第119話 三四郎の進退

朝食を食べた守は、ミリアムとルナを瑞穂達に任せて家を出る。


登校中、通学路で腕を組む女性を見つけ、守は駆け寄った。


「おはようキャロル! ・・・何してんだこんな所で」


「おはようございます」


キャロルは、守の歩調に合わせ歩き始める。


「・・・ケガはもういいのか?」


守はキャロルの左腕を見る。半袖から覗くその義手は本物と見分けがつかないくらい精巧に出来ていた。

その左腕を動かしながら感触を確かめるキャロル。


「まぁまぁですわね。もう少し感度が高いと助かるのですが・・・」


まるで何事も無かったかのように普通に返答してくれるキャロル。

そしてその腕で守の腹を軽く殴った。


「気にしないで下さいまし」


きっと申し訳ないという顔をしていたのであろう。守は先に歩くキャロルの後ろを追いかける。

と、突然後ろから抱き着かれる。それは千里だった。もうすでに目に涙を浮かべている。


「守君・・・! 良かった・・・無事で本当に良かった・・・うっぅ・・・うわあぁあん」


「ただいま」


守も向き合い、千里の頭を撫でた。

しかし、周りからの冷たい視線を感じた守はすぐに正気に戻る。


「千里!? とにかく学校に行こう!?」


守は千里を連れ学校へと向かった。

教室ではいつものメンバーが集まっており、先に到着していたキャロルが皆にコーヒーを振舞っていた。


「おー守!!! もういいのか!? マジで心配してたんだぞ!?」


大地が守の背中をバシバシと叩く。


「みんな・・・俺が暴走してみんなを危険な目にあわせちまった。すまん」


守は皆に頭を下げた。


「バーカ。何を今更! 大丈夫だって何度暴れたってその度に俺らがなんとかしてやっからよ。な?」


大地が守の首に手を回し笑った。皆、優しい瞳を守に向ける。


「・・・ありがとう・・・!」


守の目頭も熱くなる。


「主に千里が」


「ちょっ・・・ちょっと大地君!? 何言って・・・」


「お前が暴走した時、止めたのは千里の力だ。あと、朝」


「私はおまけにもなってねーよ。数に入れんな」


キャロルは千里の方を向く。


「あの時は本当に助かりましたわ。千里の覚悟。本当に成長致しました」


「キャロルちゃん・・・あの時は夢中で・・・」


千里は顔を赤らめ、下を向く。


「さて皆さん。今日より武活動を再開致しますわ。放課後はいつもの場所にお願い致します」


『了解!』


しかし、この日事件が起きる。


放課後、稽古の終わった無手術部の道場内。部長である美神が一段高い上座に座り、その下で三四郎が正座をしている。


「で、三四郎。お前本当にこの学校を辞めるのか?」


「はい。今までお世話になりました」


美神は表情を変えず、立ち上がる。


「そうか。達者でな」


そこへ聖が駆け込んでくる。


「何故じゃぁ!!! 三四郎!!!」


三四郎は立ち上がり歩き出す。


「終焉の日も終わり平和になる。それに・・・俺の戦いを見ただろう。ここらが俺の限界だ」


聖の隣を通り抜けようとした時、聖が三四郎の胸倉を掴む。


「どこが限界じゃあ!? 俺らはあのあの日、チームでクラス4を討伐した! そこにお主の力が確かにあった!」


三四郎は聖の手首を掴み地面に投げ倒す。


「世辞を言うな聖。俺はあの戦い足手まといだった。お前が俺の分無茶してカバーしてたそれだけだ。それはお前が一番わかってるだろうが! 俺の投げは・・・あの巨体には通じないんだよ・・・」


「・・・決闘じゃぁ。三四郎! このワシと決闘じゃあ!!!」


「何だと・・・?」


「面白い。受けてやれ。これは最後の私からの部長命令だ。私が立ち会おう。ほれ、グラウンドに行くぞ」


美神は立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。


武活も終わり、帰宅の用意をしていたEチームの前に聖、三四郎、美神が現れた。


「おう。キャロル。少しここを使わせてもらうぞ」


「かまいませんが・・・穏やかでは無さそうですわね」


「ああ。【決闘】だ。聖と三四郎のな」


それを聞いた一同は驚く。


「何であの2人が!? 喧嘩でもしたのか!?」


「まぁ落ち着け守。とにかく今からここで決闘を行う。お前らも見とけ。学ぶ事はあるはずだ」


そう言っている内に、聖と三四郎が向かい合う。


その中央に美神は移動し、そして右手を高く振り上げた。


「始め!!!」


合図と同時にぶつかり合う。


聖は空手をベースとした打の拳法。三四郎は柔道をベースとした柔術。

お互い一歩も譲らず互角の戦いを繰り広げる。


「おい、守。お前、手が反応してるぞ」


守の手がピクピクと2人の戦いに反応している。


「いや、だって・・・すごいぞあいつら。ちょっとワクワクしてんだよ俺。俺が武術を学べば学ぶほどあいつらの凄さが理解出来る」


「俺もだよ。しかし・・・聖の方が押してるのか? 手数は圧倒的に聖の方が多いが・・・」


「大地は馬鹿だな~。おい、剣。説明してやれ」


「聖の方が攻めてはいる。しかし、もう半歩踏み込めては居ない。踏み込めないんだ。三四郎の間合いに入り摑まると一瞬で倒される可能性がある・・・ですか?エルダ先生」


「むむ・・・まぁまぁ正解。早く終わらないかなー。次はアタイの番!」


エルダは待ちかねるといった様子で胡坐をかき、体を左右に動かしている。


暫く激しい戦闘が続き、結果・・・勝負はつかなかった。

仰向けになって空を見上げる2人。着ていた服は血だらけで聖は腕を、三四郎は肋骨の骨が折れている。


「それまで! この勝負引き分けとする!」


美神の号令にて決闘は終了した。


「何故じゃぁ・・・! 三四郎! お主はこれほどに強い! それがなぜ退学するんじゃぁ!!!」


聖は空に叫ぶ。


「・・・気がすんだか。なら俺は行く」


三四郎は痛む肋骨に手を当て、立ち上がる。その前に美神が立つ。


「治療してもらえ。おい、キャロル、千里。こいつらを治療してやってくれ」


キャロルと千里は治療に取り掛かる。


「おい、三四郎。お前本当にこの学校辞めちまうのか?」


「ああ」


守は聞きたい事が沢山あったが、もうその意思は固まっているのだろう。これ以上は野暮というもの。


「そうか。俺はお前ともう一度、今度は対等に同じコアを持って戦いたかったし、一緒に出撃もしたかったんだがな。決めちまってるんならもうそれ以上何も言わねぇよ。元気でな」


治療も終わり立ち上がる三四郎。


「ありがとう千里。お前は本当に強くなったな。入学したあの頃とは大違いだ」


「あはは。入学した頃、三四郎君達には本当に驚かされたな。尊敬してる。それは今でも変わらないよ。でも、行っちゃうんだね。寂しく・・・なるね・・・。折角友達になれたのに・・・」


千里の目に涙が溜まる。三四郎は困ったような顔をして立ち上がる。

その前にキャロルが立ち、その目を真っ直ぐと見据えた。


「・・・それではお元気で」


キャロルは背中を向け歩き出す。


「ほら皆さん武活終了のミーティングを行いますわよ! さっさと部室に戻ってくださいまし!」


Eチームの皆は気がかりなように三四郎達を見つつ部室に戻る。


その帰り、守は千里を送った後、キャロルと2人になる。

先日の戦闘で所々壊れたままの町をいつものペースで歩く。


「なぁキャロル。お前なら三四郎に何か言えたんじゃないのか?」


「言いたいことはありましたが、あの目ではもう使い物にはなりません」


「因みに何て言うつもりだったんだ?」


「甘えるな。ですわね」


「冷めてぇなぁ・・・」


「日々努力を怠らない勤勉さに加え、武の才能。柔術がこの先通用しないという目の前の壁しか見えず、逃げる事を選びました。これ以上の成長はありませんわ」


「お前も相当悩んでたろ。気持ち、分かるんじゃないのか?」


「あれほどの力があれば・・・貴方の隣で肩を並べて堂々と戦えましたわ!!! 柔術というこだわりが、下らないプライドが、その成長の妨げになっていますの!!! 目の前に壁があるならば、上を見るなり下を掘るなり武器を使うなりすればよろしいのですわ!!! 八方手を尽くしても居ないくせに少しの障害で道を見失う・・・情け無いったらありませんわ!!!」


キャロルは手を握り込む。


「わ・・・分かったから落ち着け。な?」


守はキャロルの肩に手を当て落ち着かせる。しかしその左手からは人の温もりを感じなかった。


「守。貴方も下らない事で歩みを鈍らせないで下さいまし」


それを感じ取ったのであろう。キャロルが睨む。


「分かってる。でも下らないとか言うな」


「ふんっ」


キャロルはその手を払い、歩き出す。


次の日、三四郎は放送で校長室へ呼ばれた。

三四郎がノックし、中へ入ると誠の代わりとして新しく校長に就任した相良 桜が腕を組んで待っていた。


「この特戦校を退学するそうだの。三四郎」


「はい」


桜はため息をつき、テーブルに肘をつく。


「で、これからどうする? 鹿児島の田舎に帰って柔道でも極めるか?」


「何で俺が鹿児島出身だと知ってるんですか」


「期待しておった奴の事を知ってて何か不思議か? とにかく了解した。事務室に行って手続きをしろ。以上だ」


三四郎は一礼し、校長室を去った。

そして大きな荷物を抱え、事務室へ向かう。事務室では丸眼鏡をかけた老人が三四郎を見上げる。

三四郎は退学届けを事務員に渡すと、それを手に取った事務員はなにやら書き込み始めた。


「ふむ。三四郎君。君、学校辞めちゃうのかい?」


「はい。お世話になりました」


事務員は手に持ったペンで頭をポリポリとかきながら、立ち上がり手招きする。


「事務手続きに少し時間がかかるから、それまで中でお茶でも飲んでなさい。なに、遠慮はいらん」


三四郎は少し戸惑いつつも中へと上がる。すると事務員がすぐに暖かいお茶を運んで来た。


「君ほどの実力がありながら・・・勿体無いねぇ・・・」


「いえ、俺なんて・・・」


「おいおい。自分を簡単に否定してはいけないよ。君の努力は見てきた。だからこそ勿体無いと言っているんだ。柔術家としての壁に当たったんだね」


三四郎は黙って出されたお茶を飲む。


「分かるさ。ここで何十人何百人の生徒を見送ってきたからね。実力不足の人が去るのは恐怖から。強い人が辞めるのは大体がこの壁だ。実力があると見えてしまうんだよね。自分の天井が」


「・・・辞める人にはこうやっていつも話しをしているんですか?」


「あはは。全員じゃないよ。興味がある人だけだ。長年この仕事をしているとね、目を見れば分かるんだよ。目のその奥にあるくすぶりがね」


「俺は燻ってなんか無いです。お茶、ありがとうございました。外で待ってます」


三四郎は立ち上がり、出口へと歩き出す。しかし、出口に置いてあった一枚の写真を見た瞬間、三四郎の眼の色が変わる。


「親父・・・!」


事務員はいつの間にかその写真の所に立っており、写真をパタンと倒した。


「あはは。これはもう今の君には関係の無い事。さ、手続きが終わったようだ。お疲れ様・・・」


三四郎は事務員に詰め寄る。


「親父は軍に所属していた! そして死んだ! なぜ・・・その隣にアンタがーーー」


三四郎はそう言いかけ気が付くと天井を見上げていた。それを事務員が上から見下ろす。

その丸眼鏡の奥の瞳は今までの優しさは消え、軍人のそれに変わっていた。


「君はもう一般人。さ、出口はあっちだよ」


「ちょっ・・・ちょっと待って下さい!!! 俺は・・・親父がどういう人でどういう死に方をしたのか・・・それを知るのが入学した目的だった! 教えてくれ!」


「・・・ちょっと待ってなさい」


事務員の老人は、事務室に声を掛ける。


「ちょっとその書類不備あったから、手続き止めといてくる?」


「はーい」


老人はにこりと笑い、奥へ歩き出す。


「付いて来なさい」


三四郎は後を追い、その奥の部屋に入る。広くは無いが一面畳が敷き詰められており、い草の独特の臭いが立ち込めている。その一番奥に立て掛けてある大きな金槌の前に立つ。


「これはな、君のお父さんが使っていた物だよ」


「親父が・・・? 親父は柔道家だったはず・・・」


「ははは。そう柔道家だったさ。君と同じね。そして同じ壁にもぶち当たった。しかし君と違ったのは、お父さんは自分で解決方法を探し本当に色々と試行錯誤した結果、この槌にたどり着いたんだ。この独特の形状、柔道のを応用したこの武器をね」


「ですが・・・この武器を使った所で、親父は死んだ。親父の見つけた道は結局・・・外れだったという事でしょうか・・・」


「さぁ、どうだろうね。それは私も知りたい所さ。で、君はどうする?」


三四郎はその槌に歩み寄り、その槌を手に取り持ち上げようとするがびくともしない。


「ははは。コア無しじゃ動かないよ。まぁ・・・あったとしても動くかな?」


老人は槌に歩み寄り、それを一気に持ち上げた。驚く三四郎にやさしく微笑む。


「使い方、コツを知りたいか?」


「・・・はい!」


三四郎の眼に光が戻る。


「はっはっは。いい目だ。言っておくが私は厳しいぞ?」


三四郎は深々と頭を下げた。

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