第117話 料理

宴会の後、各地の代表がそれぞれの国へと帰る中、ロシアのウォルフだけが大久保の屋敷に残っていた。

そこへ、ウォルフの娘アリーナとヴェロが部屋に通された。

ウォルフは腕を組みアリーナを睨みつけるもアリーナはそれを意にかえさない。


「日本にそうで。私のお屋敷で預かっておりました」


「フンッ。娘が世話になったな」


「お気になさらず。ではお見送りを・・・」


「その必要は無い。娘は置いて行く」


「と、言われますと?」


「実は娘は日本が好きだ。あの・・・熊の奴とかな。休暇みたいなものだ」


アリーナもヴェロも無言でその言葉を受け取る。

アリーチェは平常を装いつつも、この意図について思慮を巡らせる。


(対龍ランキングにも名を連ねるこの才能を自国から外に出す意味は・・・スパイ。もしくは他に何らかの意味が・・・? とにかくここに居られても使い道は無いですね)


「大変申し訳ありませんが、預かる事は出来ません。一緒にご帰国して頂けますか?」


「大久保元帥。私は娘を連れては帰らない。ここを出る時は一緒でもな。意味が分かるな」


ウォルフの圧が増す。


(あら、脅すすもりが脅されてしまいましたね。これがウォルフ元帥の『力』の外交。現在波風を立てる訳にはいかなくなった団結を迫られるタイミングでこの交渉。・・・先手を打つべきでしたね)


アリーチェは微笑む。


「分かりました。お預かりします。ですが安全は保証出来ませんよ?」


「構わん。では俺は帰る」


アリーチェが手を叩くとメイドが箱を持って現れた。


「梅酒です。どうぞ」


「感謝する。じゃあな」


ウォルフはそれを受け取り立ち去っていった。


(人質と爆弾を同時に手に入れてしまいましたね・・・)


「と・・・いう事ですが、宜しいですか?」


「構わない」


「何か要望がありますか? 極力要望には応えたいのですが」


「・・・私は日本の学校が見たい」


「アニメとかに出てくる日本の学校。私も見たいです♪」


「学校ですか・・・」


「ダメ?」


そう言うアリーナの顔は本気で興味があるだけのようにも見える。


「分かりました。でも護衛を付けさせていただきます。よろしいですか?」


「構わない。私は危害を加えたりはしないから安心して」


「もしもの時はお忘れなく」


アリーナは頷いた。



ー地下牢屋ー


牢屋の前で小春と守は捕らえた人型を観察していた。

しかし、人型は捕らえられてからというもの、2匹とも食事もろくに取らず、日に日に衰弱していく。

特に拷問を受けていた日本の人型の方が衰弱が激しく、床に横たわったまま動かない。


「小春さんこのままじゃ・・・」


「そうね・・・。死んじゃうわね」


あれほど威勢のよかった2匹。それも女性の人型が次第に弱っていく。このままでは本当に死んでしまう。それを見ているだけ。それは自分が人を殺したのも同じこと。守にそれは耐え難い事だった。

守は檻に近づきしゃがみこむ。


「なぁ。飯食べてくれないか? そのままじゃ死んじまう」


人型は返事をしない。


「俺はお前を殺したくも死んで欲しいとも思わない。酷い仕打ちも望んじゃいない。情報が欲しい訳じゃない。今はとにかく生きてくれないか?」


「・・・」


守は立ち上がり、困ったように頭をボリボリと掻く。


「小春さん。給湯室借りて良いですか?」


「いいけど? 何するの?」


「・・・料理です」


給湯室で守はテキパキと準備を始める。


「へぇ守君慣れてるのね。料理好きなの?」


「苦手でしたが、まぁ色々あって・・・好きになりました」


守は冷蔵庫から取り出した鳥肉を焼きながら、旋風の事を思う。


(旋風さん・・・無事だったのかな)


料理をしているといつも思い出す。あの日々を。


何度か作ったチキンステーキ。焼き加減もソースも完璧。もう甘かったり、焦げたりはしない。

それをお皿に盛り付け完成。


「美味しそう~! 少しだけ食べていいかしら!?」


「ダメです」


それを持って人型の所に向かい。檻の外からそっと入れる。


「食べてくれ。俺が作った。冷たい飯ばっかりじゃそりゃ食欲も出ないよな」


人型は無視を決め込んでいるが、そのいい香りに無意識に腹の音が鳴る。

と、突然隣の檻から唸り声が聞こえてきた。

もう一匹のロシアの人型が立ち上がりこちらに向かって何か叫んでいる。


「欲しいんだな。分かった分かった。あっちにやるぞ?」


守が置いていた皿を引こうとした瞬間、その皿を奪い取られ、乗っていたチキンステーキに齧り付く。勢いそのまま、ソースを顔に付けまくりながら一瞬で平らげた。


守はその姿に安堵し、少し微笑む。


「お代わりいるか?」


人型は叫ぶロシアの人型を小さく顎で指す。


「分かった。あっちが先だな」


守は立ち、再び給湯室へ向かった。


その後、大量のステーキを食べた2匹の人型は眠り込んでしまった。


その様子を守と小春はモニター越しに眺めていた。


「これで一安心ね。あ、これ美味しいわ」


小春も守の作ったステーキを頬張る。


「ありがとうございます。やっぱり美味しそうに食べて貰えると嬉しいですね」


「本当に君は不思議な子ね。あの人型をドラゴンでは無く人間として見てる」


「当たり前でしょう? でないと俺が人間では無くなってしまうじゃないですか。それに見て下さいよあの寝顔。あれだけ見ると本当に只の女の子ですよ」


小春は最後のステーキを口に運び、ナプキンでその口を拭き、簡単にたたみテーブルの上に置いた。

そして守を見る。


「人殺しでも?」


守は少し目を伏せる。


「ドラゴンは人を食べる。これは紛れも無い事実。人型の胃袋は調査されていないからどうか分からないけれど、間違いなく人は殺している。それも1人や2人じゃ無いわ。それでも彼女らはただの女の子かしら?」


守は小春の目をしっかりと見据える。


「俺らだってドラゴンを殺しています。一匹や二匹じゃない。向こうから見れば同じです」


守は小春の食器を下げ始めた。


「ロシアの人型はここに来る途中、北海道で止めに入った軍の人間に重症を負わせているのよ。そう。貴方もよく知ってる氷雪 旋風をね」


守の持っていた皿が音を立てて割れる。


「旋風さんを!?」


守は小春に詰め寄る。


「旋風さんは無事なんですか!?」


「重症だそうよ。その後の報告はまだ受けてないから、どうなったのか分からないわね」


守は拳を握り、テーブルに叩き付ける。


「で、彼女らは普通の女の子かしら?」


怒りに震える守を横目に、小春はコーヒーを飲む。


「だ・・・黙ってて下さい・・・!」


そう言う守の目が金色に変わる。

小春はポケットからカギを取り出し、守の首輪を外すと同時に守は龍人化する。

守は歩いて牢屋の方へ向かった。


牢屋に着いた守の気配に危険を感じ、起き上がった2匹の人型が唸り威嚇している。

そのうち、ロシアの人型の檻を両手でこじ開け、その首を掴む。


抵抗するも首輪のせいで力の使えない人型にな成す術は無かった。


「北海道で軍の人間を襲っただろ。答えろ!!!」


ロシアの人型は声を絞り出す。


「はっ。あのメスはズタボロにしてやったさ。止めを刺せなかったのは残念だ・・・うぐっ!!!」


守の手に力が入り、声も出せない。


その様子を小春は興奮した様子で、まるでペットのじゃれ合いを見るかのように檻の外から小眺める。


守は悲痛な表情を浮かべ人型をゆっくりと地面に降ろし、守自身も人の姿へ戻っていった。

咳き込む人型をよそに、守は拳を地面に打ちつけた。そして、這い蹲る人型の胸倉を掴む。


「お前が傷つけたその女性は俺の・・・俺の大切な人だ!!! 俺はお前を心底同じ目に逢わせてやりたい!!! でも・・・それを望まないような人だった!!! 立派な人だったんだ!!! クソッ!!!」


凄まじい剣幕で人型を睨む。

と、守は突然小春によって檻の外へ放り出される。


「あーもう。こんなに檻を曲げちゃって・・・」


小春はその怪力で檻を元の形に戻した。

そして首輪を再び守の首にハメ直す。


「それが殺された身内の気持ちよ。簡単にを許せるようにはならない事。慣れない事。いいわね」


「・・・」


「その上で憎しみを断ち切った。それが出来る人、本当に少ないのよ。やはり貴方は魅力的ね」


「・・・旋風さん・・・」


「大丈夫。旋風ちゃんにはあの甲斐ちゃんが付いてるから」


「れ・・・連絡を・・・連絡を取らせて下さい!!!」


「うーん・・・。本来はダメなんだけど・・・。私の回線から繋げば・・・バレない! きっと!!!」


小春は立ち上がる。


「ついておいで」


守は地下室のある個室に案内される。そこで小春はなにやら連絡を取り、そして受話器を守へと渡す。


「もしもし・・・?」


『守か!? 本当に守なんだな!? 何度君に電話しても繋がらないから心配していたんだぞ!!!』


電話の向こう側から聞き慣れた声が聞こえてくる。


「旋風さんこそ大丈夫ですか!? 今、酷い怪我したって聞いて・・・それで・・・」


守は言葉に詰まる。守の目からは自分でも気が付かないほど自然に涙が溢れていた。


『守・・・もしかして君、泣いているのか・・・?』


「はい・・・! だって・・・心配したんですよ・・・旋風さんにもしもの事があったらって・・・俺・・・」


「そうか・・・安心しろ。私もだ・・・。こうして再び君と会話出来ることが・・・本当に・・・幸せだ・・・生きていてくれてありがとう」


2人は電話越しに泣き合った。

旋風が言うにはひどい怪我を負ったが、甲斐という先輩のお陰で一命を取り留めたのだと言う。

最後に小春と代わり、守と会話した事は現在機密事項なので内密にという念を押して、通話を切った。


「おいおい。テメーら・・・。誰の許可を得て通話なんかしてんだ? コラ」


いつの間にか咲が背後に立っており、守はビクリと驚いた。


「何言ってんのよ咲。電話が終わるまで待っててくれたくせして。優しいのね~?」


咲の顔が赤くなる。


「おい小春!!!余計な事言うんじゃねぇ!!!殺すぞ!!!」


「おー怒ってる姿も可愛いわね~よちよち」


小春は咲に抱きつき、頭を撫でる。


「離せクソ力がぁああ!!! 遊びに来たんじゃねぇんだぞ!!! 指令だ指令!!!」


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