第121話 対龍世界ランキング一位の男

草木も眠る丑三つ時。その静寂の中、守の家の屋根に正座をし瞑想する巫女の姿があった。


「巫女姉、交代の時間よ」


梯子を上って来た優香が瓦から頭だけをぴょこんと出し、声をかける。


「あら、もう交代の時間? 私はまだ大丈夫だからもう少し寝てていいわよ」


「巫女姉ばっかりに負担はかけられないって。この為に私が休職してるんだからしっかり働かせてよね」


優香は屋根に上がり、巫女の隣に座った。


「懐かしいわね。よく守と3人でここに上がって遊んだわよね」


「そうそう。春先なんか瓦が暖かくてよく昼寝してたっけ」


「それは守と優香だけでしょ? 私はしてないわよ?」


「そうだったっけ?」


巫女と優香はクスクスと笑う。


「ねぇ優香。守は本当にいい子に育ったわね」


「巫女姉が居ない間、私と母さんがしっかり教育したから当たり前よ!」


胸を張る優香にをよそにすこし俯く巫女。


「どうしたの?」


「・・・あのね」


巫女は今日あった事を優香に伝えた。


「そっか・・・辛いよね、守も・・・」


「ええ。私達が支えになってあげないと、あの子いつか壊れちゃうかも」


「もちろん! 私達の可愛い弟なんだから!」


その時、何かを感じ取った巫女がゆっくりと立ち上がる。


「さ、お客さんがやって来たようね。手伝ってくれるかしら、優香?」


「もちろん! うちの可愛い弟の睡眠を邪魔させる訳にはいかないもの」


優香手にはめた篭手を打ち鳴らす。





それから数ヶ月の時が流れた。


「醤油」


ミリアムは守に向かって手を差し出す。


「自分で取れ」


「ッチ」


舌打ちをしながらミリアムは自分で醤油を手に取り目玉焼きにかける。ミリアムとルナがこっちに来てしばらく経ち、食事や会話を重ねる内に少しずつ警戒が緩んできたのか、依然として向こうの世界の情報は漏らさないものの、日常生活において会話を交してくれるようになっていた。


そして警戒が解けた事によって変化が起きた。驚いた事にミリアムとルナの姿はより人に近い姿へと変化した。角や尻尾、翼は残るものの、それさえ除けば人と見分けがつかない。この姿こそが彼女らの平時の姿なのだろう。


(こいつら大分慣れてきてんな・・・ま。いい事なんだけどな)


守はそれを少し嬉しく思いつつ学校へ向かう。


(慣れてきたっつったらこいつらもだよな・・・)


教室に着いた守を、いつものメンバーに混じっていたヴェロがこっちへ駆け寄ってくる。


「おはようございますご主人様♪ 私にします? 私にします? そ・れ・と・も・・・わ・た・し?」


「うるさい!」


「あー! 目上の人には敬語って学校で習いませんでした!? まったく最近の若者の言葉使いといったら・・・」


腕を組んでプンプンと可愛く膨れるヴェロ。


「じゃあなんでここにいるですか。もう高校生って年齢じゃ・・・」


「ひっどーい! 女性に年齢の事言うなんて・・・ああっ!!」


ヴェロを押しのけ机に座る守。


「なぁアリーナ。あいつどうにかならないのか?」


「ムリ。自分で何とかシテ」


アリーナは少し片言の日本語でそう答えた。

この短期間に随分と勉強したのであろう。アリーナも日本語が少し出来るようになっていた。


「で、学校はどうだ? 楽しいか?」


「学校。楽しいデス」


「そうか。それは良かった」


武活動ではヴェロが意外にも良い指導者としての一面を見せている。

無手術・剣術共に一流で、年齢が上というだけあって面倒見も良く、その明るい性格から皆に慕われる存在へと徐々に変わっていった。


一方アリーナも楓に超念動の指導をするなど、武活動に積極的に参加し交流を深める。


新顧問となった熊さんの指導は熱血指導で、皆を鍛えてくれた。その実力は無手の中でもトップクラスと言われているだけあって、今の守達が勝てる相手ではなかったが、熊さんの方が守達の実力に驚いていた様子だった。


武活動も終わり、帰宅の準備をしていた千里に守が声をかける。


「なぁ千里。今から時間空いてないか?」


「どうしたの?」


「ほら、あの時に行ったケーキ屋に行きたいんだど、付き合ってくれないか・・・?」


「えっ!? もちろん!!!」


「サンキュー! ほら、ケーキ屋に1人で入るのって何か恥ずかしくてな」


守は少し困った顔をする。


「あはは。うんうん。いいよ。一緒に行こう守君」


それから千里と電車に乗り、ケーキ屋へと到着する。

もう閉店が近いという事もあってケーキは少なくなっていたが、その中からいくつか選び、箱に詰めてもらった。


店を出て歩いて帰る2人。


「守君がケーキ買うなんて珍しいね。もしかして黒田先生の誕生日とか?」


「ん?あ・・・ああ。そんな所だよ」


人型を家に幽閉している事は軍秘で他人に口外してはならないと咲に釘を刺されている。


「・・・でも、本当に平和になったよね。クラス3まではちらほら出現があるけど、あれ以来クラス4は出現してないし。このままずっと平和だったらいいな」


「そうだな。本当に平和になった」


守はあの時の戦いを思い出す。何も出来なかったあの戦いを。クラス4のドラゴンを止められず、巫女にも潰され、挙句の果てに暴れ、皆に迷惑をかけた。力の無さを実感した負け続けただけの戦いだった。この平和に何も貢献していない。そう思うと、複雑な気持ちになる。


「守君?」


「いや、なんでもない。平和って本当にいいよな」


「うん!」


千里を送った後、家に着く。玄関に入ると、瑞穂が出迎えてくれた。


「ただいま」


「お帰り」


守は手に持ったケーキを瑞穂へ渡す。


「あら、これは?」


「ミリアムとルナにも食べさせてやってくれ。あいつら前回お菓子食べた時すごく喜んでたから」


「あら、守は優しいのね」


リビングに入るとミリアムとルナがおかずを取り合っていた。

もうその光景を見慣れた守は自分の席へと座り、何事も無かったかのように食事を始める。


食事も終わり、食後のデザートとしてケーキが皆に配られる。

ミリアムとルナは始めて見るケーキに少し警戒した様子だったが、クリームを指で舐め取った瞬間目を丸くし、そして素手でケーキを掴み、むさぼり始める。


「美味しいか?」


ミリアムは無言だったが、ルナは何度も頷いた。その様子を見て守は思わず笑みがこぼれる。


(こうして生活を共にしてみると、本当に普通の人だよな・・・)


そう油断していた守のケーキをミリアムが一瞬で奪い取り、口に詰め込んだ。


「あっ!?こらお前!!!」


ミリアムは守を睨みつつケーキをゴクンと飲み込んだ。

そのミリアムをルナが横からゆすりながら怒る。


「こらこら、喧嘩しないの。母さんの分あげるから」


瑞穂は自分のケーキを差し出す。

ルナはそれを即座に手に取り頬張った。そして咀嚼しながら勝ち誇ったようにミリアムを見る。

ミリアムはそれに激昂し、ルナの首を絞め始めた。


その後、瑞穂に2人とも怒られた。


その日の夜、いつも通り巫女が屋根の上で見張り、優香との交代の時間を迎える頃、巫女は慌てて立ち上がる。その気配に気がついたのか、優香。そして普段は寝ている瑞穂までも屋根の上に登って来た。


「巫女姉!!!」


「ええ。この気配は・・・」




一方、慌てて寝巻きからナース服へと着替え、武器を取った咲が、基地を立つ。

髪はボサボサで束ねる暇も無く、その黒髪をなびかせながら、真っ暗な町を飛び回りながら移動する。


(畜生!!! あいつの存在を忘れていた!!! いや、あいつが直接動く可能性を考慮するべきだった!!! アイツなら1人で全てを制圧出来ちまうかもしれねぇ! 現アメリカ元帥、アレックスJr.の息子、前回の調査団のリーダーにして世界対龍ランキング元一位。化け物中の化け物、・・・オースティン・アレックス!!!)


屋根の上をと飛び回り、移動する咲の横に有沈が合流する。


「聞いたわよ~ん。守君の家の周囲を張っていた隠密部隊から報告があったらしいわねん」


「ああ。馬鹿でかい力の塊を隠す事無く堂々と歩いて近づいているらしい。他の奴等には絶対手を出すなと伝えてある。有沈てめぇぜってぇ油断すんなよ。一瞬で粉々になるぜ」


「あらん。私だって鍛えてるのよん」


有沈は飛びながらポージングを決める。


「そんなレベルじゃねぇんだよ・・・。良いから急ぐぞ!」


咲は唇を噛み締めながら、守の家へと向かう。


屋根の上では巫女・優香そして瑞穂の3人が屋根から近づいて来る力の塊に警戒を強めていた。


「母さん、優香は上待ってて。私が話しをしてみるから」


巫女は屋根から飛び降り、家の前に立つ。

その道の向こうからゆっくりと歩いて来る人の姿が徐々に現れた。

身長はゆうに2メートルを超え、その鍛えられた筋肉に独特のオーラを纏う。

オースティン・アレックスは巫女から一定距離の所で立ち止まった。


「久しぶりね、オースティン。向こう以来ね。元気そうで何よりだわ」


「巫女。話がある。そのために来た」


「そう。ならその殺気を収めて欲しいのだけれど。話し合う雰囲気ではないもの。その殺気を収めず一歩でも踏み出せば、私もそれ相応の態度を取らせてもらうわ」


巫女は羽子板状の武器を手に構えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る