第118話 指令
監視モニターの前のテーブルに座る、咲・小春・守の3名。
「で、指令って何よ?」
小春はお茶を飲みながら咲に聞く。
「小春、テメーにじゃねぇ。守にだ」
「俺ですか?」
咲はいつも寄っている眉間の皺を更に寄せる。
「守。テメーこの人型2匹を預かれ」
「?」
守は意味が分からず首を傾げた。
「こいつら2匹をテメーの家で預かれっつてんだよボケ」
「ちょっ!? ちょっと待って下さいよ!? あの2人を俺の家で!? 無理ですよ!!!」
「そうよ咲! 何考えてんの!?」
「うるせぇ!!! 説明するから黙ってろ!!!」
咲は腕を組む。
「理由は簡単だ。情報を抜かれやがった。こいつらの居場所が突き止められちまったんだ。この建物の周りを怪しい奴らがうろつき始めてやがる。恐らくアリーナがヴェルコフと面会した時に伝えたんだろう。ったく・・・アリーチェの野郎」
「でもどうやって? アリーチェ元帥はそんな隙を見せないと思うけど」
「ロシアにはな一定の呼吸と目の動き、そして絶妙な間を利用した特殊伝達暗号が存在する。それを知っているのはそれを解析したジジィとこの俺。そして当人達だけだ。だから俺を同席させろと・・・ッチ。今はそんな事どうでもいい。とにかくここはもう安全じゃねぇ。かといって他の基地も安全とは言えねぇ。だからてめぇの家で預かれっつってんだ」
「でも何で俺の家で・・・」
「優香・巫女・瑞穂。それに加えお前がいる。このメンバーを抜けるのはソロなら世界中どこを探しても見つからねぇんだよ。加えてお前はドラゴンの言葉が理解出来る。同時に情報収集も出来るだろうが。基地ってのは人が多すぎる。全ての人を把握出来ねぇ上に裏切りの可能性もある。理解したかボケ」
守はモニターに映った人型を見る。
「一つ。一つだけ確認させて下さい。それ次第では受け入れられません」
「あ?」
守は席を立ち、牢屋へと向かう。そして寝転がっていいる日本の人型の方に、檻越しに座り込んだ。
「なぁ、お前に一つ聞きたい事があるんだ」
人型はいつも通り返事もしない。
「お前はさ・・・人、食った事あるのか?」
人型は鼻で笑う。
「人など食えるか」
「・・・そうか。おい。そっちはどうなんだ?」
守は立ち上がり、ロシアの人型の方を見る。
「はっ。馬鹿か?人など食ったら血が穢れる。お父様もそうーーー」
そこまで言いかけて日本の人型の鋭い視線に、口を噤む。
「良かった・・・。咲さん。こいつら俺が預かります」
「何だお前。聞きたい事ってそれか? くだらねぇ。どうでもいいだろそんな事」
「良くないです。俺がこいつらを人として扱えない」
「はっ。くれぐれも、そいつらが人殺しって事忘れるなよ」
守は頷く。
「所で・・・何で私の家じゃ駄目なの?」
小春が不満そうに眉を顰める。
『当たり前だろ(でしょ)』
「ちょっと何よ2人とも!? ひどーい!」
「とにかく決定だ用意するぞ。守。あと、これをお前に預ける」
咲は鞄から小さな青と赤のスイッチを取り出し守に渡した。守にはそのスイッチが言わずとも何か分かった。ドラ子を預かったときに渡されたそれと同じ物。
咲は黙って、首を掻っ切る仕草をして見せる。
「分かってますよ・・・」
「数日内に移動する。守。てめぇは今から巫女に面会に向かうぞ。一旦そこで話をする」
咲は立ち上がり、守に来いという仕草を送る。
咲に連れられ巫女の部屋に到着する。そこでは先に到着していた優香が待っていた。
優香は守を見るなり抱き着く。
「守・・・良かった!!!」
「優香姉も無事で良かった」
守も抱き返す手に力が入る。
「いちゃついてねぇで。さっさと入れよ」
咲はノックもせず巫女の病室を開く。
巫女はベッドの上で正座し瞑想を行っており、そのゆっくりと目を開く。
「守。優香。・・・ただいま」
優香は巫女に飛び掛るように抱き着いて、涙を流す。
「2人とも本当に大きくなったわね。ほら、守もそんな所に立ってないでこっちにおいで」
守が近寄ると突然巫女に抱き付かれ頬ずりされる。
「や・・・やめろよ巫女姉・・・!」
「ヤダ。もう長い事、この日を待ったのよ。止めないよ」
守は恥ずかしかったが、そのまま暫く頬ずりされた。
少しして落ち着いた3人に咲が先ほどの内容を説明する。
「人型を家で!? そんな事出来る訳ないじゃない!」
優香の意見はもっともだ。
「ケッ。優香ちゃんよ。いいんだぜ俺は別にこの状況のままで。けどな、このままじゃずっと守は地下室から出られねぇ。通訳としての仕事に加え守自身も機密対象だ。それもいいのかっつってんだ。黒田 瑞穂 はこの意図を一瞬で理解したぜ」
「もしかしてこの移動は守の為に・・・」
「おいおいおい。勘違いすんじゃねぇ。説明したろうが。あくまで人型を保護するためだ。それ以上でも以下でもねぇ。で、答えを早く聞かせろ」
3人はこの提案を聞き入れた。
数日後。守の家の地下にいつの間にか建設された地下牢に秘密裏に運び込まれる2匹の人型。
移動を完了した咲は、くれぐれも油断するな。情報を聞き出しやがれ。と言って去って行った。
移動完了と同時に巫女と守は解放され、その日付けで普段通りの生活に戻る事を許可された。
軍に押収されていた携帯。そして誠から預かっていた籠手も返却される。守が携帯を見ると色々な人から沢山の連絡が入っていた。返信もそこそこに、家族会議が開かれる。
「まずは巫女。お帰りなさい。任務お疲れ様でした」
「ただいま。母さん」
「お祝いしたいのは山々だけど、この状況じゃ・・・ね」
瑞穂はモニターに映し出された人型を見る。
「で、どうしようかしら?」
「俺は・・・あいつらにこの世界を知って貰いたい。出来るかどうかは・・・分からない・・・けど・・・」
自信がなく尻すぼみになる守るの言葉を瑞穂が繋ぐ。
「いいじゃない! 母さんは料理頑張っちゃおうかな」
「ちょっと母さん!?そんなに簡単に受け入れちゃっていいの!? アレは人型で敵なのよ!?何するか分かったもんじゃないのよ!?」
優香は慌てて立ち上がる。
「優香。私は捕えられていた間、彼女ら人型を見ていたわ。基本はしかめっ面してるけど、嬉しいときは笑い。上手く行った時は喜び、時には私達を褒めるような仕草をする人型もいた。私達、人とそう変わるとは思えない。もしかしたら永遠に分かり合えないかもしれないけど、理解しよう。してもらおうという努力は必要だと思うの」
「巫女姉まで・・・。分かったわよ!!! 好きにすればいいじゃない・・・。でももしもの時は容赦しないからね」
「では挨拶に向かいましょうか」
瑞穂は微笑んだ。
地下室に向かった一同に、グルル・・・と喉を鳴らし威嚇する人型。
「それじゃ、守。お願いね」
「ああそうか」
守は1人ひとり紹介していく。勿論人型は聞く耳を持たなかった。
「では母さんと巫女は夕飯の準備してくるからね」
瑞穂と巫女は上に上がり、その後ろを優香が付いて歩く。
「そうしたの守?上がらないの?」
「俺、もう少しここにいるわ」
「そう。油断しない事よ」
「分かってるって」
元居た牢屋と変わらないコンクリートベタ打ちの造り。突貫工事だったという事が理由ではなく、人を殺したという事に対する仕打ちなのだろう。そのコンクリートの上に胡坐をかき、腕を組む。
「なぁ。俺らは自己紹介したんだ。名前、教えてくれよ。あるんだろ?」
「お父様に頂いた誇り高い名前を、貴様などに教えられるものか」
ロシアの人型もウンウンと頷いている。
「教えないなら勝手に名前付けるぞ? いいな」
「ふざけるな!!! 貴様に名前をつけられるなど屈辱だ!!!」
「めんどくせぇなお前!? それじゃお前が決めろ!!!」
「俺はミリアム。あっちがルナだ」
「姉さん!? なぜ本名を!? こいつらなんか適当に言っておけば・・・」
「うるさい!!!」
「ミリアムとルナな母さん達にも伝えておく。又、ご飯になったら呼びに来るから」
しばらくして料理が完成し、守が牢屋へと呼びに来る。
守は困った顔をしながら、2匹の牢屋を開く。
「母さんがさ・・・お前らも一緒に食卓で食べようってさ・・・。いいかお前ら変な事考えんなよ?」
ミリアムとルナは抵抗すると思ったが、意外にすんなり付いて出てくる。
地下から出た2匹は部屋の中をキョロキョロと確認するように見回しながら食卓へと向かう。
「お前ら・・・逃げようなんて考えるなよ? 心配するな。俺らは悪いようにはしないから」
部屋のテーブルには家庭料理が並んでおり、いつもの椅子に加えて2脚、新品が追加されていた。
「ささ。座って頂戴。ミリアムとルナちゃん」
「気安く名前を呼ぶな!!!」
激昂するミリアムを無理やり椅子に座らせる守。
「良いから座ってくれ。冷めちまうから。母さんのご飯は俺のよりか美味しいぞ」
守も席に座り、手を合わせる。
『いただきます』
「何だそれは。・・・儀式か? 呪いか・・・?」
「ああ・・・これは奪った命や食材に関わった全ての人への感謝を込めた言葉・・・確か」
ミリアムは歯を食いしばり守を睨む。
「ふざけるな!!! 勝った者がその命を食らう!!! いちいちそんな事を言う必要は無い!!! こんなもの・・・!!!」
ミリアムは突然目の前の料理を手でなぎ払う。
と、同時に一瞬で、優香によって地面にねじ伏せられた。ミリアムの首を押さえつける手に力が入る。
「よくも母さんの料理を!!! 許さない・・・!!!」
守は慌てて優香を引き離した。
「やめろ優香姉!!!
「やめなさい優香」
「だって母さん・・・こいつは・・・」
「優香が許さなくても母さんは許します。それによく見なさい。料理は巫女がシールドで救ってくれたから大丈夫」
巫女ぐちゃぐちゃになった料理をシールドから取り出し、再び皿へと盛り付け直した。
瑞穂は咳き込むミリアムを立ち上がらせ、椅子に座らせた。
「さ、皆で食べましょう。ミリアムちゃんとルナちゃん。食べたくなかったら食べなくても良いから食事が終わるまではその椅子に座っててね」
美味しそうに食べる守達を見て、ルナの腹が鳴る。
ルナはそっと目の前のから揚げに手を伸ばすが、ミリアムに睨まれその手を引っ込めた。
その後も2匹とも全く食事を取らず。守の付き添いで再び牢屋へ入った。
何やら揉める2匹をよそに守は部屋を後にする。
しばらくして、守は再び牢屋へと戻って来た。その手には山盛りのから揚げの乗った皿を持っており、地下室中にその香ばしい香りが漂う。
「母さんが追加だってさ。ルナは食べたそうだったからって。感謝しろよ」
守はルナの方にそのから揚げを差し入れた。
ルナはそのから揚げを横目に見つつ、守を睨みつける。
「いいか。食べなくてもいい。しかし粗末に扱うなよ。次は俺が許さないからな。・・・お休み」
守が地下室のドアを閉めたと同時にルナはから揚げに飛び付き、貪り始めた。
余程空腹だったのでろう、次々とろくに咀嚼もせずそれを口に放り込む。
しかし、その手がピタリと止まった。
残った半分のから揚げとミリアムを交互に見やる。
そしてその皿をミリアムの方へとそっと差し入れ、そのまま布団へと潜り、スースーと寝息を立て始めた。
次の日の朝、今日から守は学校へ行く許可が下りたので、せかせかと用意を始める。
朝食テーブルにはすでに早起きの母の美味しそうな朝食が並んでいる。瑞穂に言われミリアムとルナを起こしに地下室へ向かう守。
ルナはまだ布団の中で子供のような寝顔ですやすやと寝ているのに対し、ミリアムは冷たい床の上で横になっている。どうやらこちらは起きているようだ。
ルナの牢屋に入り、ゆすって起こす。気だるそうに起き上がったルナは守の顔を見るなり正気に戻り、睨む。
「おはよう。朝食だ。行くぞ!」
朝食という言葉に反応したルナは唸りながらも守に付いていく。
「ほらミリアムもーーー」
守が檻を開けようとミリアムの牢屋の前に立つと、脚にコツン何かが当たる。
それは真っ白な空の皿だった。
守はそれを見て心の底から嬉しくなった。正直ぶちまけられてるか、皿が割られているか、またはその両方かと思っていたのだが、その予想はいい意味で裏切られた。
守は檻を開け、寝転んでいるミリアムの横に座り込む。
「旨かったろ」
そう微笑む守にミリアムは特に返事をする事も無く、立ち上がり、檻の外へ歩いていく。
「おい待てって!!!」
(もしかしたら本当に分かり合えるのかもしれない。そしたら友達になんかなれたりして・・・そりゃないか)
守は少し笑い、ミリアムの後を追う。
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