、オースティンは特別だ。その信仰を体内にストックすることが出来る。つまり、信仰の無い地域でもその力を振るう事が出来るっつー訳だ。今、ここでその力を使われたらここにいる全員でかかっても勝てるかどうか・・・。まぁぎり負けねぇとは思うが、大人しくして貰う事に越した事はねぇ」


咲は立ち上がる。


「おい!てめぇらその辺にしとけ! これ以上はこの俺様が許さねぇ」


巫女達は咲の言う通り切り上げ、一旦守の家へと帰った。




「さて・・・出かけましょうかオースティン」


私服に着替えて出て来た巫女はオースティンに声を掛けた。


「む。そうだな」


オースティンも立ち上がる。


「おいおいおいおいちょっと待て巫女。テメー出かけるだと? ふざけんなコラ。てめぇ自分の仕事理解してんだよな?」


「大丈夫。ね、咲?」


巫女は咲に微笑む。


「ああん!? 正気かてめぇ!? この俺様を使うつもりか!?」


「あら、親友の恋路を応援してくれないの?」


「ほ・・・本気なのかてめぇ・・・」


「さぁ、どうかな? ね。お願い。このままオースティンに帰ってもらってもいいけど・・・オースティン暴れずに帰ってくれる?」


「デート出来なければ暴れてやる」


オースティンは肩をグルグルと回す。


「あーもう勝手にしやがれ!!! どうなっても俺は知らねぇからな!!!ボケ!カス共!」


咲はふてくされ、そっぽを向いて椅子に座った。


「ありがとう咲。じゃ、行ってくるね」


「又改めてゆっくりと挨拶に来ます。御母さん」


「あら。いつでも遊びにきてね」


瑞穂は少し嬉しそうに微笑む。


「他の皆も世話になった。守、優香。君たちは更に強くなれる。次会う時を楽しみにしているぞ」


守はオースティンの差し出した拳に自分の拳を合わせた。


「次は・・・負けない!」


オースティンは親指をグッと立て、そのまま巫女と一緒に外へ出て行った。

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