第120話 一線

歴代元帥に代々受け継がれて来た部屋。

その部屋に座るアリーチェのテーブルを。咲がバンッと威勢良く叩き付けた。


「おい、アリーチェ。てめぇロシアに情報を抜かれやがっただろ。お陰で居場所がばれて、めんどくせぇ事になってるんだぞ。あ?」


咲は睨みを利かす。


「あら、喜ぶかと思いましたが?」


「ふざけんな!!! てめぇの無能のせいでこっちは苦労してんだよ!!! 俺はてめぇが無能なら殺す、そう言ったよな!?」


アリーチェは、咲を見つめる。ただ見つめているだけ、それだけだったのだが、咲は驚いたような顔をし、舌打ちした。


「ッチ。てめぇロシア式暗号・・・何時の間に取得しやがった・・・」


「ここには歴代元帥の資料全てがあります。それを読めばおのずと」


「全部読んだ・・・だと!? ここにどれだけの資料があると思ってやがる!?」


「まだ神代元帥の分しか目を通せていませんよ」


アリーチェは微笑む。


「分かって抜かせたなら、・・・理由は敵国の選別か」


「ええ。攻めて来る事で、弱みを握れるかと思っていたのですが。大物は釣れませんでしたね。小物はちらほら・・・。他国もそこまで日本を軽んじては居ないという事ですね。それはそれで対等性を保てるので良い情報です」


「もっとやり方があったろうが。つーかひと言言え。ボケ」


「でも、咲の望む形になったのではありませんか?」


「あ? もしかしててめぇ・・・」


「守君を動かす口実になったでしょう。守君の事気に掛けてましたものね」


「は・・・はぁ!? この俺があのクソガキの事を!? 冗談も休み休み言いやがれ!」


咲の顔が赤くなる。


「時間があれば地下牢に足を運んでいたのは、情報収集だけではないのでしょう?」


「うるせぇ!!! ・・・つーか、アリーナとヴェロをてめーの家で預かってるらしいが、あいつらどうする気だ」


「彼女ら学校に興味があるようでしたので、特戦校にしばらく通ってもらおうかと」


「はぁ!? 何処の特戦校だ? まさか東京のか!? 正気かてめぇ。もしあいつが学校で暴れたりしたら・・・ガキ共がどうなってもいいのか!?」


「その時は、その時ですね。彼女らに投入している液状発信機、あれはある特殊な工程を踏めば血中で固形化します。そういう事です。それに暴れるという事は考えにくいですね。一応対龍ランキングに名を連ねる有名人。それが他国で暴れたとあっては物議を醸します。今、それを行うのは国際的な信用が必要な現在において得策ではありませんからね。それにあの学校には桜さんを校長とし、他の将校達も居ます」


「てめぇはいつも面倒事を人に押し付けやがって・・・。ッチ・・・わーったよ。この件俺が面倒見る。どうせ投げ込む所は決まってんだろ」


「流石は咲ね」


「うるせぇ!」



武活動中のキャロル達の前に、咲が2人を連れて現れる。

キャロルは腕を組み、少し怪訝そうな顔をした。


「おう。キャロル今日からここにこいつらを預ける。何とかしろ」


「ちょっと待って下さいまし咲。その方々はうちの客人のはず。それがなぜここへ?」


「知るか。こいつらが学校を見たいって言うから通わせるそうだ。てめぇの姉のご命令だ」


「御姉様が・・・。畏まりました」


「えらく素直に受け入れたじゃねぇか。ええ?」


「ランカーの方に教われる機会は貴重ですわ。しかし、アリーナは分かるのですが・・・ヴェロは特戦校に通うには年齢的に無理があるのでは・・・?」


「16才です♪」


ヴェロはウインクをする。


「・・・だそうだ」


「そうですか・・・。所で、黒田先生が急遽移動になりまして、顧問がまだ決まって無いのですが・・・」


「優香ちゃんは今休業中だからな。新しい顧問も頼んである。今日来いっつったから来るはずだぜ」


その時、人影がグラウンドに降り立つ。砂埃の中立ち上がったはゆっくりとこちらに歩いて来る。しかしそれは人の形をしておらず、可愛らしい熊の着ぐるみを着用していた。それを見たアリーナは目を輝かせている。


「来やがったな、熊 中将」


「やぁ皆!!! 私が新しく顧問となった森野もりの 大熊おおくまだ! 熊さんと呼んでくれ!・・・ん?」


大熊の前にアリーナが立ってそわそわしている。


「だ・・・抱き着いていい・・・!?」


大熊はロシア語は分からなかったが、両手を広げる。


「ああ! ウェルカムだ!」


アリーナは大熊に抱きつき、そのもふもふの体に顔を埋め、満足そうにすりすりしている。


「で、森野中将・・・」


「熊さんと呼べ! もしくは熊ちゃんだ!!!」


キャロルはため息をつき。言い直す。


「では熊さん。タレントとしても有名人の貴方がなぜ私達の顧問をしてくださるのかしら?」


「桜のあねさんに頼まれたからだ! 大地君共々鍛えてくれと!」


そこへ大地達が駆け寄ってくる。


「げぇ!? 熊さんじゃねぇか!? 久しぶりですね」


「うむ。大地君! 久しぶり! 見違えたな!」


「お2人は面識がございますの?」


「正月のお年玉戦の時に、手合わせした事があってな」


「お年玉戦?」


キャロルは首をかしげる。


「で、どうして熊さんがここに?」


「新しい顧問だそうですわ」


「げっ!? まじか!?」


「げっ!? とは何だね大地君! 喜びなさい! はっはっは!」


「あはは。超嬉しいっす・・・」


複雑な表情をしている大地の横で大きな熊の着ぐるみを見た楓が、抱き着きたそうに熊さんを見ていた。


「あの・・・私も抱き着いていいですか・・・!?」


「ああ! 好きな所に自由に抱き付くがいい!」


「やった~!」


楓も同じく抱き着き顔を埋めた。


「あれ、貴方。あの時の超念動の子供?」


アリーナのロシア語は理解出来なかったが、アリーナの顔を見た瞬間、楓は驚き、慌てて守の後ろへ隠れた。


「ま・・・守お兄ちゃん! この人・・・!」


「ああ。でも、安心して。どうやら敵じゃないみたいだから」


「そうなんですか・・・!?でも・・・」


怯える楓にアリーナは手招きをして、熊さんに抱き着く仕草してみせる。


「アリーナお嬢様は一緒に抱き着こうって言ってます♪」


楓は再び熊さんに抱き着いた。


「さ、皆さん練習を再開致しますわよ」


挨拶もそこそこに訓練を再開した。



ある日の夜、守の携帯が鳴る。

普段電話がかかってくる事の少ない守は慌てて電話を取った。


「もしもし?」


「こんばんわ。私だ。夜分に済まないな」


「旋風・・・さん!?」


「元気そうだな」


「旋風さんこそ、体調はどうですか?」


「もうとっくに完治したさ。所で相談があるんだが・・・」


「相談?」




次の日、駅の前で時計を確認しながら、少しそわそわしている守の姿があった。

今日は武活動の休みの日、普段なら家で軽い自主練習をしている所だが、急用が入った。


「やぁ」


小さく手を挙げて歩いて来る旋風。

その姿を見た守は胸が高まった。久しぶりに見る旋風はやはり美しく、少し離れている間に大人びていた。


「お・・・お久しぶりです!」


守は無事な旋風を見て、再びこうして合えた事を心から嬉しいと思った。


「さ、行こうか」


旋風は守の手を取り歩き出す。


「旋風さん!?」


「君にとってはただの友達との買い物。しかしな。私にとってはデートなんだ。嫌なら離してくれても構わない」


「ええっ!? 嫌では・・・無いです」


「あはは。私の勝ちだな。さ、今日は一日付き合ってもらうぞ」


それから、旋風と2人復旧中の町を歩き回った。店は通常通り営業している所もあれば、崩れたままの所もある。まず洋服を買い。そして昼食。おしゃれな店に入って惑う守を優しく旋風がエスコートしてくれ、食後に1つのパフェを2人で食べた。雑貨店やぬいぐるみ専門店など色々な店を旋風に手を引かれながら巡った。

そして夕方、今日の夜の食材を買い込んだ2人は、旋風の元住んでいたアパートへ向かう。

どうやら旋風が出た後、入居者も無く空室となっていたため、一週間ほど滞在期間、部屋を借りているという事だった。


今日は夕食までという約束だったので、母にはすでに食事は要らないと伝えてある。

アパートに着いた守は見慣れた階段を見上げる。


「このアパート・・・階段更に抜けてますね・・・」


「ああ。最早階段としての機能は殆ど無いな」


手すりの下に脚を掛けながら二階へと上る。

ドアを開けると錆付いた音を立てながら扉が開く。中には前にあったぬいぐるみなども無く、必要最低限の物が置いてあるだけだった。荷物を降ろした旋風は今日買ったばかりのエプロンの封を切り、身に着け始めた。


「さ。やるぞ守」


「はい!」


息の合った役割分担で流れるように作業を進めていく。最初は意味の分からなかったこの料理を一緒に作るという作業も、今となっては本当にやって良かったと思う。あれから色んな事があり、その度に話し合い、時には喧嘩したりもした。その全てがいい思い出。


守はハンバーグのタネを捏ねながら、思わず笑みがこぼれる。


「どうした、守?」


「旋風さん。料理楽しいですね」


「ああ。とても楽しいな」


2人は笑顔で料理を続けた。完成した料理を簡易テーブルの上に置き、座る。


「旋風さん・・・これは・・・今までで最高の出来なのでは!?」


「うむ。自分で言うのもなんだが・・・完璧だ! さぁ暖かいうちに食べよう」


『いただきまーす』


見た目と同様に味は美味しく。少し多めに作ったつもりだったが、全て平らげてしまった。


『ご馳走様でした』


食器も洗い終わり、いつもの食後のティータイム。旋風は慣れた手つきでいつもの蜂蜜ホットミルクを作り守に差し出す。


「守。終焉の日、よく戦い、そしてよく生き残ってくれたな。ありがとう」


「旋風さんこそ・・・。すみません、俺が一緒に行っていれば・・・」


「あはは。とにかく又こうして合えた。それだけで十分さ」


蜂蜜ホットミルクを飲みながら、北海道支部の事、そして守自身の事お互いに話し合った。

楽しい時は直ぐに流れ、帰宅の時間となる。


「俺、そろそろ帰らないと」


旋風は悲しそうな表情を浮かべ、黙ってしまう。


「旋風さん?」


「ま・・・守!!!」


旋風は下を向いたまま声を張る。

そして後ろにあるベッドを手でポンポンと叩く。


「きょ・・・今日は泊まって行かないか!?」


「・・・えっ。それって・・・」


旋風の顔は見た事無いくらいに真っ赤に染まっていた。

守にもこの状況は理解出来ていた。イエスと言えばどうなるのかも。


「すみません・・・。俺、外泊は許可が無いと出来ないんです。それに今は指定の時間にまで家に帰らなくちゃいけません。軍事機密で詳しくは言えませんが・・・」


旋風は顔を上げる。その目は少し潤んでいた。相当に勇気が要ったはず。この勇気を無碍にしてしまった事い守の心はチクリと痛む。


「そうか・・・。すまない。君の立場も考えずに・・・。無理を言って済まなかったな」


旋風はゆっくり立ち上がり、2人は外に出た。


「今日は楽しかったです旋風さん。ありがとうございました」


「こちらこそありがとう。本当に楽しかった。・・・そうだ。これを」


旋風はポケットからなにやら取り出した。

それは小さなドラ子のぬいぐるみが付いたキーホルダーだった。


「ありがとうございます!」


「無事を祈ってる」


守はそれを受け取り歩き出す。


「・・・守! 私は・・・君を諦めないからな!」


守は振り返る。


「旋風さん・・・!又・・・また料理一緒にして下さい!!!」


「ああ! 北海道からでも飛んで来るさ!」


守はそう言って走り出した。


これほど率直に好きだと言ってくれている人がいる。そしてその期待に応えられない自分。

何かに理由を付け、人を遠ざけてきた。一線を越えないように。その情けなさが募り、それを晴らすように走り続けた。


気がつくと守は家の近くの河川敷にたどり着いていた。

そこで帰る気も起きず、座って暗くなった川へ石を投げ込む。その石は波紋をたてているのだろうが、真っ暗な川ではその水面も分からない。


「こんな所で何をしているの?守」


いつの間にか横に立っていた巫女が横に座る。


「巫女姉・・・見てたろ?」


巫女は横に座ったまま少し困った顔をする。


「やっぱりな。俺は監視対象だし、会話だって全部筒抜けってわけだろどうせ。プライバシーなんてあったもんじゃない。俺はこのまま一生監視され観察され続けるのか? 出会う人を遠ざけながら生きていかなきゃなんないのか!?」


「今は我慢して頂戴。貴方は信用されてる。実際コアを返却して貰ったし、これまでの行動で信用は得ているという事を優香から聞いてる。ただ状況・・・分かってるわよね? 貴方は機密の塊で人型の情報収集を任せられている。色んな人の手助けがあって貴方は今外で歩けている。それを理解して欲しいの」


「わかってるよ。でも・・・嫌なんだよ・・・。人を遠ざけなきゃなんないのが・・・。相手に嘘をついたり誤魔化したり・・・俺にはそれが耐えられない」


巫女は守にそっと寄り、頭を撫でた。


「私も任務で向こうに行って監禁され常に観察されていたわ。嫌よね。ごめんね」


巫女は優しく撫で続ける。

守は恥ずかしくなり、その手を優しく払った。


「・・・。巫女姉はもし俺が旋風さんの家に泊まるって言ってたらどうした・・・?」


「勿論止めるわ」


「やっぱりか」


「当たり前です。可愛い弟をたぶらかすなら相手がだれであろうとこの私が許しません。任務?知りませんよ」


巫女は微笑む。


「どっちにしても駄目じゃんか」


「がっかりした? もしかして泊まりたかったの?」


「・・・うん。とはいってもその・・・まだ話がしたかったってだけだぞ。・・・変な想像すんなよ!?」


巫女は顔を真っ赤にし、手を横に振る。


「し・・・してない・・・してないから!」


「してるだろ!?」


「ほら・・・帰るわよ? 帰っって母さんと優香に報告しなきゃ!」


巫女は走り出す。


「やめろって馬鹿!!!」


守の慌ててそれを追った。


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