第112話 悩める若者

キャロルの義手の付け合せも終わり、病室で1人になったキャロルの元へ1人の女性が現れる。


「アリーチェ御姉様・・・!?」


「元気そうね」


アリーチェはキャロルの横の椅子に腰掛け、キャロルの失った腕をちらりと見る。


「キャロル。何故あのような行動をしたの? 正直、結果だけ見れば失策ですよ。神代元帥が後継者にと推した貴方の素質を疑ってしまいます」


その言葉を発するアリーチェの目は、妹を案じる為に見舞いに来たのでは無い事を悟らせる。

キャロルはその目を負けじと見返す。


「まずはドラゴンに戻ってしまった守に、意識があるのかどうかの確認を行いました。これは今後守の運用にあたって重要な情報になると踏んでの事ですわ。守のあの黒龍鱗、その性能次第では採集も有り得ます。その際意識の有無では対応が違ってきますわ。それを確認する為に、関わりが深く反応が見れそうなわたくしが前に出ましたの」


「それなら他のメンバーでも良かったはずよ。貴方は遠くからその様子を確認すれば良かった。それだけのはず。違う?」


「元より守の隊長はこのわたくし。部下の不始末の責任は隊長のこのわたくしが取るのが当然の事かと」


「そういう役目は別の部下がやるものよ。隊長である貴方が動く必要は無いと言っているの」


「ならばこの腕一本でチームの誰かを危険に晒さずに済んだという事。それだけですわ」


アリーチェはため息をつく。


「まったく昔からキャロルは頑固なんだから・・・。桜さんのようなやり方では桜さん止まりですよ。あの圧倒的実力と人望を持つ桜さんも神代元帥の決定には必ず従いました。自分が犠牲になるような行動をとれば確かに人望は得られます。ですが、トップは疎まれ、憎まれながらも最善を見出すだけです。それを念頭に置いて今後行動して下さい」


「・・・はい」


「・・・本当は守君の事が大好きで心配。自分で何とかしてあげたい。その一心だったんでしょう?」


キャロルの顔はみるみる赤く染まる。


「なっ!? そんな事・・・」


アリーチェはクスクス笑い、と普段通りの表情に戻った。


「で、どこまでいったの? ・・・もしかしてもうキスとかしたのかしら?」


「へっ!?えっとその・・・」


「エレナ! 入ってらっしゃい。」


入り口で待機していたエレナが中に入って来る。


「エレナ御姉様!?」


エレナは小さく手を上げ、そしてアリーチェの横に立つ。


「ちょっとエレナ。キャロルってばもう守君とキスしたらしいわよ」


キャロルは声で遮ろうとするが、無駄な努力だった。


「マジかよ!? キスとか私らの中で一番乗りじゃないか!!!ちっくしょー」


「えっ!?えっ!?御姉様方はもう経験済みかと・・・」


アリーチェとエレナは小さく首を横振った。


「えーー!?」


その後談笑を交し、アリーチェとエレナは部屋を後にする。


「案外元気そうだったなキャロルの奴」


「ええ。少し安心しました。正直仲間の存在。そして守君の存在が彼女の中で大きくなり過ぎ、戦術に精彩を欠く。それを案じ、守君を私の部隊に引抜こうとしたのですが・・・」


「そういう意図だったんだな。てっきりアリーチェ御姉様も・・・」


アリーチェは少し微笑む。


「キャロルの才能は今回の戦いで皆も認めるところとなりました。仲間を庇う姿にも人望を集めたでしょう。キャロルは神代元帥の高みまで上がってこれるのでしょうか?」


エレナは頭の後ろで腕を組みながら歩く。


「うーん・・・。私には分からないな。でも私はキャロルにそうであって欲しいと思うぜ。もしかしたらもう神代元帥を抜いてたりしてな。あはは・・・そりゃないか」


アリーチェは驚いたようにエレナを見る。


「どうしたんだ御姉様?」


「いえ、流石はエレナね」


エレナは分からないといった様子で首を傾げる。


(私とした事が・・・。確かに神代元帥の作戦は完璧だった。いや、のかもしれません。過度な尊敬は心酔と同じ。キャロルに偉そうな事いえませんわね・・・)


「さ、次へ参りますよ」


「ああ。アイツの目を覚まさしてやならないとな」


病院の地下から横に通じる道を歩く2人。暫く歩くと扉が現れた。その前に立っている警備のチェックを受け中へと入り広い中の部屋の一室の前に立つ。

その扉をノックするも中から返事は無い。

アリーチェはマスターキーを取り出しその扉を開けた。


真っ暗な部屋の中へ一歩踏み出したその瞬間、アリーチェ目掛けて何かが飛来する。が、それはアリーチェの目の前で糸に阻まれピタリと停止した。


「随分な歓迎ね、咲」


「それ以上近づくと殺すぞ。さっさと出て行け。ここに入っていいのは俺とジジィだけだ」


「おい咲!!! お前いつまでイジケてるんだ。いい加減立ち直れよ。」


エレナの呼びかけに咲は返事をしない。


「エレナ。少し外してくれる?」


「咲。何時までも腐ってくれるなよ。私はお前を一人の人間として尊敬してるんだからな」


エレナはそう言って部屋を後にした。


アリーチェは真っ暗な部屋を一歩一歩進んでいく。すると咲らしき姿が徐々に見えてくる。


部屋の片隅で誠の着ていた服に包まって横になってた咲は、その濁った眼をアリーチェへとゆっくり向けた。


「何しに来た」


「貴方こそ何をしてるの?」


「ジジィの残り香嗅いでんだ。悪いか」


「加齢臭?」


「殺すぞ!!! で、何だ。さっさと済ませろ」


「貴方の様子見が一番と、ついでに情報収集の現状かしらね」


「・・・情報は無ぇ。以上だ。帰れ」


「そう。あと貴方を守君と人型の担当から本日付けで外します。貴方の過度な拷問は目に余ります。代わりに明日から小春が参ります」


「ふざけんな。俺は動かねぇ。篭城して一日でも長くアイツを苦しめてやる」


アリーチェは肩を落とす。


「神代元帥がその才能を認め、自分の後継者にと育てた貴方はこの程度の器だったという事ですか。そんな事ですから、キャロルにその座を奪われてしまうのですよ」


「何だとてめぇ!!!」


「そういうカッカする性格が不合格な理由だったそうです。正ににその通りですね」


「決闘だ!!!ぶっ殺して・・・・」


「します? 決闘。」


咲が動こうとしたが、咲の首にはいつの間にか糸が絡み付いていた。


「では、開始の合図をどうぞ。いつでも構いませんよ?」


アリーチェは咲に向かって微笑んだ。


「ケッ・・・イカレてやがるぜ。殺すなら殺せ。どうせこの世に未練は無ぇんだ」


身動きの取れない咲にアリーチェは近づき、両手を頬に当て、そして自分の額を咲の額に合わせた。


「咲。神代元帥は本当に素晴らしいお方でした。私も貴方と同様に尊敬しておりましたし、悲しみも貴方に負けないものと思っております」


「俺が一番だ」


「・・・そこは百歩譲って認めましょう。幼い頃に拾われ親代わりだったのですから。ですが、貴方と同じ立場にいる者が今どういう状況にあるかご存知でしょう? 軍所属特別戦闘訓練院が存在出来ていたのは、神代元帥がありとあらゆる事に手を染めてまで資金を調達していたからです。神代元帥亡き今、組織の存続は難しいでしょう」


「緑のオッサンがいるだろうが」


「緑さんは総理として復興に全力を注ぎます。そして残念な事ではありますが、元より神代元帥を快く思っていない議員から、被害の責任を神代元帥の押し付けようとしている動きが見られます。その元帥の作った組織ですから、無駄な予算としてこのままでは解体されてしまいます」


「あいつらか・・・大丈夫だ俺が殺す。全員な」


「気持ちは分かります。ですがそれでは更に分が悪くなってしまいます。この件については神代元帥より生前より預かっております。『ワシが死んだら全責任をワシに向けろ。人は天災には文句を言わん。不幸の原因は全て人の責任したがる。だがそれも団結の一つじゃよ』と。本当に偉大な人でした。私の及ぶ所ではありません」


「あたりめぇだろ。てめぇはジジィの足元にも及ばねぇ」


「はい。ですから貴方の力を貸して欲しいのです。長年神代元帥の傍に立ちその全てを見てきた貴方が私には必要なのです」


「・・・断る。だれがテメーなんかに仕えるか」


「いいえ。貴方には仕えていただきます。貴方は自分同じ境遇の子達を見捨てられるほど薄情ではありませんからね」


「!?てめぇ・・・まさか・・・」


「軍所属特別戦闘訓練院は私の資金によって継続させます。もちろん貴方の返事次第ですがね。どうします? 咲。」


2人は互いに睨み合う。


「ジジィみてぇな交渉の仕方しやがって!!!やってやるよクソが!!!好きにしやがれ!!!」


アリーチェは両手を合わせて満面の笑みを見せる。


「ありがとう。さすが咲ね。それじゃあ明日から私付きの補佐官としてよろしくお願いします」


「ケッ。なんなら首輪でもつけて犬のように歩いてやろうかコラ。」


「それもいいわね」


「ふざけんなコラ」


そこへエレナが部屋へ入って来る。


「終わったみたいだなアリーチェ御姉様」


「ええ。無事捕獲したわ」


「捕獲って言うなコラ」


「憑き物が落ちたみたいな顔してんな。心配させやがって」


エレナは咲に抱き着く。


「やめっ・・・」


「・・・ん?」


咲が暴れるのでエレナがゆっくりと離れると、咲は息が出来ず意識を失っていた。


「あらあら」


(今はまだ、貴方の知恵が私には必要です。ですが私もキャロルに負けず、貴方の超えて見せますよ神代元帥。)



牢獄に戻った守は人型と会話を試みる。情報を引き出すという目的では無く、心に少し余裕の出来た守は人型の事を知りたいと思うようになった。どこから来て何故戦うのか。向こうはどんな世界が広がっているのか。向こう側の自分の故郷の事を知りたいとい好奇心に駆られた。


「なぁ、お前向こうの世界から来たんだよな? 向こう側ってどんな世界なんだ?」


話しかける守に人型はコンクリートの床に寝転がって返事をしない。


「俺はこっち側で生まれたから向こう側の世界を知らないんだ。よかったら教えてくれよ」


人型は急に起き上がり守に近づく。


「こっちで生まれた!? 嘘をつけ!!! お前のその力はこちら側でも一部の種族しか持たない特殊で貴重な力!!! こちら側には送り込まれていないはず・・・」


「俺は50年程前に現れたドラゴンから生まれた子供なんだってさ」


人型は目を丸くした。


「・・・あの出来損ないめ。敵に血を奪われやがって・・・そのせいで・・・クソッ!!!」


人型は檻を怒りに任せて蹴る。


「お前らが負けたのは俺がいたからじゃ無いと思うぞ。俺なんかより強い奴は腐るほどいる。お前もそれは知っているだろ」


「負けた? 本気でそう思ってるのか?」


「負けただろうが」


「ハッ。すぐに誰かが俺を助けに来る。それまでの辛抱だ」


「何だと・・・?」


その時、扉が開き咲が中に入って来る。


「話は聞かせて貰った。守、テメェにしちゃ良くやった」


「咲さん!?まさか・・・盗聴してたんですか!?」


「あたりめぇだろ。」


人型は守を睨みつける。


「違うんだ!そんなつもりじゃ・・・俺はただ・・・」


「後は拷問して聞き出すだけだ。残念だが今日で俺はここの担当を外された。つまり今日までしかテメェを殺せねぇって事だ。今日吐かなかったら、テメェを殺す。さぁ。今から楽しい最後の拷問タイムだ」


「咲さん!? やめてください!!!」


守は檻に越しに咲に迫るが、咲は聞く耳を持たない。


ゆっくり檻へと近づく咲の脚が突然止まった。後ろを振り向くと入り口にはなんと、大和の姿があった。


「やぁ咲。元気そうだな」


そう言って片手を上げる大和。


「父さん!? 無事だったのか良かった!!!」


咲は横目で大和を睨む。


「テメェのせいで苦労したんだぞ武術バカが」


そう言いながら咲は守側の檻の鍵を開けた。


「咲さん?」


「ちょっと待ってろ。息子がこんな姿じゃせっかくの再開が台無しだろ」


咲は同じく鍵を使って、守の首輪に手を掛け、外した。

と同時に、咲は言った。


「構えろ。守」


「えっ?」


一瞬の出来事だった。

気がつけば大和の仕掛けた攻撃を咲が受け止めていたのだ。


「何ぼけっとしてやげるクソガキ!!! 蹴り飛ばせ!!!」


守は言われるがまま大和に蹴りを放つ。ガードはされたものの後方に押し飛ばし距離を取る事に成功した。


「説明してくださいよ咲さん!!!」


守は構えながら咲に言う。


「死んだと思ってた奴が無事に戻って来やがったんだ。そう簡単に信用するもんじゃねぇ。ジジィの受け売りだがな。それともう一つ。おい、大和のオッサン。テメェを見張っていた病室の警備と、ここの警備どうしやがった」


咲は大和を睨む。


「さぁ、どうしたかな?」


真顔で答える大和に咲は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「どっちも俺の部下だ!!!俺の部下は俺の言う事に忠実に従う!例え元上官だろうが顔パスなんか絶対にしねぇんだよクソが!!!」


「咲さん!!!上から何か来ます!!!」


守は咲を抱き抱えその場を離れると同時に大和に火球を放ち牽制する。

その瞬間、守達が居た場所に上から攻撃が降り注ぎ、天井に大穴を空けた。


そして大穴からゆっくりと何かが翼を羽ばたかせ降り立つ。

その姿を見た咲は驚きを隠せない。


「人型・・・だと・・・!?」


全身傷だらけだったが、確かにその姿は人型そのものであった。


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